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数十分前のこと。
森を抜けたところ、ベルちゃんとばったり会った。私を見つけるなり目をきらきらさせて、思いっきり飛びついてくるベルちゃんを受け止めるのことにも慣れたものだ。それから何故か、今はリュウラセンの塔に向かって歩いている。私としては一刻も早く先に進みたいところではあるけれど、こうも嬉しそうにがっちり手を握られてしまうと断るにも断れきれず……。

「アララギ博士に聞いたんだけど、リュウラセンの塔ってすんごーく昔から建ってて伝説のドラゴンポケモンと深く関わりのあるとこなんだって!」
「へえ……」

それはつまり、マシロさんとマクロさんに関係があるということだ。着いてきて正解だったかも知れない。もしかすると何か情報が得られるかも。
ベルちゃんはどうしても塔を見たかったらしく「やっと見れる!」、なんて観光気分で楽しそうに歩いている。

「あれれぇ?あれは確か……」

リュウラセンの塔のすぐ目の前。ベルちゃんの目線の先には男の人がいた。お世辞にも若いとは言えないその人は、ベルちゃんを見つけると表情明るく小走りでこちらにやってくる。

「やあベル!それと、隣の君は?」
「パパさんお久しぶりです!この子はひより。あたしの友達なんです」
「よろしく、ひより。わたしはアララギ」
「さっき話してたアララギ博士のパパさんだよ」

なるほど、だからパパさん。分かりやすい呼び方だ。お辞儀をすると、にこにこと手を差し出されて挨拶の握手を交わす。

「おまえさんたちも彼らのようにプラズマ団を追いかけてきたのかね?」
「プラズマ団!?」
「おや、違ったかな」

なんでも、大挙したプラズマ団が塔の壁を突き破ってこの中に入っていったらしい。それをトウヤくんとチェレンくん、それにハチクさんが追いかけている真っ最中だそうだ。……それにしてもどうしてこんなところにプラズマ団が現れたのか。何か目的があるはずだ。

「私も追います」
「そうか……だが、プラズマ団相手に事を構えるのはあまり感心できん」
「大丈夫!ひよりはすっごい強いから!あたしは……ここでパパさんのボディーガードをできたらいいなあ」
「そいつは心強い!ひより、頼んだよ」
「はい!」

ベルちゃんのおかげで話がスムーズに運んだ。怖いぐらい色々順調に進みすぎている。これはいいことなのか悪いことなのか。今はまだ分からずとも、先に進めばいずれ嫌でも知ることになるだろう。
「絶対にムリしちゃだめだよ」、心配そうに言うベルちゃんから傷薬をもらってからリュウラセンの塔に入っていった。


「……さっきジムリーダーたちが登っていった。運がよければ伝説に立ち会えるぜ!」

負けたのというのにプラズマ団の男は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
……中に入るや否や、今度はプラズマ団とばったりで、たった今彼とのバトルに勝ったところである。それより伝説とは。ポケモンのことなのかそれとも。

登るにつれて、何かが暴れる音が大きくなっていく。ドキドキしながらやっと3階まで上がってみると、沢山のプラズマ団たちと戦うハチクさん、それからチェレンくんの姿があった。

「ひより!?」
「私も戦うよ」

チョンをボールから出して、追い風でチェレンくんとハチクさんのポケモンの素早さを上げる。風に髪をなびかせながら周りを見たが、トウヤくんの姿が見えない。ハチクさんがツンべアーに指示を出し、私を見る。

「ここはわたしたちが食い止める。きみも先に行ってくれ」
「トウヤが先にいっているんだ。メンドーだけど、僕はここで戦わないと」

ハチクさんは流石ジムリーダーともあって圧倒的な力の差でプラズマ団たちを圧している。チェレンくんも数人相手に平気そうに戦っているし、ここは私の出る幕ではなさそうだ。余裕たっぷりに笑みを見せているチェレンくんに頷いて、グレちゃんをボールから出して飛び乗った。

階段を駆ける。急速に景色が流れてゆく。そんな中、風を切る音と一緒にまた上から別の音が聞こえてきていた。出口はもう、すぐそこだ。


──……塔の最上階。七賢人やプラズマ団たちの声がこだまする。

「どう、トウヤ。世界を導く英雄のもと、その姿を現し共に戦うポケモンの力強い姿は!」
「Nさま!我らが王よ!」

そして、今まで聞こえていた音の正体が分かった。塔の柱や壁が、見るも無残な姿にされていた。埃と土の匂いが混ざってむせ返りそうになる。目の前に立ちはだかるマクロさんの仕業だろう。彼の横にはNくんもいる。思えばNくんと会うのはライモンシティで負けてしまったあの日以来だ。

