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宴会も終わりを迎え、集まっていたポケモンたちが寝床へ向かうのを見送ってからどれくらい経っただろう。
いつもの私なら今頃はもう夢の中の時間だが、昼寝をしたおかげなのか今日はあまり眠くない。隣から聞こえてくるあーさんのいびきに苦笑いをしながら、たき火の近くに座ったままグレちゃんとロロと一緒にみんなの帰りとシキさんがやってくる時を待っていた。
「それにしてもチョンとセイロン遅くない?キューたんもどっかいったままだし……」
「……ぼ、僕は、ここにいます」
「ほっ……!?」
がさりと草むらから出てきたキューたんに思わず心臓が飛び跳ねた。いつの間にいたのか。毎度のことながら気配も足音もない彼を見ながら心臓を落ち着かせる。多分、森のポケモンたちの姿が見えなくなったから出てきたんだろう。それでも忙しなくきょろきょろオドオドしているキューたんには流石のグレちゃんも放って置けなかったのか、しばらくしてから手招きをする。
「キューたんはこれで大丈夫だね。チョンたちはー……うん、絶対迷子になってる。明るくなったら探しにいこうか」
「そんな暢気な……でも暗い中を歩くのは……なあ……」
グレちゃんの隣に距離を開けて座るキューたんを見ながらロロがお酒を飲みほした。何杯目か分からないほど飲んでいるはずなのに全然酔ってないロロが不思議でならない。そんな私は、青いバスラオさんに注いでもらったジュースを今も尚ちびちび飲んでいる。
「暗い森は危険があるから行かせないぞ。それに、チョンたちなら大丈夫だろう」
グレちゃんが貰っておいたご飯をキューたんに渡すと、嬉しそうに受け取って食べ始める。お腹空いてたんだね……って当たり前だ。だってお昼もろくに食べてなかったんだもの。というか、グレちゃんもロロと同じぐらい飲んでたのに全然酔っぱらってない。なんなんだ。
「うーん……セイロンも一緒だから迷わないと思ったんだけどなあ」
「なんてったってチョンは迷子のプロだからね。俺でも一緒に歩いていると時々道が分からなくなるよ」
「それ相当じゃない?」
「重症だね」
なんだか連れていかれたセイロンが可哀想になってきた。今頃どこでどうしているんだろう。
残り少なくなったジュースを飲もうと傾けていると、ふと、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。──……この声はセイロンだ!
「噂をすればなんとやら」
バサバサと羽音が近づいてくる。暗い森から戻ってきたチョンが、ふらつきながらゆっくりと地面に降りた。瞬間、セイロンが背から飛び降り私の元に駆けてきた。両腕を広げて受け止めて、思いっきり抱きしめた。
「おかえりチョン。いつも以上にへろへろじゃん」
『今日はねーすっごく迷ったんだー……』
「やっぱり今日"も"、か」
『もー目印がなんにも無くて困ったよー。あっでもね!いっぱい木の実食べてきたー!』
羽でお腹を擦る仕草を見せるチョンにホッとする。それから私の服の裾を引っ張るセイロンに目をやると色んな木の実を抱えていて、嬉しそうにこちらへ差し出してきた。色とりどりの木の実が沢山だ。
「こんなに沢山……!すごいよセイロン!」
『…ひよりにあげる』
「ほんと!?ありがとう!」
『……』
頭を撫でると目を細めるセイロンに、もー私はメロメロだ。かわいい。唯一の癒し。ありがとう。
……ふと、視線を感じた。セイロンも同じく、私より先に誰なのかを発見したであろうセイロンの表情は険しい。それだけで私にも、もう誰なのか分かってしまった。
「セ、セイロンくん、その、……」
『……』
「ひっ!」
