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「ちくしょう、どういうことだ……?」
「ぼ、僕にも分からないよ……」

小娘が話していた。「レシラムがプラズマ団に捕まっている」と。それが本当のことならば、俺様たちが知らされていることと大きく矛盾が生じていることになってしまう。おどおどと忙しなく視線を動かしている自分と全く同じ容姿をしている目の前の男を横目に見ながら頭を掻きむしる。
──……どちらが嘘を吐いているのか。人柄を考えれば普通におっさんの方になるが。そうなると俺様たちはこれからどうすればいいのか。

「……ねえ君。後悔、してるでしょう」
「……何をだよ」
「本当のことを、言えないようにしたこと」

そんなわけあるはずがない。ないのだが。仕方なく沈黙を返した。

「ね、ねえ。僕から提案があるんだけどさ、」
「あ?提案?」

どうせこいつのことだからロクでもねえことは聞かなくても分かる。……そうは思いながらも仕方なく聞いてみれば、やっぱり思っていたとおりだった。それでも今は他に策もなく。静かにゆっくり目を閉じた。





「……あれっ、キューたん」
「……小娘か」
「こんな遅くまで何やってるの?」
「てめえには関係ねえだろ」

口が悪いのは直らないだろうし、相変わらず私のことを名前で呼んでくれることもない。何せ俺様だもの、私がどうこう言ったって聞いてくれるわけがない。仕方なく今回も反論したいところをぐっと抑えて口を閉じる。
……ふと、目が覚めて。電気がついていると思って部屋を出るとキューたんが1人ソファに座っていたのだ。こんな時間にお風呂に入った様子で、未だ灰色の髪から雫がぽたぽた落ちている。被っているタオルがなんの意味も成していない。

「風邪ひくよ」
「……俺様に触るな。自分でできる」

タオルに手を添えてわしゃわしゃ拭いてあげたところ、すぐさま怒声が飛んできて手の甲で手を弾き落とされた。私に代わって自分で拭いている姿を見て、そういえば、と思い出す。キューたんから、よく「触るな」と怒られることがあるのだ。今もそうだった。気になって、起きてきたついでに聞いてみる。

「キューたんって潔癖症なの?」
「あ?いいや、返り血とか好きだぜ」
「違うなら違うって普通に言ってよ……」

それから肉片も……とかもうさらに恐ろしい単語が飛び交ってきたから耳を塞いだのに、わざわざ耳元でにやにやしながら言ってくるのだ。思わず小学生男子かってツッコみたくなってしまったのは内緒ということで。

「あーもう私寝る。キューたんも早く寝るんだよ」
「命令すんじゃねえよ小娘が」
「……命令はしてないよ」

部屋へ足の向きを変えたとき、足元にクッションが落ちていることに気付く。クッションを見てからキューたんに視線を向けて。タオルを頭からかけたまま俯いている姿をじっと見たまま、静かに態勢を低くしてクッションを片手に握りしめた。……そして、思いっきり投げつける。

「う、……うそお……」

ぼふん。クッションが、キューたんの頭に当たって下に落ちる。当たれば面白い、ぐらいに思っていたらまさか本当に当たってしまうなんて。避けられるとばかり思っていたから、いざこうなるとどうすればいいのやら。案の定タオルを剥ぎ取りゆらりと立ち上がってこっちに向かってくる巨人にもはや私は何もすることができず。

「……何してんだテメエ、俺様に喧嘩売ってんのか?」
「ごっ、ごめん!当たると思ってなかったの!ごめんなさいい!」

慌てて逃げようとしたものの、あっさり両手首を掴まれて逮捕された人みたいになっている今。彼の手の冷たさが手首からじわじわと広がっていく。
恐る恐る視線を上に向けてみて肩をひっそり飛び上がらせる。相変わらず表情が怖い。そして何かを掴んでいる彼の左手が動く。……終わった。首切り覚悟で思い切り力強く目を閉じたが。
なぜか手首を離されてから、顔面に先ほど私がぶん投げたクッションを押し当てられた。咄嗟にクッションの両端を掴んだものの、抑えつけらたまま退かせない。もしや窒息させる気ですか。

「小娘。どうして俺様が潔癖症だと思った」
「え?え、……ええと、いつも触るなって、言われるから……」

クッションは押し当てられたまま、もごもごと答えるがそれから返答はない。
ふと、やっと息苦しさが無くなったと思えば、クッションは床に落ちていてキューたんはすでに私に背を向けドアノブを回していた。

「あ、あの」
「別に。……触られるのは嫌じゃない」
「……え、?」

扉が閉められ、一人広い部屋に取り残された。ただただ立ち尽くし、ゆっくり小首を傾げて水を飲み。なんだかよく分からないままベッドに戻った。あの質問の意味は何なのか。結局答えは分からないまま、再び眠りに落ちる。


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