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やってきましたフキヨセジム。……いやしかし。

「このジムは大砲に乗り込んでいって進んでいくんすよ」

お馴染みの、ジムにいる説明係のおじさん。簡単に言ってくれるけどね、大砲に乗り込んで進むってことはさ?確実に飛ぶよね!?ええ!?言ってみれば、自分自身が砲丸になるってことでしょう?……いやいや、そんなの無理だって。
首を左右にぶんぶん振ってみせるも、おじさんの対応もこのジムの仕掛けも変わるわけがなく。重たい足を引きずりながら嫌々大砲に乗り込んだ。手元にはボタンが一つあって、これを押すと発射される仕掛けになっているらしい。震える手を、ボタンにゆっくり乗せ……。

『はいー行くよひより、れっつごー!』
「!?いっ…!!!」

ぽち。どかん。狭い大砲の中、突然ボールから勝手に出てきたチョンによってボタンが押されて、私は叫びながら吹っ飛んだ。ついでにぶっ飛びそうな意識の中、ライモンジムのトラウマがフラッシュバックしていた。……もう嫌だ。





「ウフフ、お待ちしてました!アタシはジムリーダーのフウロです。アタシ自慢のフキヨセジム、大砲での特訓は楽しかった?」

フウロさんのところまで辿りついた頃にはもうフラッフラ。というかふわふわ状態だった。まだ内臓が宙に浮いているような感じがして気持ち悪い。本当にもう見惚れちゃいそうなぐらい可愛らしい笑顔で聞いてくれたところ申し訳ないのだけれど、ここは正直に答えさせていただきます。……もちろん私の答えは。

「楽しくなかったです……うっ……」
「あらら、大丈夫?残念だなあ。じゃあね、今度はアタシと楽しいことしましょう!」
「は、はい……よろしく、お願いします……!」

ボールを構えれば早速バトルの始まりだ。
私もふらふらしながらフィールドに立ってボールをベルトから取る。確か入り口にいておいしい水をくれたおじさんは、フウロさんは飛行タイプのポケモン使いだと言っていた。となれば相性を考えると、こちらが出すポケモンも自然と決まってくる。

「いっけーココロモリ!」
「お願いグレちゃん!」

審判さんが上げた二つの旗と同時に宙を舞う二つのボール。そこから出てきたゼブライカとココロモリが、バトルフィールドで互いに睨みを利かせる。

『負けないんだからねー!』
『その言葉、そのままそっくり返してやる』

声からするとフウロさんのココロモリは女の子らしい。揺れている尻尾が実に可愛らしい。よくペットは飼い主に似るっていうけど、ポケモンとトレーナーでも言えるかもしれない。このココロモリも何となくフウロさんに似ている気がする。口調とか元気なところとか。

「お先にどうぞ」
「それじゃあお言葉に甘えて、グレちゃん放電!」
「上に飛んで避けて!」

高く上がろうとしたココロモリに先手を打ってグレちゃんが飛び出し素早く放電。しかしココロモリのスピードもなかなかなもので、尻尾に少し当たっただけで避けられてしまった。さすがジムリーダーのポケモンと言ったところか。宙で一回転してから再び降りてきたココロモリに、フウロさんが指示を出す。

「メロメロで魅了しちゃえ!」
「続けて放電!」

ハートマークのエフェクトがグレちゃんに向かって放たれて、囲んでから弾けるように消える。
メロメロ。今までに受けたことが無かった技だけれど、ゲームではやられると厄介なことにはなっていた気がする。けれど技を受けているのは"あの"グレちゃんだ。グレちゃんに限って魅了はない……と思ったのだが。

『フウロちゃん成功したみたい!』
「えっええ……!?」
「うまくいったみたいね!」

ココロモリとフウロさんの言葉でグレちゃんに目線を戻すと、指示した放電をする気配もなければ動く気配もない。こ、これはまさかの展開だ……!そりゃあ確かにフウロさんのココロモリは可愛い。……可愛いけど。だけどねえ!?本当に魅了されちゃったの!?それはそれで、……何かあれなんですけどっ!

