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砂嵐が容赦なく襲いかかる。リゾートデザートの奥は、ものすごい悪天候だった。
チョンに必死にしがみ付きながら顔に当たる砂を我慢し続け、ようやく見えてきた古代の城を細目で見た。口に入った細かい砂に不快感を覚えながら、ぐしゃぐしゃになった髪を手で軽く直しながら中へと足を踏み入れる。

「やっぱり、ひよりも来たんだね」

入ってすぐ、チェレンくんの向かい側。悔しそうにボールを握りしめているプラズマ団がいた。まるで先ほどのリュウラセンの塔を思い出させる光景だ。違う点は、すでに勝負がついていているということだ。
眼鏡をかけ直しながら、私に気付いたチェレンくんが目の前までやってくる。

「ここの階のやつらは大体片付けたから、さっさと次に進もうか」
「流石チェレンくん……仕事が早い」
「まあね」

先行く彼の後ろを歩いていく。
しかしまあ、……なんと歩きにくい場所なんだろう。細かい砂が容赦なく靴の中に入ってきて、とんでもなく気持ち悪い。顔を歪めていた瞬間、ずぼり!、砂に足を捕られた。埋まるだけで済めばよかったが……なんと、そのまま真っ逆さまに落ちる身体。

「うええええっ!?」
「ひより!?」

つい、伸ばされた手を掴んでしまった。掴んでから後悔する。私の巻き添えにされたチェレンくん諸共、砂と一緒に落ちてゆく。……本当にっ!ごめんなさいっ!

「っうわぁ!」
「あいたたた……」

意外と高さは無かったみたいで、すぐさま身体に振動が伝わってきた。未だにさらさらと砂が落ちる音を聞きながら目を開ける。……痛い。重い。まあなんてことでしょう、後から落ちたチェレンくんがうまい具合に上に覆いかぶさっている。

「ごっ、ごめんひより!」
「私の方こそごめん……」

すぐさま退いてくれたチェレンくんに、砂の上に座ったまま頭を下げる。まさか歩いているだけで落ちるとは思ってもみなかった。穴が砂に隠されていたんだろうか。少し落ち着いたところで周りを見回してみると、。

「チェレンくん、あれ……」
「やっぱりここにもプラズマ団がいたのか」
「……ねえ、あそこだけ砂の色が違うよ」
「……言われてみればそうかも」

プラズマ団の立っている場所。その足元だけ、砂の色が濃くなっている。ついでに今私たちが座っているところ、そしてまだ微かに砂が落ちている先ほどまで私たちが歩いていた場所の砂の色も濃い。
そういえば、上の階には階段らしきものは見当たらなかった。ゲームのように考えるならば……、先に進むには、もしや砂に埋もれて見えない穴から落ちないと駄目なのか。あり得る。だって、ジムの中を移動するのにジェットコースターや大砲が用意されているぐらいだ。あり得ないことは無い。

「きっとあそこだよ」
「だろうね。ならひより、久々に一緒に戦うのはどうかな」
「もちろん賛成ー!」
「それじゃあ、行こうか」

立ち上がり、ボールを握って未だ気づかれていないプラズマだんに向かって歩き出す。久しぶりのチェレンくんとのダブルバトルだ。心強すぎて、チェレンくんにつられて余裕の笑みが出てしまった。





「この下でアンタのお仲間がお待ちかねよ!」

何度目かのプラズマ団との戦いが終わったとき、やっとトウヤくんたちに追いつけた。プラズマ団の女を通りすぎ、砂の上にチェレンくんと一緒に立つ。ここまで来るとこの砂移動にも慣れたもので、運動音痴な私でも華麗に着地が出来るようになった。……まあ、ほとんど手を繋いで支えてくれているチェレンくんのおかげだけど。

「お揃いのようですね」
「!」

砂と一緒に落ちて着地をすると、声がした。声の主は、トウヤくんアデクさんと対峙するように立っている……ゲーチスさんだ。
視線を一度も逸らさぬままアデクさんが私たちを呼び寄せる。駆け足で傍に寄り、トウヤくんと一言交わして私たちも同じようにゲーチスさんに目線を移した。

「もう1匹のドラゴン……レシラムを復活させるため苦労なされていますね。ですが、ここにはお探しのライトストーンはないようですよ」

復活もなにも、すでに貴方が捕まえているでしょう。
……彼は、私がライトストーンを持っているということ、そしてマシロさんが捕まっている事実を知っているということを、知っているのだろうか。先ほどの言葉からでは知らないと思うのが自然だろうけれど、相手はあのゲーチスさんだ。これも演技の一つかもしれない。

「さて……おめでとうトウヤ!アナタは我らが王に選ばれました」
「俺が……?」
「アナタがこのままポケモンと共存する世界を望むのなら、伝説に記されたもう1匹のドラゴンポケモンを従え、われらの王と戦いなさい。そうでないならプラズマ団がすべてのポケモンを人から奪い、逃がし、解き放ちましょう!」

