7



キュウムさんとのやりとりの後、再びネジ山攻略を始めていた。いくら歩いても似たような景色で本当に訳が分からなくなってくる。ちなみに今は引き続きグレちゃんと、それからキュウムさんと私の三人でひたすら歩き続けている。先ほどのこともあって、いまだグレちゃんに対してオドオドビクビクしているキュウムさんは、隠れるように私の右側を歩いている。

「キュウムさん、グレちゃんは怖くないですよ。ちょっと目つきが鋭いだけであって」
「で、でも……、!」

無言でキュウムさんを見るグレちゃんと目が合ったのか、素早く首を縮めて私の肩越しに隠れた。当たり前のように隠れきれていないけれど。それから小さな声で「ぼ、僕なんかに敬語なんて使わないでいいです」と聞こえてきた。ならお言葉に甘えて普通に話そう。

「……仕方ない」

ため息交じりにグレちゃんが立ち止まると、キュウムさんの目の前までやってきて片手を出した。その手を困った表情で見ている彼に対し、痺れを切らしたようにグレちゃんが無理やり握って「よろしくな」と一言。一秒足らずに手を放し、また先を歩き出すグレちゃんに思わず可笑しくなってしまった。そんな私の隣でキュウムさんは、ぽかんとたった今握られた手とグレちゃんを交互に見て、私を見て。

「……ね、怖くないでしょう?」
「は、はいっ!」

こくこく何度も頷いて目を輝かせる。見るからにとても嬉しそうだ。しばらく一緒に行動を共にするだろうし、せめてこちらの性格のキュウムさんとだけでも、こうやって他のみんなとも関係が良くなっていけばいいんだけど……セイロン、特に心配だ。

「そ、そういえば"グレちゃん"って言ってましたけど……?」
「あだ名だよ。本当は"グレア"って言う名前なの」
「ぼ、僕にもつけてくれませんかっ!?」
「べ、別にいいけど……私が考えていいの?」
「はい!」

再び性格が入れ替わったときが少し心配ではあるが、その本人が欲しがっているんだもの。俺様なやつにだって文句は言わせないぞ。
にしても、ううん。あだ名。キュウム……キュー……?
色々考え始めたところで、ベルトに付けているボールがかたかた音を鳴らしはじめた。手に取り目の前に持ってくる。ロロのボールだ。

『ねえ、ひよりちゃん、グレちゃんよりもっと可愛いあだ名にしてよ』
「どうして?」
『嫌がらせ』
「ロロらしいな」

グレちゃんが呆れたようにロロのボールを見ていると、他のボールから「賛成!」とか明るい声が聞こえてきた。なるほど、みんなの気持ちはよおく分かった。しかしそんな可愛いあだ名なんて言われても、パッと思い浮かばな……。

「キュー……たん?」
『……ぷっ!』
『いいねーそれー!さっすがひよりー!』

ロロの吹き出し笑いと一緒にチョンのボールががたがた揺れる。いい……のか。本当にこんなふざけたあだ名でいいのだろうか。……ちらり、キュウムさんを見ると、心なしか目がキラキラしているように見えた。ので、決定です!

「それじゃあキューたんで」
「はい!あっありがとうございます!」
「どういたしましてー」
「あっ、……ひよりさん、」
「ん?」

嬉しそうな表情から一転、先を指差し不安げな表情を浮かべるキューたん。指先へ目線を移すと、光が射しこんでいる出口が見えた。そしてそこに一人佇む、見知った彼の姿があった。

「……チェレンくん?」
「……ひより」

一旦外に出ていたグレちゃんとキューたんをボールへ戻してから話しかけると、寄りかかっていた壁から私のところまで歩いてきてくれたチェレンくん。あっれー……私の方が先にジム戦終えていたはずなんだけれど。いつの間に抜かされていたんだろう。

「こんなところで何してるの?」
「ちょっと、考え事をね」

そう答える表情はどこか浮かない。何を?なんて軽率に聞けない雰囲気を察し、一度会話が途切れる。なんとか他の話題や言葉を探しているところ、チェレンくんが片手で眼鏡を少しあげる仕草を見る。さりげないかっこよさが滲む。

「さっき、トウヤとバトルをしていたんだ」
「トウヤくんと?」
「ああ。……そのときに、またアデクさんに会ってね。それで、少し。考えていたんだ」

アデクさん……確かリーグチャンピオンだと言っていた。滅多に会うことができなさそうな人物と二度も出会うなんてすごいことなのでは。でもこれで、どうしてチェレンくんが浮かない顔をしているのかなんとなく分かった気がする。思い出すのは、ホドモエシティへ向かう前のときのこと──。