「グ、グレちゃーん!おーい!」
『……』

呼びかけても返事は無し。ま……参った。魅了されてるうちは攻撃も防御もできないからさらに辛い。魅了が解けるまで待つしかないのか。いやいや、いつ解けるかも分からないのに待つことなんてできない。ならどうすれば。

「エアスラッシュで体力削ってくよ!」
『わかったよ!』

何も思い浮かばないうちに、ココロモリが羽を大きく広げる。私の声は届かないし、一体どうすればいいのか。宙に透明で細長く鋭い針のようなものが着実に準備されていて、本格的にマズイ状態。……どうしよう、どうしよう。脳を必死に働かせながらココロモリとグレちゃんを忙しく交互に見ていると、針が放たれる瞬間。……グレちゃんが、こちらに振り返って私を見る。

『ひより!』
「っ避けて!!」

ズガガガガ!一気に降り注ぐ鋭い針を、全身を使って素早くかわしていく。激しく音を鳴らしている心臓を必死に落ち着かせながらグレちゃんを見守る。
ギリギリまでココロモリを引き付るつもりだったのだろうか。まんまとグレちゃんの演技に騙されたってわけか。

『ええー!?メロメロになってたんじゃなかったの!?』
『そういうのには疎いんでね』

ところどころ掠りながらも急所は避けている。かわしながらもどんどんココロモリとの距離を縮めていくグレちゃんを祈りながら見つめて。──……この距離なら確実に当たる……っ!

「グレちゃん、ワイルドボルトー!」
「避けてココロモリ!」

フウロさんの指示がココロモリの耳に届いたとき、既に電気を纏ったグレちゃんが目の前にいた。直後、ドオンという音と共に吹っ飛ばされたココロモリはフウロさんの頭上の壁に叩きつけられてそのまま下へ落ちてゆく。それをフウロさんが受け止めると、お礼を言ってボールに戻すのを見た。
……よし!まずは一勝だ……!電気を振り払いながら戻ってきたグレちゃんの鼻先を撫でてからボールに戻す。

そうしてフウロさんに視線を戻すと、ボールを放ってケンホロウを待機させていた。見慣れないケンホロウの姿に違和感を感じる。そっか、女の子のケンホロウはあんな姿だったんだ。いつもチョンを見ているからなのか、なんだか同じ種族とは思えない。

「ロロお願いね」
『はいはい任せて!』

二戦目はロロで勝負だ。ロロにとっては久しぶりのジム戦になるからなのか分からないけど、どこか張り切っている気がする。一度背伸びをして、すぐに体勢を整えてからいつでも突撃できる状態になるロロ。
フウロさんも準備は万端だ。再び旗が上がり、瞬間指示を出す。

「猫だまし!」
「みきりで避けて!」

バチィンと弾ける音がした。ケンホロウと音の間には、透明な壁が出来ている。いつもの先制攻撃でひるませたかったが失敗してしまった。一旦近づいた距離を離すロロ。

「フェザーダンス!」
「ロロ、辻斬り!」
『はーい……ってこの羽、邪魔!』

ケンホロウのフェザーダンスで羽がロロの周りを囲うように舞い上がる。移動の邪魔をしているようで、いつものスピードが出ていない。その間、ケンホロウは追い風まで繰り出してきて一気に速さをあげている。

「エアカッター!」
「……っロロ!」

邪魔をしていた羽が舞う中、エアカッターが容赦なくロロを襲う。持前のしなやかさな身のこなしで素早く宙で身体を捻り急所は避けたものの、諸に技を食らってしまっている。目の前、着地したロロの片膝がガクリと地面に落ちる。

『……やってくれるじゃん』
「ロロ大丈夫?!」
『うん、全然平気』

にっこり笑い、前を向き直してからケンホロウを睨む。ロロの雰囲気が変わったのに気付いたのか、ケンホロウが小さく声を漏らして少し後ろへ下がった。

『さて、本番は……これからだよ』


──……ふと、思いついた。

「ロロって、メロメロできる?」

先ほどやられたメロメロのお返しとして、同じ技でやり返すのはどうだろう。相手のケンホロウを睨んでいたロロだったものの、私の質問を聞くや否や、間の抜けた声を出して振り返る。

『まあ、できないことはないけど……』
「じゃあいってみよう」
『……仕方ないなー。失敗しても知らないよ?』
「いいからいいから!よーしメロメロだー!」

持ち前のスピードでケンホロウに詰め寄る。もちろんフウロさんも動かないわけがない。ケンホロウに回避の指示を出し、それに従ってロロを避けよう羽を思い切り動かす。が、スピードではロロの方が上だったため、空に逃げる前に捕まり下に落とされる。

『い、痛いですぅ……』
『ごめんね小鳥ちゃん。俺だって、こんなことしたくない』
『え……、』
『ねえ。……このまま二人で逃げちゃおうか?』

流石、グレちゃん曰く顔だけの男・ロロである。少し距離があってよく見えないけれど、あれは押さえつけて耳元攻めしているに違いない。擬人化すれば格好いいんだからポケモンのままでも格好いい分類に入るんだろうなーと思ってやらせてみものの、実際のところはどうなんだろう。成功したか、失敗したか。まだ分からない。