「トウヤくん……!」
「ひより、」

トウヤくんは茫然とゼクロムを見上げていた。その隣にはエンブオーが寄り添っている。チャオブーくんの進化を喜びたいところではあるが、今はそれどころではない。すぐさま傍に駆け寄ると、何故か「ごめん」と謝られた。

「止められなかったんだ……アイツを……Nを、」
『伝説のドラゴンポケモンが復活したんだ……!』

エンブオーくんも悔しそうに炎を吐き出す。
……違う。止めるも何も、ゼクロムは以前から復活していた。しかしトウヤくんは、たった今、復活したと言っている。目の前で、ブラックストーンがゼクロムになったのだと。
──……これはNくんの演出なのか。いやでもこんなことをNくんがするだろうか。私はそうではないと思う。では、誰が。……考え、思い浮かぶのはたった1人しかいない。

「世界を変えるための数式……キミは、その不確定要素となれるか」

Nくんが私をちらりと見てからトウヤくんに視線を移す。それからトウヤくんに向かって「レシラムを探せ」と言い残しゼクロムに飛び乗り去ってゆく。
その姿を唇を噛み締めながら見ているトウヤくんの横、私の頭の中は疑問だらけでパンクしそうだった。探せも何もマシロさんは既に捕まっているし、ライトストーンも私が持っている。……もしかしてNくんは、マシロさんのことを何にも知らないのか。もしもそうだとしたら、。

「チョン、マクロさん追いかけるよ」
『了解ー!』

素早くチョンに飛び乗ると、トウヤくんが驚きの表情を見せる。生憎今は説明している時間がない。後で話すね。、そう伝えるとトウヤくんは何も言わずに頷いた。
破壊された壁から飛び立つ。風を全身に受け、一気に持ち上がる内臓。……当たり前のように気分は最悪だけれども、今は我慢しなければ。遠いがまだ黒い姿は見えている。チョンに頑張ってもらえば、追いつける距離ではある。どこか話をつけるのにいい場所は……と勇気を振り絞って下を見てみた。

「あそこの森ならいいかも、」
『スピードあげるよーひより!』
「う、……うん」

力いっぱいしがみつき、風と速さに耐え続ける。
……そうして、なんとかマクロさんの隣まで追いつくとちらりと視線がこちらに向く。気持ち悪さに耐えながら、全身を使って下を思いきり指さし合図をすればゼクロムの高度が徐々に下がっていった。
私たちに気づいていてもなお、飛行速度を速めなかったのは私の話を聞いてくれるということだろう。そのことに関しては嬉しく思っていたものの、いつも以上に高度があったようで耳がおかしいことになっているし、とんでもなく気分が悪い。チョンも旋回しながら高度を低くしていく。

「お久しぶりですね、ひよりさん。お会いできて嬉しいです」
「お、おひさしぶりです……」

地に足をつけ、チョンに手を添えて支えになってもらったままNくんたちと向き合う。言葉とは真逆に、嬉しさの欠片も見られないマクロさんは、人間と同じ姿でNくんの少し後ろに立っている。……そういえば、キューたんはマクロさんに会うためにも私に付いてきていたのではないか。ちらりとベルトについているキューたんのボールを揺らしてみたものの沈黙を保っている。……まあ、いっか。

「私の話、聞いてくれますか」
「聞くために降りたんです。さっさと話してください」

相変わらず警戒されたままである。この前会ったとき以上に、言葉に棘があって正直話ずらい。重たい口を頑張って開き、マシロさんのことについてだと言った瞬間、マクロさんの鎧が音を立てる。思っていた通りに食いついてきた。

「マクロさんは、マシロさんが捕まっているということはご存じですか」
「──……兄さんが……!?誰にっ!?」

声を荒げるマクロさんに「落ち着いて」とNくんがなだめるのを見る。が、Nくん自身にも動揺が伺えるということは。やはり、Nくんは敵ではない。

「これを見てください」
「これは……ボクの城の地図!?どうして、」
「ここ、見てください」

"研究所"と書かれた場所を指させば、Nくんはますます目を見開いて食い入るようにそこを見始めた。マクロさんに至ってはその文字を見るなり両方の手で拳を握って震えはじめる。──……二人は、この場所がどういうところなのかを知っている。