「そういえばプラズマ団とも遭ったよ」
「えっ!?ど、どうなったの?」
「トウヤと一緒に戦って倒したけど、また逃げられた。本当に逃げ足が速い奴らだよ、まったく」

チェレンくんとトウヤくんが戦ったプラズマ団とは、もしかするとネジ山に登る前にフウロさんが言ってたプラズマ団たちかも知れない。こんな山にまで来て彼らは何をしていたんだろうか、さっぱり見当もつかない。
チェレンくんも同じようなことを思っていたのか、ひとつため息をつくと出口を指差した。

「ここを出ればセッカシティ。もうトウヤは先に進んだよ」
「ありがとう。私も先に行くけど……その、チェレンくんも一緒に行く?」
「僕はもう少しここにいる。チャンピオンに言われたこと……考えたいんだ」
「そっか」

俯き加減のチェレンくんを見てから、「それじゃあまたね」と一言だけ残して背を向けた。出口に向かってまた歩き始めると、不意に名前を呼ばれる。チェレンくんだ。離れたところから彼の姿を見る。こちらを、見ている。

「ちょっと、聞いてもいい?」
「うん」
「ひよりは……強くなって何をしたい?誰のために、強くなるの?」
「……私は、」

思えば、私の始まりはマシロさんであって、強くならないとマシロさんに会えないから強くなろうと思った。マシロさんに会うために強くなるというのはもちろんある。……けれど今は、それだけではないとはっきり言える。

「私は、仲間のために強くなりたい。それから……そうだな、これから出会うポケモンや出会ってきた人たちの力に少しでもなれるように強くなりたいかな」
「ポケモンや……人……、」
「戦うだけじゃない、強ければ、守ることもできるしね!」

私の答えを聞き、顎に手を添えて地面に視線を向けるチェレンくんを見る。それから顔をあげ、私を見るとぎこちない笑みを浮かべた。

「ありがとう。足止めして悪かったね」
「……急いで答えを出さなくてもいいと思うよ」
「……うん、それじゃあ」

背を向けて、出口と反対方向へ歩いてゆくチェレンくんを見る。チェレンくんなりの答えが見つかりますように。
そうしてこちらは、やっと寒いネジ山を抜けられる!セッカシティではジム戦と、それからあーさんの友達に会って話を聞かなければならない。プラズマ団の研究所にいたという、白い大きなポケモンについてだ。

出口から吹き込んでくる、身に沁みるような寒い風を受けながら山を抜ける。
──……先は、白に包まれた街。


セッカシティに着いたときにはすでに日が傾き始めていた。ずっと洞窟の中をうろうろしていたせいで、時間感覚がよく分からないことになっている。
とりあえず今日はポケモンセンターで休んで、明日には早速ジムに挑戦してみようと思う。そんなわけでポケモンセンター目指して街を歩いていれば、道路の端で遊んでいる子どもたちの歌が聞こえてきた。

「おどれ!おどれ!2ひきのドラゴン!」
「ぐるぐるわかれて、ぐるぐるまざって」

歌にあわせて子どもたちがステップを踏む。楽しげな様子に自然と顔を綻ばせていると、新たに仲間入りした黒いボールがガタガタと揺れた。……このボールは、キューたんだ。

「どうしたの?」

ボールに手を添え、小さな声で尋ねてみたが返事は返ってこない。そしてそのまま揺れも無くなり静かになった。一体なんだったんだ。もしやボールの中で暴れてたりして。……まあいっか。

「うう……っ寒い!」

「セッカシティ、空にきらめく雪の花」看板に書いてあったことだが、まさしくその通り。上を見上げると粒の大きめな雪が降り続いていた。綺麗ではあるけれど寒いことに変わりはない。身体を縮めながら歩いていれば、ようやくポケモンセンターが見えてきた。今日はここまで。早く部屋を借りて温まろう。





「腹が空いた。飯」

部屋に入るや否や、ボールから真っ先に出てきたのは意外にもキューたんだった。ソファへ乱暴に座ると背もたれに思いきり寄りかかって足を組む。明らかに俺様の方だ。ついでにテレビもつけて暢気に見ている姿はまるで自宅にいるかの様。

