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「……、はっ!」

目が覚めると、辺りは薄暗くなっていた。
グレちゃんの姿はすでになくて、代わりに上着が私の上に乗っかっている。ついでに芝生の上に置いておいたキューたんのボールも無くなっていた。きっと自分で持っているに違いない。ボールから出てこの辺にいることにはいるんだろう。
予想以上に寝てしまったことを少し後悔しながら上着を持ったままのそのそ身体を起こしてみると、ロロが水面をぼんやり眺めている姿を見つけた。

「ロロ?」
「あ、ひよりちゃん。おはよう、こんばんは」
「こんばんは……すごく寝ちゃった」
「いいんじゃない?たまにはゆっくりするのもさ」

ぱっと笑って立ち上がるロロ。もしかして、私が起きるのを待っていてくれたのか。勝手な思い込みかもしれないけれど、それでもなんだか嬉しくてロロのところまで跳ねるように歩いていく。
ロロが見ていた水面には、空に浮かんでいる満月が映っていた。幻想的な感じがする。見とれるてしまうのもこれなら仕方がないだろう。

「俺としてはこのまま二人っきりでいたいところなんだけど……」
「向こうから声がするね」
「宴会やってるんだよ。あーさんが久々にここに来たからって、ここの人たちが開いてくれてさ」
「なるほどー……って、やっぱり私ロロ待たせてたんだね!?ごめん……!」
「いいよ別に。だって、俺が好きで待ってたんだもん」

さあ、行こう。、目を三日月型に細めて私の手をひく。
ロロに連れられて、少しばかり森の中を歩いていくと次第に聞こえてくる声が増えてきた。そうして着いてびっくり。なんと、昼間よりもさらに多くのポケモンがそこに集まっていた。ぱちぱちと音を鳴らしながら大きく燃えているたき火を中心にして、みんなで囲うように座って食べたり飲んだりしている。その横には踊るポケモンや歌っているポケモンも……こ、これはすごい光景だ。

「おー!嬢ちゃん、目ぇ覚めたか!」
「あーさん!お、グレちゃんもいる」

手を大きく振るあーさんと、何かを飲んでいるグレちゃんの姿が見えた。あーさんの様子からすると飲んでいるのはお酒に違いない。歩いて行き、二人の横にロロと一緒に座る。ふと、あーさんの隣に居た青い瞳の男の人が私にお辞儀をしてから再びあーさんとの会話を始める。……誰かと思ったけれど、声からして間違いなく青いバスラオさんだ。彼も擬人化できたんだ。

「そういえば、チョンとセイロンは?キューたんもいないし……」
「チョンとセイロンならまだ帰ってきていないぞ。キュウムは俺にも分からない」
「どこ行ったんだろ……あ、グレちゃん上着ありがとう」
「ああ」

上着と交換で食べ物が渡される。お皿代わりの大きな葉の上には木の実はもちろん、普通に人間が食べているものもあって驚いた。
青いバスラオさんに話を聞いてみたところ、擬人化できるポケモンがときどき街へ降りて行き食べ物を買ってきているという。財源はトレーナーとのバトルだ。一人は擬人化したままトレーナーになりきり、もう一人に指示を出して戦っているらしい。なんだか面白い。

「アカメの旦那、もう飲むのやめたほうがいいですよ」
「わぁーてるってぇ!……ほらあ、嬢ちゃんも飲むかぃ?」

あーあ、こりゃ完全に出来あがっちゃってる。押し付けてくるお酒を渋々受け取ると、すぐさま横からロロに取られてついでに飲み干されてしまった。そういえば私、お酒に弱いらしい。あれはまだセイロンが仲間に入ってない頃だったか、お酒を飲んだことがあったけれど翌朝みんなからもう飲むなと強く言われてことがあった。生憎自分にも記憶が無く、……やっぱり私は飲んではいけないんだと思う。

「……あの、シキさんは?」
「今日はまだ来てませんね。夜に来るのは確かなのですが、毎日来る時間が違うもので」
「そうですか」

申し訳なさそうに返答する青いバスラオさんの隣、まだお酒を飲んでいるあーさんがいた。私の視線に気付いた青いバスラオさんがあーさんからお酒を取り上げると、ぐらり。あーさんの体が後ろに傾いて、そのまま重い音と一緒に仰向けに倒れたのだ。びっくりして中途半端に立ち上がったものの、すぐに聞こえてきた寝息でため息を吐いて座り直す。

「大丈夫だよひよりちゃん。あーさんって、いっつもこんな感じだから」
「いっつも……?」
「たまに一緒に飲んでるんだよ」

グレちゃんとロロが呆れたようにあーさんを見ていた。……晩酌、というやつですか。私がセイロンと一緒にすやすや眠っている間に宴が開かれていたなんて全然知らなかった。

「アカメの旦那は放っておいて、今夜の宴を楽しんでください」

言葉通り、あーさんには目もくれない青いバスラオさんが、ドレディアたちを呼んだ。すぐ目の前までやってきてくれたドレディアたちが、くるくると舞い始める。その可愛さと華やかさに、私は一気に釘付けにされてしまった。
夢のような時間を過ごしながら、3人の帰りとシキさんを待つ。……まだまだ夜は長い。