「……Nさん、ここは」
「ああ。ボクたちがずっと入れない階のところだ」

悔しそうに唇を噛みながら俯くNくんの姿を見る。
マクロさんをわざわざ復活させたように見せ、それを崇める七賢人やプラズマ団たちもきっとゲーチスさんの演出だろう。私やトウヤくんに焦りや絶望感を与えようとしていたのかも知れない。……王とは、名ばかりのもので何の意味も成していない今。

「Nくん、」
「……」

無言のNくんを後ろに隠すようにして、マクロさんが前へ出た。無言のまま私を見ている。察してください、そう言っているように思えた。……分かって、いるのか。私もまた返す言葉が見つからず、沈黙が流れる。

その時。
ふと、音が頭の中で響く。同じくマクロさんもぴたりと動きが止まる。──……これはマシロさんからだ。しかしいつも以上に声が小さくて聞きとりにくい。耳を塞いで意識を集中させてみるが、それでも聞こえるのは水泡の音ばかり。

「マシロさん……!」
「兄さん!」

私とマクロさんの声が重なる。直後、笑いを含みながらの声がした。

『──……マクロ。お前は絶対に来てはいけない。いいね』
「何故ですか、兄さん!?今どこにいるんですかっ!教えてください!」
『そしてひより。……君が進む先に、きっと私はいるだろう。焦らないでも大丈夫。私は君を、待っているよ』
「……マシロ、さん、」

声が消えた。通信を一方的に切られてしまったのだ。俯くマクロさんと私たちを何かを察し、何も聞かずに待ってくれているチョンとNくんを目の端でとらえていた。

「……兄さん、」

力強い声が静かな森に浮かんでは消えた。
精気の無い声色だった。私でさえ心配しているのだ、弟であるマクロさんがじっとしていられるわけがない。何故、弟を頼らず私に願いを託すのか。

「──……Nさん、行きましょう。もう場所は分かっています」
「で、でもマシロさんは、マクロさんは絶対に来るなって……!」
「いいえ。いくら兄さんの言葉でもこれだけは守ることはできません。……貴方の力なんて借りずとも、俺が兄さんを救ってみせます」
「マクロさん……」

ポケモンの姿に戻って私を睨むマクロさんを見る。……歯がゆいんだろう。マクロさんの心情が分からなくもなく、静かに視線を逸らした先、Nくんがいた。ゼクロムに飛び乗り一言、「またね」。
私が制止する前に、再び空高く飛び立つゼクロムを見上げた。さっきとは比べものにならないぐらいの速さだ。到底追いつけそうもない。

「……戻ろうか」
『そうだねー』

残された私は、仕方なくセッカシティへ戻ることにする。
何も解決していないけれど、とりあえずNくんとマクロさんは敵ではないということが分かっただけでも十分だ。チョンに再び乗り、気を紛らわすためにも考える。マシロさんの意図は分からないけれど、弟にあそこまで強く「来るな」と言っていたのだ。何かあるに違いない。……強く、ならなければ。思い、焦りが生まれる。





「あっ、ひより!どこに行っていたの?」
「ちょっと用事があって、」

戻ると、ベルちゃん何だか難しい顔をしていた。そしてパパさんの護衛をしていると言っていたベルちゃんは今、一人である。話を聞けば、パパさんはハチクさんと一緒にリュウラセンの塔を調べているらしい。プラズマ団がなぜ塔に居たのか。何か分かる手がかりが見つかればいいけれど。

「そういえば、トウヤくんとチェレンくんは?」
「えっとねえ、アデクさんっていう人とストーン……?を探しに、古代の城へ行ったみたいだよ」
「ストーン……、」

Nくんが持つブラックストーンの対となるライトストーンを探しに行ったのか。既に私が持っているということは、未だ誰にも知られていないようだ。……無駄足を踏ませてしまった。それに、もう私だけの問題ではなさそうだ。私も行って話をしないといけない。

「あたし……何だか混乱しちゃって。ひよりも古代の城に行くの?」
「うん。ベルちゃんは落ち着くまでここにいた方がいいよ」
「気をつけてね。古代の城はリゾートデザートの奥だって」

ベルちゃんに頷いてから再びチョンに乗り、別れを告げた。
空を飛びながらマシロさんについても話すか否か悩む。トウヤくんたちまで巻き込むことになるかも知れない。そうはしたくない気持ちと、つい甘えたくなる気持ちがぶつかり合う。
そうして向かうは、古代の城。




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