セイロンがギロリと睨むと、グレちゃんの後ろに素早く隠れて小さな悲鳴をあげる彼。……この二人はまだ駄目か。相性的にも格闘と氷であんまり良くないのは知ってはいるけれど、それは関係にも反映するのか。い、いや、そんなバカな。
「「……」」
グレちゃんと目が合ったと思ったら、同じタイミングで出るため息。果たしてセイロンとキューたんが仲良くなる日は来るのだろうか。私としては来てほしいところである。
「それにしても、よく帰ってこれたね」
さっきまで座っていたところに再び腰を降ろした。ちなみにチョン、ロロ、私、セイロン、グレちゃん、キューたんの順でたき火を囲むようにしていて、未だ寝ているあーさんは私たちの少し後ろの方にいる。ロロとグレちゃんで後ろへ運んでくれたものの、雑な運び方に思わず笑ってしまうぐらいのものだった。あれでも起きないとなると、このまま朝まで起きないのでは。
「今日はもう無理かと思ってたよ」
「……案内、してもらったんだ」
私の隣でもぐもぐしていたセイロンが、木の実を飲みこんで一言。首を傾げて訊ねてみる。
「いったい誰に?」
「オレだ」
「どっ!?どちらさまですかっ!?」
突然の聞きなれない声に勢いよく後ろを振り返ると、眠っているあーさんの頭を容赦なく叩く男の人がいた。茶色の肩にかかるほどの長めの髪に、首元には白いファーがついたジャケットを羽織っている。耳には赤いダイヤ型のピアスが付いている。
「どうしてこんなところにアカメの旦那が……」
「……ってえな!誰でぇ、俺を叩いてる奴ぁ!」
「あ、」
バッ!と飛び起きるあーさんに目をぱちくりさせるその人。驚いているんだろうけれど、あまり表情には出ていない。寧ろあーさんの方が驚いているみたいで……って、さっきあーさんのことを"旦那"と呼んでいた?もしやあの人が、
「シキ!!オメェ、いつからここに居たんでぇ!?」
「ついさっき」
「来たならさっさと起こせってんだ!」
「だから今起こした」
言葉に感情を込めすぎているあーさんと、淡々と答えるシキさんがまるでコントをやってるみたいである。久々の再会に話が弾んでいる。
「ああ、そうだシキ。実はな、おめぇにプラズマ団の研究所にいた白いポケモンについて聞きにきたんだ」
そうですか、と一言答えると俯くシキさん。彼の視線が、あーさんから私へと移ってくる。緊張から、少し身体が強ばってしまった。
「……そこの方は?」
「ひよりと言います。はじめまして」
「ひより、さんは人間ですよね。どうしてここに?ここは、ポケモンたちの楽園だ」
警戒、されている。当たり前のことではあるが、予想していなかったのもあってすぐに返事ができなかった。厳しい視線に早く答えなければと思うが、言葉が出て来ない。……途端、あーさんが立ち上がって、私とシキさんの間に割り入った。
「やめろシキ。嬢ちゃんは俺の主人だ。警戒する必要なんてねぇよ」
「え……アカメの旦那の……?ありえない……」
「ありえているから、ここに嬢ちゃんがいるんだよ。とにかく、たとえ手前でも嬢ちゃんに何かしたら俺がぶん殴るからな」
少し間をおいて、シキさんが一つため息を吐いた。それから立ち上がると私の前までやってきて片手を差し出してきた。握手、だろう。一応警戒しながら私も手を差し出すと、さらに伸びてきた手に捕まりぎゅっと握られる。た、ただの握手で良かった。
「なにがあったか知らないが、アカメの旦那が認めた方なんだな。ひよりさんは」
「大切な、仲間です」
「……そうか。さっきは悪かった」
「いえ」
髪で覆われている右目も弧を描くのがぼんやり見えた。あーさんのおかげで警戒は完全とは言えないだろうが溶けてくれたようだ。こっそり息を吐きながらシキさんも輪に加わるのを見る。本題は、ここからだ。
「……早速話を、」
ふと、シキさんが私のバッグに視線を移す。何かと思いながらもバッグを渡すと、シキさんが鼻をバッグに押し付けた。変な臭いでもするのか。どきどきしながら言葉を待つと、驚いたような顔をして私を見る。
