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「それじゃあな。ジム戦頑張れよ、嬢ちゃん!」
「あーさんも気をつけて」

いつも通り頭をぐりぐり撫でられて乱れてしまった髪を整えながら、あーさんに手を振る。いつもの服とは違って、今日は前に見たような赤い着物を纏ったあーさんの背を見送った。

今朝のこと。今日は早速ジムに挑む予定だと伝えたところ、いつも一番に立ち上がって喜びの雄たけびをあげるあーさんが、今日は腕組したまま座っていたのだ。きっと、キューたん以外はみんな不思議に思っていたことだろう。

「あれー、あーさんいつものやらないのー?」
「"いよっしゃー!俺に任せろ!"ってやつ?」
「そうそうー」

チョンとロロが首を傾げているのを見て、苦笑いをするあーさん。それからやや時間を空けてから口を開く。

「今日はなぁ、俺の友人を探してこようと思ってんだ」
「もしかして、前に言ってた……」
「ああ。すまねえな嬢ちゃん。ほんとならすぐにでも会わせてぇが、あいつぁふらふらしてっから詳しい居場所までは分かってねぇんだ」

そういいながら頭をぼりぼり掻くと、首を捻って何かを思い出すように目を宙に向ける。地図はいるか聞いてみると、セッカシティには昔住んでいて覚えているから大丈夫だと笑顔で返された。セッカシティに友達がいるとは聞いたものの、長くここに居たなんて初耳だ。
……というわけで、今回のジム戦はあーさん不在となっている。

「うーん、今回は誰にお願いしようかな」

今朝、街をぶらりと歩きながらここに住んでいる人の話を聞いた。それによると、ここのジムリーダーさんは昔映画に出たこともある凄い人らしい。ちなみに氷タイプのポケモンを好んでいるという。タイプから考えるとグレちゃんとセイロンあたりがいいとは思うけど……。少しだけキューたんのボールに触れると、直後ガタガタと暴れ出す。

『俺様は戦わねえぞ、小娘』
「……ですよねー」

聞く前に答えてくれてありがたい。まあ、内心思っていた答えがそのまま返ってきたからがっかりもしないし、そもそもキューたんのデータが図鑑に無いため何のタイプを持っているのかも分からないのが現状だ。聞いても何も教えてくれないし、やはり下手に触れないほうが吉なのか。
キューたんについてはこの辺にしておいて、頭をジム戦モードに切り替える。さて、どうやって戦おう。





ところ変わって、セッカジム。ジムの中もひんやりしていて寒い。雪が降っている外の気温とあまり変わっていないような気がする。
ぶるりと寒さに身体を震わせていると、少し先……もの凄く寒そうな格好をしている男の人が目に入った。私に気づいて片手を上げる姿にお辞儀をする。引き締まった体に整った顔立ち。間違いなく、彼がここのジムリーダーだろう。

「……ほんと寒くないのかな」
『さあな』

なんであんな薄着なんだろう。さあな。全く興味がないようなグレちゃんの返事を聞きながら、彼に向かってジムの奥へ一歩踏み出した。……のはいいものの、床が凍っているため滑って転んで思い通りの場所に行けていない。さらに、またしても大砲が見える。本当に、もうやめて。


「──ようこそ。わたしがジムリーダーのハチクだ」

本命のジム戦がはじまる前に疲れてしまうのも恒例になってきてしまった。ここまで来ると、最初は変わってるジムだと思っていたサンヨウジムやシッポウジムが、実はまともな方だったということを知る。
未だふわふわしている内臓部分を手のひらで擦りながら、向こう側に立っている彼の姿を見た。自然と背筋が伸びる。

