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「"うんいいよ"、なんて簡単に頷くとでも?」
「ひいっ……!」

私の横を通り過ぎ、土下座をしている彼の前にしゃがんで顎を掴むと、無理やり上にあげるロロ。必死に逃げようともがいている彼ではあるが、どうにも出来ずに涙目でロロを見るしかなかったらしい。唯一動かすことのできる目で私に助けを求めている。仕方なく、おずおずとロロに手を伸ばそうとしたとき。

「ひよりちゃんに助けを求めても無駄だよ?」

「ね?」なんて、こちらを振り向いて阻止されてしまった。……ごめんなさいキュウムさん。可哀想だけどお助けすることはできなさそうです。だってロロが怖いんだもの。笑ってはいるけど目が本気だ。さっきの「ね?」には相当な威圧もあった。相当お怒りのご様子で……。

「お前、自分のことをちゃんと分かってんのか?」
「……分かっている、つもりです」

グレちゃんもやってきてロロとキュウムさんの間に座ると、ロロに手を離させた。不満そうに睨むロロをグレちゃんは無視してキュウムさんに視線を向ける。

「ぼ、僕には、ひよりさんの言った通り、別の人格があります。彼は僕であって、僕ではない」

つまりキュウムさんは、やはり二重人格だということだ。一人は大人しくて気弱な人柄で。もう一人は強暴で俺様な人柄。真逆の二人が一つの身体にいるらしい。……なんだか複雑だ。
チョンもやってきて私の横に立ち、彼を見る。グレちゃんたちと同じく敵対したままなのかと思いきや、いかにも興味津々な眼差しを向けていて、少しだけ安堵した。

「どうやって人格は入れ替わってるのー?」
「そ、そうですね……簡単にいうと、魂のぶつかり合いで勝った方が身体を使えています」
「たましいのぶつかりあい??」
「んー?オレにも分からないー」
「わ、分かりにくくてすみません……」

仕組みはいまいち分からないものの、今の話からして常に気弱な彼のままでいられるということはまずあり得ないだろう。そう考えると、仲間に入れることは私でも少し躊躇ってしまう。でも今の彼はなかなかに面白いし、……うーん、どうしよう。
ふと、ボールが一つ揺れた。中からセイロンが出てきて、すぐさま私にしがみつく。

「セイロン気が付いたんだね。大丈夫?痛くない?」
『……』

言葉はなく、ただこくりと頷くセイロン。服を強く握られている。先ほどの戦闘で負けたことがセイロンにとってはかなり悔しいものだったのでは。私も何も言わないで背中を撫でると、より一層力が込められるのが分かった。

「それで、どうしてひよりなんだ」
「えっ、ええと、」
「他にもトレーナーは沢山いるよね?ひよりちゃんに執着することないでしょう」
「そっ、それは……」

そして本題に戻る。グレちゃんとロロが迫る中、あわあわと手をせわしく動かしていたキュウムさんだったが、突然、ぴたりと動きが止まって俯く。まるで電池が切れた人形のような。そしてそれは、いつか見たことのある"あの時"を思い出してセイロンを抱えたまま勢いよく立ち上がった。が、時すでに遅し。

「……俺様が用があるのは、白と黒のクソ野郎どもだ」

口調や雰囲気がガラリと変わり、再び緊張感が走る。先ほどのこともあって一番近くにいたグレちゃんとロロは警戒してゆっくりと距離を置くが、対する彼は余裕げに笑みを浮かべては胡坐をかいた。……どうやら今戦う気は無いらしい。

「なあにそんなにビビってんだよ。俺様としてはさっきの続きをしてえとこだが……アイツがうっせえからやめといてやる」
「アイツって……土下座する方のキュウムさんですか?」
「他に誰がいるって?全く俺様の身体で土下座なんかしやがって、あの野郎」

ケッと悪態を吐くと欠伸をひとつ漏らす。……な、なんだろう。また雰囲気が違うような気がする。最初にあった恐怖も感じず、今はただの口の悪い子供のようにすら見える。みんなも今は平気だと判断したようで、その場で腰を落ち着かせた。