Nくんも言わされていた。何故ゲーチスさんは、トウヤくんを巻き込もうとするのか。主人公である彼をどうにか結び付けようと世界が働いているのか、それともただ単にゲーチスさんの罠なのか。色々思うところはあるけれど、結局のところ私にはどうすることもできない。切り離すことは、できなさそうだ。……それでも、足掻くことはできる。

「われらがプラズマ団の王はポケモンをしばりつけるチャンピオンより強いことをイッシュの人間に示します!」
「わしは負けぬ……!」
「チャンピオンのアナタが無駄なケガなどなさらぬように。それでは」

くるりと背を向けるゲーチスさん向かって走り出す。
この前。言い逃げされた言葉の続きを聞いてやる。震える手前に拳を握り、柔らかい砂を思いっきり蹴り上げて、アデクさん声も聞こえないフリをしてしまった。
──……ゲーチスさんの後を追う。階段をのぼる姿を見る。あと数歩。もう少しという距離のところ。

「……止まれ」

急いで階段を駆け上がってゲーチスさん向かって手を伸ばそうとした瞬間。
目の前に、白髪に黒い衣装を纏った3人の男が突如現れた。音も無く、またどこから出てきたのかすら分からずに驚いて肩を飛び上がらせてからたじろいでいると、……ベルトについていた一つのボールが、開いた。男たちと私の間に割って入る姿にまた驚く。

「……」
「キューたん……、」

広い背から視線を上げ、灰色の髪を見る。今はどちらの彼なのか。後ろからでは分からない。

「戻りなさい」

ゲーチスさんの声がしたと思ったら、瞬時に男たちは彼の隣に移動していた。人間らしからぬ動き。さながら忍者といったところだ。彼らとの距離が出来、キューたんの後ろから横に移って隣の様子を伺う。ゲーチスさんから一度たりとも視線を逸らさない横顔にドキリとする。触れられない、触れてはいけないような雰囲気を感じたからだ。

気まぐれにこちらを振り返るゲーチスさんを見る。私を見て、「どうなさいましたか?」と一言。また逃げられると思い切っていたからか、ひどく驚いた。しかし一向にゲーチスさんは動く気配がない。

「……、」

隣にはキューたんもいる。大丈夫、今更どうした、怖気づくな。
そうして片手に拳を作って、口を開いた。──……裾に触れ、強く握りしめる。
もう片方の手の行方は、どうか聞かないで。

「……あなたは、一体何をお考えですか」
「伝説のポケモン二体をすでに我らプラズマ団が所持していながら、何故トウヤに探させるのか。、知りたいと」
「……っ、」

私が、知っていることを知っていた。その事実に鳥肌が立つ。どうして。全くゲーチスさんとは関わっていないのに。それだけで思考が停止しそうになる。後ろに下がりそうになる足で踏ん張って、何とかその場に立ち続ける。

「今すぐにでもワタクシたちの夢は叶えられるのですが、こうもうまく行きすぎるのは全く面白くありません」
「レシラムさんを閉じ込めた上にトウヤくんも巻き込んで、何をしようとしているんですか……!?」
「……ワタクシは人々が絶望する、その瞬間を見るのが大好きでして。それを見れる舞台と役者を、準備しているんですよ」
「役者……」

ゲーチスさんの言う役者には、もちろんのことマシロさんが含まれているに違いない。それからNくんとマクロさん、トウヤくんたち……もしかすると、この私も。
不敵な笑みを見せる彼を見ていると、もはや口をつぐむことしか出来なかった。

「もう気は済んだだろ。下がれ」
「キューたん、」

腕で私を押しのけるように下げると、やっとこちらに視線を動かし踵を返す。置いてけぼりを食らった私も、つられるように後ろ振り返り、また立ち尽くしてしまった。なぜならそこには、トウヤくんたちの姿があったのだから。

「ひより……今の話ってどういう、」
「──……、」

……やられた。即座にそう思った。
ゲーチスさんは、トウヤくんたちにも話を聞かせるためにわざわざ留まっていたのだろう。これでトウヤくんたちも、完全に役者の一員となってしまった。

「幕開けは近いですね。……それでは」

それだけ言い残し、彼は男たちと一瞬のうちに姿を消してしまった。今度こそもう追うことはできない。そして彼がいなくなった今、私に向けられている視線の嵐をどうにかしなくては。……今だけまたボールに戻るキューたんが羨ましい。

「お前はひよりと言ったな」
「はい……」
「話してくれるか、さっきのことを」

アデクさんに無言で頷くと、以前会ったときのように大きな手を私の頭に乗せてわしゃわしゃと撫でる。肩をすくめながら見上げ、その気遣いに気持ちが少し軽くなったのは言うまでもない。