「レシラム様の匂いがするのだが……、」
「もしかしてライトストーンのこと……?」
「ライトストーン!?まさか、……そうか」
私がバッグから出して手渡すと、シキさんはライトストーンを壊れものを扱うように両手に乗せたまま固まってしまった。……シキさんの反応からすると、。
「話そう。……オレを助けてくれたのは、レシラムというポケモンだ」
「……やっぱり、か」
シキさんの言葉にあーさんが苦い顔で呟くのを聞きながら、私は先ほどのシキさん同じくぴしりと固まっていた。聞かねばいけない、聞きたくない話をこれからされる。シキさんから受け取ったライトストーンを思わず握りしめてしまう。すがらずにはいられない。
「オレが研究所から逃げ出すときに、出口を教えてくれたのがレシラム様だ。助けて頂いた礼をしたくて、今までに何度か研究所まで忍び込んで調べている」
ふと、シキさんが近くにあった木の棒を掴むと地面にガリガリと何かを描き始めた。茶色の用紙に描かれたのは、カプセルのようなものとそこから何本も出ている線。そして、レシラムの姿。
「カプセルの中身は特殊な水だろう。……あの方でも蒸発できない、特殊なもの」
「だ、だから水泡の音があの時……、」
「そしてこの線は管だ。これはあの方の頭に付けられている機械に繋がっていた。だからあの方が何を誰に伝えたのか、プラズマ団にも伝わってしまう」
──……今日に限ってやたら早い帰りじゃないか。
この前、マシロさんが言っていたのは多分プラズマ団のことだったのだろう。それにいつも話を切り上げるのが速かったのはこのせいだ。そして以前少しだけ聞こえた水泡の音は、そういうことだった。
「でもさー、伝説のポケモンをどうやってプラズマ団は捕まえたのかなー?簡単には捕まえられないよね?」
チョンが首を傾げる。確かにそうだ。それにレシラムさんを呼ぶには、もしもゲームと同じならば今私が持っているライトストーンが必要なはずだ。しかし、これにはシキさんは首を横に振るばかりだった。答えは分からないまま。
「あれから一度だけ、忍び込んだときに話すことができた。そのときにある人間の話を聞いたんだ」
「それって──……」
「そう。貴方のことだ、ひよりさん」
シキさんが紙を差し出してきた。ゆっくり受け取り広げてみると、何かの地図が描かれている。一体どこの地図なのか。顔をあげて彼を見ると、真っ直ぐな視線と絡み合う。
「それは、Nの城という場所の地図だ」
「!?ど、どうしてこれを……!?」
「オレがあの方に言われて調べたんだ。……あの方に、ひよりさんの力になって欲しいと頼まれたからな。いつ会えるか分からなかったが、調べておいて良かった」
少しばかり表情が緩んだシキさんから視線を下げてもう一度地図を見ると、とある一か所だけ真っ黒に塗りつぶされていた。不思議に思い訊ねてみたところ、ここだけは何の部屋なのかどうしても分からなかったらしい。その隣には"研究所"と書かれた空間がある。とても、不気味だと思った。
「ひよりさん、オレは何度もあの方を助けようとした。……しかし、今もなお助けられていない」
「……」
「どうか、あの方を早く助けてほしい。このままではとても危険だ」
「ただ捕まっているだけではないと……!?」
頷くシキさんに、地図を持っていた手に力が入る。
「オレにも理由は分からないんだ。けど確実に弱っている。……まるで何かに吸い取られているように、少しずつ力が無くなっているんだ。もしもこのまま助けられなかったら、!」
言葉が切れる。言われずとも、その先に何が続くのか嫌でも分かってしまったのは私だけではないだろう。
あれからマシロさんから連絡はない。……急がなければ。早く、早く行かないと。
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いつの間にか日が昇り始めてきて、この森にも光が差してきた。