「ジムリーダーに挑む心の準備、できているようだな」
「はい。よろしくお願いします!」

お互いモンスターボールを握って対峙した。さあ、バトルのはじまりだ。
審判が挙げる旗と同時に、二つのボールが宙で開いて赤い閃光が地面に落ちる。

「セイロン、よろしくね」
『……がんばる』

ハチクさんが出してきたのはバニリッチというらしい。図鑑がそう読み上げた。見た目がまさにアイスクリームでヒウンアイスに似ているような気もするし、なんだか可愛くて美味しそうなポケモンだ。そんな見た目とは裏腹に、口がとても悪いようで『てめぇをぶっ潰す!』なんて声が聞こえてきた。こわい。

「セイロン、はっけい!」
「凍える風!」

セイロンがちらりと私を見たあとに飛び出す。はっけいはパンチ技だ。だから外さないか不安でこちらを見たんだろう。でも私は、セイロンが毎朝早く起きて特訓しているのを知っている。大丈夫、左目のハンデがあってもきっと当たるはず。

『っち!ちょこまかすばしっこいヤツだぜ!』
『……』

セイロンの方が速さでは優っていた。素早くバニリッチの懐に入って、はっけいを繰り出す。距離的には危ないけれどあそこまで近づけば確実に技は当たる。セイロンなりに絶対外さないように考えたんだろう。見事はっけいも決まりバニリッチが後ろに下がった。が、セイロンも凍える風を直に食らう。

「れいとうビーム」
「飛び跳ねて!」

寒さでスピードが少し落ちたものの、まだバニリッチよりは速い。れいとうビームが当たる前に素早く飛び跳ねたセイロンは空中でも器用にバランスを整える。

「そのまま飛び蹴り!」
「避けろバニリッチ!」

落下の威力を利用してバニリッチにそのまま突撃。ハチクさんの指示よりも、セイロンの方が早く技を決めた。鈍い音が響き、白い煙が舞い上がる。視界の悪い中を睨み見て、審判の旗を見た。

「……バニリッチ、戦闘不能!」
「やった!」

旗があがると靄からバニリッチが目を回している姿が見えた。セイロンは立っていて特に目立った外傷はなさそうだ。安心して一息吐くと、嬉しそうにセイロンが駆け寄ってきた。しゃがんで頭を撫でると目を細める。

『……はっけい当たったよ』
「あんなに近づかなくてもセイロンなら大丈夫だよ」
『……そうかな』
「そうだよ!次もお願いしても大丈夫?」
『うん』
「頼りにしてるよ」

一度ぎゅっと抱きしめると、なぜか目をまん丸くしてからすぐに細めて思い切り何度も頷くセイロン。可愛くて頬を緩めたまま、小さい身体を前に向けて跳ねるようにフィールドに戻る姿を見送った。……さて、ハチクさんの次のポケモンはなんだろうか。

「……でっか……!」

思わず、上から下まで何度も見てしまった。キューたんよりは全然小さいけれど、今比べているのはセイロンとの大きさだ。……セイロン何人分だろうこのポケモン。

「わたしの相棒だ」
『よろしく頼む』

ハチクさんが出したのはツンべアー。進化前のクマシュンは、ネジ山で数えられるくらいなら見たもののツンべアーを見たのは当たり前のように初めてだ。あんなに小さくて可愛いクマシュンがこんなになるのか……!でも、こんなに大きければスピードも遅いはず。速さで攻めれば勝てるか。

「ツンべアー、切り裂く!」
「はどうだん!」

確かに速さはセイロンよりは遅い。しかし予想していたよりもツンベアーは速かった。先にセイロンのはどうだんが当たったものの、それにも構わず突っ込んでくるツンべアーに両目を見開いた。ぜっ、全然効いてない?!