「これから作るからちょっと待っててよ」
「待つのは嫌いだ。早く作れ」
「はいはい。んー……キューたんは何がいい?」
「……は?」

目を向けると目をまん丸くしながら私を二度見していた。偉そうな姿勢から一転、両足を地につけて背筋も伸びている。……な、なにかヘンなことを言ってしまったんだろうか。二人して固まっている中、他のみんなはボールから出てから各々好き勝手やっている。それをキューたんが見回してから、自分自身を指差し一言。

「……キューたん?」
「……キューたん」

表情を見て、思い出す。そういえば、あだ名をつけたことは大人しい方の彼しか知らなかったんだ。慌てて弁解しようと口を開いたものの、通りすがりのロロのおかげで彼の視線が横にずれる。

「キューたんって言っていいって言ったのは君だよ?」
「はあ?」
「もう一人の君に聞いてみればいい」
「っあの野郎か……!」

面白そうににやにやしているロロが後ろを向いたままひらりと手を振る。直後、彼はソファから苛立ちを見せながら立ち上がると、どかどか足音をたてながら別の部屋に行ってしまった。ばたん。思い切り閉められるドアに、してやったりの声や呆れたため息が漏れるのを聞く。……合掌。

結局、今晩はネジ山を歩き回って疲れたのもあって簡単なカレーを作った。
みんなに準備を手伝ってもらっている間に、別の部屋へ行ったキューたんを呼びにいく。閉められたドアにノックをしてみたものの反応は無い。
仕方なく、怒られるのも覚悟でドアをゆっくり開けると部屋は真っ暗だった。さらに何故かこの部屋だけものすごく寒い。せめて電気ぐらいはつけようよ……。

「キューた……」

別の部屋に寒気が行かないよう、またゆっくり閉めてから電気をつけようと手を伸ばしながらハッとする。「キューたん」と呼ぶのは、今は辞めておこう。先ほどあんなに嫌がり怒ってもいたし、もしもの場合は私だけではどうにもできそうにない。
びくびくしながら一番小さな照明を付けて見たものの、彼の姿はどこにも無かった。代わりにベランダへ出られる大きな窓が開いていて、カーテンが風に揺られている。寒さの原因はこれか!

「ちょっとキュウムさ……」
「……分かった分かった」

何となく忍び足でベランダへ出てみれば、隅で一人喋っている彼がいた。ちらりと私を見て、何事もなかったかのようにベランダの柵に体重をかけて空を見上げる。誰と話していたのかなんて聞いても話してくれないだろうし、そのまま聞いていなかったフリをする。

「ご飯できたよ。食べよう」
「……」

はい、無視。ずっと空を眺めたまま、今度は見向きもしようとしない。誰かさんが急かしたから慌てて作ったというのに。ひとつ、小さくため息を吐いてから戻ろうと窓に手をかけたろき、「おい」と引きとめられる。渋々視線を彼に向けると、眉間に皺を寄せて怒っているような表情をしていた。

「小娘、お前アイツに余計なこと言っただろ」
「え?別に、何も言ってないけど……」
「余計なことすんな。……後々めんどくせえことになるから」

戻ろうとしていたところを引きとめられて、何を言われるのかと思ったら。思い当たることもなく、変な言いがかりはやめてほしいんだけど。なんて喉元までやってきている不満をぐっと飲み込んでから、柵に背をもたれて未だ私を見ている彼の前に戻ってみると、舌打ちをしてから視線を外す彼。……やっぱり無視して向こうに戻っていればよかった。

「何か言いたそうだね?」
「……いいか、アイツが変わると俺様も変わっちまう。これ以上余計なこと言われると俺様まで駄目になっちまうからやめろって言ってんだ」
「へえ、そうなんだ。なら私は、寧ろダメになった方がいいと思うけどなー」

ふざけんな、なんて怒鳴られるかと思ったら何も返っては来なかった。片手で髪をくしゃりと掴んで、少し俯く彼を見る。完全に顔が見えなくなってしまってますます感情を読みとれない。、ふと、突然バッと顔をあげたと思えば、今度こそ私は怒声を浴びる羽目になってしまった。

「くそ!お前のせいだ馬鹿野郎!」
「ばっ!?な、なんで私!?なにもやってない!」
「あーくそっ!ぜってー俺様は変わんねえからな!」
「はあ!?」
「ますます腹が減ってきた!食う!」

私を押し退け、足音を立てながら部屋へ入ってゆくのを見る。一人、ベランダに残された私は未だ色んな感情がごちゃごちゃしていて何がなんだかさっぱり分からなかった。
とりあえず、私もお腹が空いたので戻ることにする。……明日からあだ名で呼びまくってやろう。



prev


- ナノ -