「…………」

宴会の場から距離を置いた、暗い森の中。太腿につけているホルダーから、前に渡された小型の通信機を取り出す。……周りに気配はない。闇に溶け、発信を押して耳元に押し当てると、コール音が聞こえてきた。

『……ワタシだ』
「よおオッサン。久々だな」
『今回は貴方の方ですか。まあいいでしょう。どうですか、そちらの様子は』
「俺様がヘマするわけねえだろ。順調にきまってる。……そっちはどうなんだ」
『もちろん順調ですとも。いいですか、この件はくれぐれも、』
「んなこと言われなくとも分かってる」
『……では、またの報告を待っていますよ』

毎度毎度、同じことを言われて飽き飽きする。
こっちから電話を切って、乱暴にホルダーに戻した。……しかしまあ、おっさんの言ってることは本当らしい。日を重ねるごとに力が戻ってくる感覚もある上、知識も少しではあるが取り戻していることには違いない。いいじゃねえか。やっぱりこれで良かったんだ。

「──……ね、ねえ」
「ああ?」

頭の中でアイツの声が響いた。俺様に話しかけてくるなんて珍しい。
……目を閉じて、意識を飛ばす。次に目を開けたときには、いつも以上に眉を下げては胸元を押さえるアイツがいた。自分と同じ姿形をした別人。いや、やっぱり自分か。

「本当のこと、ひよりさんに言ったほうがいいんじゃないかな……」

口を開いたと思ったらこれかよ。あえて大げさにため息を吐いてから睨み上げる。ふざけんな、言ったら全てが終わっちまうだろうが。俺様の、俺様達の夢も、自由も、……全て。

「ぼ、僕は、ひよりさんのこと、ちゃんと話してみて、もっと好きになった」
「へえ」
「それにみなさんのことも、僕は好きになったよ」
「ふーん」
「君だって、そうでしょう。気付かないフリをしているだけ」
「まさか。アホかテメエ」

だって、君は僕だもの。
何度も言われたことのある言葉を背中で跳ね退け、ナイフを取り出し、刃こぼれが無いか刃を眺める。―……一時でも迷ったのは、悔しいが事実だ。なぜならアイツは俺様だから。だがそれもあの日のうちに捨てたはず。捨てきれたはずなんだ。ああそうだ、捨てなければ何も得ることはできないのなら、そうするしか他に無い。

「確かに、完全に戻ることは僕の夢でもある。……けど、……僕は、今のままならそれも叶わないでもいいと思うんだ」
「……なんだよ、それ」
「ひよりさんのおかげでね、この数日の間に僕は色んなことを知ったよ。……君にも伝わったでしょう」
「……」
「不完全のままでも、ひよりさんたちといればいつか全て知ることが出来そうな気がするんだ。……犠牲を生まずに済むならば、その方が、いい」

……百歩譲って、仮に全ての知識が戻ったとしよう。だが力は戻らない。それじゃあ、駄目なんだよ。それにヤツらが持っているものは、元はと言えば俺様たちのものだったんだ。自分が欠けたままだというのに、どうしてヤツらを見逃せよう。全て取り戻さないと、気が済まない。

「だ、だって!このままだとひよりさんが、……それにグレアさんたちだって悲しむよ。そんなの僕は嫌だ」
「てめえがなんと言おうと俺様には関係ない。このままおっさんを利用して力を取り戻すまでだ」
「そ、それは……!」

ホルダーから楔を取り出すと目を大きく見開いた。……約束の楔。これを目の前の自分に打ち込めば、ヤツは小娘たちに本当のことを言えなくなる。ちなみにヤツの楔はすでに俺様に打ち込まれていて、代わりに俺様は小娘たちに対して攻撃ができなくなっていた。おっさんからの支給品だ。どうやってこの世界にこんなものを用意したのかは知らねえが、使えるものは使ってやろう。

「……嫌だ、やめて」
「先に俺様に打ち込んでおいて、何を言う」
「……っ」

瞬間、背を向けて逃げ出した。この世界に逃げ場なんてどこにもないことはヤツだって知っているだろうに、それでも逃げる姿を見て鼻で笑う。……この世界は、"俺様"のものだ。

「追いかけっこなんてやってる暇ねえんだよ」
「……あっ……!」

背後。首筋に楔を打ち込むと、ヤツの体内に入って消えた。驚きに目を見開いたまま、崩れ落ちる姿を見下ろす。自分が倒れている。……愉悦だ。

──……目を開き、遠くから聞こえてくる先ほどと変わらぬ明るい声々を聞く。一人、暗闇で笑みを抑えきれずに口元を片手で隠した。
近い未来、完全に戻る姿が見える。最高の、未来だ。



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