「白と黒って、レシラムとゼクロムのことか……?」
「ああ、この小娘にくっついてけばいつかは必ず会えるだろう?」
「なんで君、そんなことを知ってるの」

ロロの問いに一人頷く。確かに、どうして私とマシロさんたちが関係あると彼は知っているのだろうか。関わったことがあるのは先日と今日しかないはずなのに。
キュウムさんに視線を向けると目が合う。長すぎる謎のアイコンタクトに私から視線を逸らすと、くすりと笑う声がした。……ちょっと悔しい。

「小娘、テメエ本当に気づいてなかったんだな」
「なんのことですか……?」
「その鞄、いつから持っている?」
「え、」

そういって指をさすのは、私がいつも使っている斜め掛けの鞄。いつから持っているのか。それは、私がこの世界に来たときからだ。結局本当の持ち主が誰なのか分からないままではあるけれど、今それとこれは関係があるのか。

「俺様は、始めっからその鞄の中にいたんだぜ。言うなればシマシマ野郎よりも早くテメエとは出会ってたってわけだ」
「は、はい……?」
「何を言うのかと思えば……。それをどう信じろと?」

腕組をしながら言うロロの言葉に思い切り頷く。信じられないことには信じられないんだけど……。
ばちり。彼と目が合うと、にやりと笑みを浮かべて見せた。

「ひとつ、いいことを教えてやる。俺様は、嘘はつかねえ」

そう言ってボールを私に向かって放り投げてきた。慌てて私に抱き着いていたセイロンを降ろしてから、宙で弧を描くボールをうまくキャッチしてみると、ゲームですら見たことのないボールだった。……灰色のボールでメカチックな装飾が施されている。グレちゃんたちに見せてみても首を横に振るばかり。

「言っておくがそのボールは予備のものだ。俺様には二つ、ボールがある。まあ、好き勝手やられたくなきゃ捨てずに持っておくことだな」
「……つまり、私が断ってもあなたは勝手についてくるということですね?」
「ま、そういうこった」

最初から選択肢はあるようでないもののようだった。何が目的でマシロさんたちに会いたがっているのかは分からないものの、聞いたところでどうせ教えてくれないだろうから聞かないことにする。
渋々ボールを眺めてからベルトに付けていると、音もなく、キュウムさんが目の前にやってきていた。影が落ちてきてやっと気付いて驚きながら顔を上げた瞬間。
距離が縮まり、私の鼻先に唇が触れた。……声を出すことすらできない私の代わりに、後ろから小さな悲鳴がいくつか聞こえる。

「せいぜい俺様を退屈させねえ旅にしてくれよ、小娘」

それだけ言うと、ベルトにつけた予備だと言っていたボールに自ら戻って行った。言い逃げだ。なぜ。なぜキスをする。なぜされたのか。訳が分からず鼻を手で押さえて立ち尽くす私の隣、セイロンが私のベルトから一つボールをもぎ取ったと思うと、思い切り遠くへ放り投げ…………えっ?

「せ、セイロンっ!?」
「……俺、アイツ大っ嫌い」

ぷっくり頬を膨らまして私に抱きついてくるセイロンにメロメロになりながら抱きしめ返す。でもねセイロン、あなたもあのボールにキュウムさんが入るところ、見てたよね……?見ていた上であんな遠くに投げたとしたら、それは、……うんでも可愛いから許される。が、当たり前のようにすぐさま激怒する彼がやってきて。

「俺様が大人しくしてやってればなんなんだこのクソチビ野郎」
「……ひより、」
「可愛い子ぶってんじゃねえぞコラ」

いたいけな子供に噛みつくチンピラの図。……なんですかこれは。
しばらく黙ってみていたものの、とうとう我慢ならず口を挟む。

「キュウムさん、相手は子供ですよ?」
「だからなんだ?俺様に指図すんなブス」
「ブっ……!?ええ!?率直すぎでは!?」

というかそのブスにキスしたのはどこのどいつだ!?、なんて怒鳴りたいところをぐっと押さえて拳を握っていれば、後ろからあーさんが私の肩に手を乗せる。振り返ってみるとどこか菩薩のような表情をしていて、……何も言わずに抱き着いた。
今日のところはおじさんの懐の深さに免じて許してやろう。……くそう!



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