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ネジ山を登り始めてどれくらい経ったのか分からない。ただひたすらに、ひと気のない洞窟を入ったり出たりを繰り返していた。ここは何をやっているのかは知らないけれど、そこら中に抜け道があってまるで迷路のよう。……無事にセッカシティにたどり着けるのか心配になってきた。

「迷子じゃないよね……?」
「大丈夫だ。同じところは通ってない」
「あーもう、似たような景色で分かんなくなっちゃうよ」

吐いた息は白い。フウロさんのアドバイスを活かして、山を登る前に厚手の服を買った。裏起毛もこもこコートはとてもあたたかい。それから知らぬ間に誰かが買ってくれた手袋とマフラーも身につけている。コートさえあればまあなんとかなるかな、なんて思っていたのはとてつもなく甘かった。手袋とマフラー様様である。

「山ってこんなに寒かったんだね」
「セッカシティから風が入り込んでいるから、ここは特に寒いんじゃないか」
「あーそっか。それよりグレちゃんは寒くないの?」
「ああ」

そうは言うもののグレちゃんも新しく買った厚手のパーカーのポケットに両手をつっこんでいる上に、フードも深く被っている。いかにも寒そうに見える。試しに手袋を片方取ってからポケットに手を突っ込むと、グレちゃんの肩がビクリと飛び跳ねる。

「うわ、手ものすごく冷たいじゃん!手袋貸すよ」
「い、いや、いい」
「……ってあれ、」

無理やり手袋をはめようとしたものの、当たり前のようにサイズが合わなかった。そうこうしているうちにグレちゃんは逃げるように手をポケットにしまってから、私に再び手袋をするように促す。

「……わかった。じゃあ手を繋ごう。そうすればきっとあったかくなるよ」
「な……っ!?」
「ほら、私の手あったかいでしょー」

もう一回ポケットに手を無理やりつっこんでグレちゃんの手を握る。丁度ひんやりとした手の温度が心地よく感じた。……よくよく考えてみればグレちゃんと手を繋ぐなんて今まで無かったかも知れない。セイロンとかチョンとはよくあるけれど、なんでだろう。……少し考えてみて。

「グレちゃんって、スキンシップ苦手なの?」
「な、なんだよいきなり」

ふいと顔を逸らして口ごもる。寒さで鼻先が赤くなっているのが見えた。そういう私もきっと顔面が赤くなっているだろうけれど。

「恥ずかしいとか」
「……」
「あっ当たり?」

悪いかよ、と口を尖らせて私を横目で見る。……その表情が、可愛いのなんのって。ゼブライカに進化してからは一度も可愛いと思ったことは無かったものの、今、ここにきて"可愛い"面を見せられた。……なんだこれ、なんだこれ!?ああっ、今手元にカメラが無いことが本当に惜しい!

「い、今まで、その……そういうこととは無縁だったから仕方ないだろう」
「ほうほう、それで?」
「……もういい」

私がいつまでもニヤニヤしているのが気に食わなかったのか、グレちゃんはさっきまで握ってくれなかった手を思い切り握ると先を急ぎはじめた。……これは確かに面白い。ロロがいつも言っている、グレちゃんをからかう面白さがやっと分かったような気がした。





薄暗い洞窟続きだった先、やっと光が見えてきた。ここまでくればもう私も迷うことはないだろう。お互いに随分と暖かくなった手を離してごろごろ石が転がる道を歩いていた。そのときだった。

「──……よお、小娘」
「あっ!?あの時の……!」
「手首の跡は消えたか?」

腰についている二つのボールが大きく揺れる。
何処からともなく現れた男がゆっくりとこちらに歩いてくる。暗闇から出てくる姿は、まるで今まで闇と一緒に溶けていたようにも思える。あのときは暗くて顔もまともに見えなかったけど、今になってよく見てみると整った顔立ちをしている。何処となく常世離れをしているような。けれどもそれを全部打ち消すかのような、灰色の長い前髪から覗いている右目がある。

「この前はひよりが随分と世話になったみたいだな」

近づき、手前で止まる彼の前。グレちゃんが私を後ろに隠すように一歩前へ出ると、彼は左目を隠していた前髪を片手で掻き上げながら鼻で笑った。左目は仮面のようなものに覆われていて、不気味さを際立たせる。もしもこれが土下座をする方の彼だったなら、また印象が変わったんだろうが生憎今は危ない方の彼らしい。……最悪の再会だ。

「俺様が直々に躾けてやったんだ。有り難く思えよ?」
「な……」

流石、一人称が俺様なだけある。上から目線の物言いが彼のベーシックなんだろうけどその言い方はどうにかならなかったのか。躾られた覚えなんて毛頭ないし、相変わらず私を犬みたいに扱うのはやめてほしい。
そんな彼は片手を腰に添えるとグレちゃんを上から下まで見た後、もう片方の手を顎に添えて口角を持ち上げる。

「ははーん、てめえが小娘のペット第一号か。力はまあまあってとこだが、俺様の方が断然格上だな」
「グレちゃんはペットじゃないです!」
「ペットじゃないなら奴隷か」
「仲間です!」
「はっ。くだらねえ」

……って、ちょっと待ってほしい。先ほど彼は、グレちゃんがポケモンだということを指摘した。しかし今グレちゃんは擬人化している。見ただけで判別できたということは、もしや彼もポケモンなのか。
後ろから無言のままのグレちゃんを見ていれば、ふと、どこか様子がおかしいことに気づく。

「グレちゃん……?」
「分からない……」
「な、何が?」
「アイツ……人なのかポケモンなのか、分からないんだ」

彼を凝視したまま動かないグレちゃんから視線を変える。ポケモン同士なら擬人化していても分かるはず。なのにグレちゃんには分からなくて、彼には分かった。これは一体、どういうことなのか。

「……お前、何者だ」
「さあ、何者だろうな?」

両腕を広げておどける彼は、きっとこの状況を楽しんでいる。……正直に言おう。私は彼という存在がとても不気味で、恐怖すら感じる。前回あんなことをやられたからとかではなくて、彼の持っている雰囲気そのものにそう感じる。
私にも分かるぐらいだ、きっとグレちゃんもあの異様な雰囲気を既に感じ取っているだろう。これに加えて人かポケモンどちらなのか分からないという、得体の知れないものと関わる恐怖。

「さて、挨拶代わりに少し遊んでやる。喜べよ」

ニヤリ。太ももに付けられているホルダーに、彼がゆっくり手を伸ばす。丁度真っ直ぐに腕を降ろした位置にあるそれからは何か黒い物が顔を覗かせていた。多分、あれは武器だろう。ナイフの柄か、はたまた銃床か。とにかく危険だということだけ、分かっている。

この際、もう何者とかどうでもいい。悔しいけれどさっき彼が言った通り、きっと私たちでは敵わない。この前の動きといい、この威圧感といい、ただ者じゃないことだけは確かだ。

「グレちゃん、」
「ああ、」

タイミングを見計らって、なんとか逃げよう。
──……そうしないと、やられる。


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