「セイロン避けて!」
『……ッ!』
「続けて切り裂く!」
『承知した』

ひゅんひゅんと風を切る音が聞こえる。最初の攻撃は少し掠っただけで済んだものの、連続で切り裂くをやられてしまっては焦りがつのる。このままでは、またヤーコンさんのときと同じような戦いになりかねない。できればそれは、避けたいところだ。

「後ろに抜けて飛び蹴り!」
「抜かれる前に掴んで飛ばせ!」

氷のフィールドを素早く駆け抜けるセイロンに向かって、長く白い手が伸びてきては追いかける。
冷や冷やしつつも、セイロンがツンベアーの股下を潜って後ろに抜けて、飛び蹴りが当たったのを見た。が、次の瞬間ツンベアーが攻撃を出した直後のセイロンの足を掴み、そのまま壁へ向かって投げ飛ばした。
ドオンッ!、背後で衝撃音と何かが崩れる音が聞こえて慌てて走り出す。

「っセイロン!」
『……うっ』

横抱きにして状態を見る。……気は失ってないものの、これでまた戦うのは厳しい。それは本人も分かっているのか、俯いて拳を握っていた。審判さんと目を合わせて、首を左右に振るとハチクさんの旗が上に上がった。

「後は任せて」
『……ごめんひより』

頼りにしてるって言ってもらったのに。小さく聞こえてきたその言葉に、きつく握られた拳に手を重ねると、ゆっくりと顔を上げるセイロン。

「セイロンのおかげで、この戦いに勝てそうだよ」
『……?』

ツンべアーに視線を向けるとセイロンも釣られて見た。さっきの飛び蹴りが効いている様子でツンべアーも息を上がっている。この大きな一手を食らわせたのは、紛れもなくセイロンだ。

「本当にありがとう。ゆっくり休んでね」
『……うん』

セイロンが苦笑い気味に頷くと、拳の力を少し緩めてボールへと戻った。
そして次のボールを握り、高く投げた。落ちてくるボールを掴んで前を見る。

「ふむ、ゼブライカか」
「私の相棒です」

相棒同士のバトルだ。これで、決める。

「極限でこそ試される!鍛えられる!」
「勝つよグレちゃん」

ちらりと振り返ると、一度頷いて炎を纏う。相性のいいニトロチャージで攻めよう。大きなツンべアーは体力もかなりあるはずだけど、セイロンが減らしてくれたから気持ち的にも楽になっている。

「ツンべアー切り裂く!」
「迎え撃って!」

振り下ろされる鋭い爪。それを横に素早くかわして、ツンべアーの腹部に突撃した。鈍い音がした。お互いに少し後ろに下がって距離を開ける。床に膝をついたツンべアーが、立ち上がる。思わず「ひええ」なんて声が出てしまった。

「アクアジェットから切り裂く!」

ハチクさんの指示にハッとする。ツンベアーは水タイプの技も覚えられるのか……っ!ならこっちは電気で迎え撃つ!アクアジェットは避けられそうもない。ならば先ほどのツンべアーの真似をしてみようじゃないか。

「そのまま受け止めて放電!」
「なっ……!」

ツンベアーとグレちゃんが衝突して水が跳ねる音がした。次いで、ばちばちと激しい音を立てながらジム全体に広がった電気は、アクアジェットで水浸しになっていたツンべアーを一番に明るく光らせていた。弾ける光と一緒に、ツンべアーが床に倒れる。ずっしりと、重みのある音がした。
……旗が、あがった。

「ツンベアー戦闘不能。よってこの勝負、チャレンジャーの勝利です!」
「っやったー!グレちゃんありがとう!」

毛並みを濡らしたまま戻ってくるグレちゃんに思い切り抱き着いてから、バッグからタオルを出してごしごし拭く。それから、ツンべアーをボールに戻したハチクさんがこちらにやってくると懐からバッジを取り出して私に差し出してきた。

「アイシクルバッジだ。受け取ってくれ」
「……ありがとうございます!」

タオルを頭にかけたままのグレちゃんにも見せてから、バッジケースを取り出して大切に仕舞う。輝くバッジが、7個並んでいる。いつの間にか、あと空いているのは一か所だけとなった。
もう少し、もう少しでポケモンリーグに行ける。そしたら、私は。みんなは。……それからは。

残るジムは、あとひとつ。




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