話を聞いた後、仮眠をとった。……といっても、私はマシロさんのことで全く寝れなかったこともあって目が開かない。それから今、Nくんの城を知っているというシキさんにそこまで案内してもらおうと話をしたがなんと断られてしまったのだ。
「悪いな。これもあの方から頼まれたことだ」
「で、でもシキさんが案内してくれれば私はすぐに……!」
「ひよりさんには強くなってから来てもらいたいと言っていた。ジム戦もポケモンリーグも、まだだろう?」
「それはそうですけど……でも、!」
ふと、シキさんがポケモンの姿に戻って私を見つめる。白い角に、白い毛が首元と足元を覆っている。図鑑を取り出してみれば、これは「ふゆのすがた」というらしい。メブキジカというポケモンは季節によって見た目が少しずつ違ってくると書いてあった。図鑑から視線を上げて、シキさんを見る。
『あの方にも何か考えがあるんだろう。きっと、大丈夫』
「……」
『オレだって本当は今すぐひよりさんを連れて行きたいが、あの方に頼まれたことは絶対守ると決めている。……俺もさらに情報を集めてみよう。そしたら今度はオレからひよりさんに会いに行こう』
それじゃあ、また。、そういうと私たちに背を向けて再び森の奥に行ってしまった。その姿を見送って、……前を向く。朝日がまぶしい。
「とにかく今は早く強くなって、早く先に進まないと」
「そんじゃあ、セッカシティに戻るとすっか」
「あーさん、バスラオさんたちにお別れ言わなくてもいいの……?」
まだバスラオさんたちは眠っている様子で、森は静まり返っていた。
私の問いに、ゆっくり頷いたあーさんが一度湖へ歩いて行って水面を見る。何も起こらない。音もしない。そんなことは分かっていたとでも言うように、あーさんが何も言わずに湖から離れようとすると。ばしゃっ!、頭目がけて水鉄砲が飛んできた。不意打ちすぎて避けきれなかったあーさんはモロに水を被って髪から雫を垂らしながら瞬きを繰り返している。
「……誰でぃ」
『私しかいないでしょう。アカメの旦那だって、分かっているくせに』
くすり笑いながら、湖から顔を出したのは青いバスラオさんだった。その言葉にあーさんは頭をがしがし掻きながら顔を横に背ける。……どうやら図星だったらしい。
「起きてたんかぃ、アオ」
『ええ。どうせ旦那のことだから黙って行ってしまうと思って早起きしたんです。……そしたらやっぱりそうでしたね』
「分かりやすくて悪かったな!」
湖のほとりに座ってから青いバスラオさんに手で水をばしゃりとかけると、立ち上がり、私のところまで戻ってくる。「行くぜぇ」、後ろは振り返らないまま、歩きはじめるあーさんの背を見た。あーさんの代わりに私が後ろを見てみると、青いバスラオさんが一礼をする。私も同じくお辞儀をして歩き始めたとき。
『いつでも帰ってきてくださいね。旦那の居場所はここにもあるってこと、忘れないでください。……ひよりさん、アカメの旦那をよろしくお願いします』
「──……、」
振り返ると、青いバスラオさんだけじゃない。昨日の宴会で集まっていたポケモンたち、みんなが姿を見せていた。朝日に照らされて輝く湖と暖かい光景に私が泣きそうになってしまった。慌ててあーさんの裾を引っ張るが、それでもあーさんは振りかえらない。
アオさんが、笑う声が聞こえた。
『いってらっしゃい、旦那』
「……いってくる」
とうとう、あーさんが振り返ることは一度もなかった。
もしかすると、振り返ってしまえばもうここから離れられないと思ったのかもしれない。居心地が良くて平和なここよりも、私たちと一緒に旅をすることを選んでくれたのだ。……嬉しさと、いつかやってくるであろうこの先のことを合わせて考えてしまった。
例えようのない感情とは、こういうもののことを言うんだろう。