「こことは違う世界から来た……?」
「実は……、はいぃ……、」
「はは、そんな顔をするな!大丈夫だ、嘘だとは思わんさ」

やっとトウヤくんたちにも言えたわけだが、視線が痛くてなかなか顔を上げられなかった。唯一の救いはアデクさんの存在だろうか。

「つまり、まずはレシラムを最優先に助けないといけないってことだね?」
「しかしその城がどこにあるのかが問題だな。それに、Nというやつのことも」
「Nくんならきっと手伝ってくれると思うんですけど……」

チェレンくんの横で難しい顔をするアデクさん。顎に手を添え、考えている様子をみせる。それからふと顔をあげると、懐からボールを取出しスイッチを押した。中から出てきたポケモンは大きく、太陽のような色をしていた。それに飛び乗るアデクさんを見ながらトウヤくんたちと一緒に図鑑を向ければ「ウルガモス」と表示された。ウルガモス。強そうな名前だ。

「N。ヤツはゲーチスに逆らえないと、わしは見ている。……となるとポケモンリーグに来るのは間違いないだろう。戦って、城の場所を教えてもらおう」

アデクさんに頷く。Nくんがマシロさん救出を手伝ってくれるとしても、彼が向こう側にいる以上ゲーチスさんに言われたことも同時にやるしかないのだろう。二人がどんな関係なのかは知らないけれど、ゲーチスさんがNくんより上の立場にいることは確かだ。

「お前たちもポケモンリーグにくるんだ!待っているぞ!」
「はい!」

飛び去るアデクさんを見送る。その姿が見えなくなる手前、トウヤくんが私の前に出た。両肩に手を乗せられて向かい合う。その真剣な面持ちには、若干の怒りがにじみ出ている。

「ひより!」
「はっはいい!」
「どうしてもっと早くに言ってくれなかったの!」
「そ、それは……」

言葉を選ぶのに必死で、お茶を濁すことすらできずに口ごもるしかできなかった。
今までこれは、私が生きるために為すべきことであって全て自身の問題だと思っていた。しかしそれは傲慢な思い込みに過ぎなかったのだ。トウヤくんとチェレンくん、二人を目の前にしてようやく気付かされた。

「ひよりは一人でどうにかするつもりだったの?」
「……ごめんなさい」
「……友達なのに、頼ってくれなかったことが寂しいよ」
「、トウヤくん……」
「まあひよりも色々考えた結果こうなったんだろう」

チェレンくんに頷いてから恐る恐る視線をトウヤくんに戻すが、帽子のつばが影となって彼の表情を余計暗く見せていた。慌てて何か言おうにも言い訳ばかり頭に思い浮かんできてしまい、開いた口から言葉は出ない。仕方なくまた閉じて、トウヤくんを見る。顔が上がり、目が合った。瞬間。

「──……二人にも、協力してもらいたい。お願い……っ!」

自然と言葉が出てきていたことに、頭を下げてからハッと気づいた。そうすれば、頭に手がひとつふたつと乗っかったと思えば一気に動き出す。わしゃわしゃ乱暴に掻き混ぜられて頭が揺れる。ようやっとおさまり、髪がぐちゃぐちゃのまま顔を上げるといたずらっ子の顔が二つあった。

「お願いされずとも、もちろん協力するよ!」
「僕たちもこれからは好きなようにやらせてもらうからね」
「トウヤくん……チェレンくん……っありがとう……っ!」

二人の両手を握りしめ、何度もお礼を言う。新たな二人の存在はとても大きいものになるだろう。このままゲーチスさんの思惑どおりにはさせない。絶対に阻止してやる。

そうして三人で砂に足を取られながら外へ出た。変わらず砂嵐が吹いているものの、今なら平気に越えられそうな気さえする。さて、それぞれ次はどこへ行くのかといえば。

「俺はアララギ博士に用事があるんだ。それからソウリュウシティに向かうよ」
「僕はもう少しここで鍛える」

トウヤくんがスワンナをボールから出して飛び乗った。手を振りながら大空へ飛び立つ。手を振り返し、私も次の街目指してチョンをボールから出して背に乗ると、チェレンくんがやってきた。ゆっくり口を開いて私を見る。

「ひより、僕少し分かったんだ、強さってなんなのか」
「この前の、」
「うん。……きっと大変なときにポケモンのため、だれかのためになにかできるのが強さなんだ。そしてぼくの強さはポケモンがくれたものだった」

悩んで悩んで、やっと答えにたどり着いたチェレンくんの表情は晴々としていた。差し出された右手を握り返して、手を離す。そうしてチェレンくんに見送られながら、ゆっくり空へ舞い上がった。

……次なる場所は、ソウリュウシティ。



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