『……で、でもぉ、私にはフウロちゃんが……』
『俺はこれ以上可愛い君を傷つけたくないんだ。……だから、ねえ』
『──……は、はいい……っ!』

さすがに動かないケンホロウに異変を感じたのか、フウロさんが呼びかけはじめた。それでも反応を示さないケンホロウ。……これは成功したのでは!?ロロに目線を戻すと、こちらに目配せをする。

「爪とぎしてから切り裂く!」
『待ってました!嘘ついてごめんね、小鳥ちゃん』
「ケンホロウ!?もっもしかしてメロメロ!?」

爪を長く伸ばすと床で数回爪を整え、鋭い爪をさらに鋭利なものにする。それから腕を振りあげた瞬間、ボールにケンホロウを戻されてしまった。ロロの爪は床を抉り、コンクリートの破片が宙に舞ってからはぼろぼろと落ちてゆく。

『っいいところだったのに!』

もう少しという手前で戻されてイライラしているのか、強い口調で言葉を吐くロロ。フウロさんは素早くボールを持ちかえて次に繰り出してきたのはスワンナ。本物を初めて見たけどとっても綺麗だ。やっぱり白色は神秘的というか美しい。

「スワンナ、アクアリング」
「みだれひっかき!」

厄介な技をやられた。アクアリングは少しずつ体力を回復されてしまうため、一気に勝負をつけないと後から厳しくなりそうだ。爪とぎのおかげでみだれひっかきの威力はあがったものの、宙にいられたままではどうにも当てにくい。

「雨乞いから暴風お願い!」
『分かりましたわ!』

ここでグレちゃんと交代すれば、雨乞いを利用して雷を落とせば楽に勝利を掴めるだろう。でもロロはまだやり返していない訳で、ここで引っ込めればブーイングが来るのは目に見えている。
そうだ、あの技なら。爪を立てて必死に地面にしがみついているロロを見つつ、暴風が止むタイミングを待つ。

「決めるよスワンナ!ブレイブバード!」

暴風であらゆる方向に打ちつけてきた雨が風がおさまって縦降りに戻った。よし今だ。

「ロロ、ねこのて!」
『……っ来い!かみなり!』

ばりばりぃ!、激しい音と共に、ジム内に広がった真っ黒の雲からスワンナめがけて稲妻が走った。ほんの少しの焦げ臭さの後、雲は消えて雨と一緒にスワンナが地上に落ちてきた。ねこのてでグレちゃんのかみなりの技を借りる作戦は、こうして成功に終わる。





「アナタってすごいポケモントレーナーなのね!はいこれ、受け取って」
「ありがとうございます……!」

フウロさんからバッジを受け取り、ケースにしまう。
スワンナを倒したあと、再び出てきたケンホロウは魅了が解けていなかったみたいであっさりとロロで勝つことができたのだった。今回のジム戦は、ほぼロロで勝利を得たと言っても過言ではないかもしれない。もちろんグレちゃんのおかげでもあるけれど。

「残るバッジは……あと2つ」

随分と埋まったバッジケースを眺める。……あと2つ手に入れればポケモンリーグに行くことができる。そして、ついにNくんの城に行けるんだ。随分と会っていないNくんとゼクロム、マクロさんも気になっている。それにマシロさんからもあれ以来連絡が来ていない今。私の知らないところで何かがひっそりと動いている。そんな気がする。それに、その先のことも──……。心配ごとは山ほどある。けれど今の私にできることは……ただ進むこと。それだけだ。

「あ、そういえばね、ネジ山を越えてセッカシティを飛んでいたとき、プラズマ団でしたっけ?あの人たちが街に向かってたんです」
「プラズマ団が……」
「ひよりさん、セッカジムにも挑戦するでしょう?旅先、十分気をつけてくださいね」

私の手をとり、ぎゅうっと握りしめてくれる手に私も強く握り返す。
プラズマ団はこっちの方まで来て、一体何をしているのだろう。何処に行っても彼らがいるような……活動範囲が広すぎる。

「セッカシティはネジ山を越えたところよ。雪が降っている寒いところだから、厚着をしていった方がいいかもね」

薄着のフウロさんに有り難いアドバイスを頂いたところでおいとまする。んだけど……ええっと、もしかして。もしかしなくても、入り口まで戻るにはまたこの大砲に乗らないといけないの……かな。

「フウロさん」
「最後まで楽しめるのが自慢よ!」
「いやです……っ!」

満面の笑みのフウロさんに背中を押されて大砲に詰め込まれた私は、またもや有無を言わさずにスイッチを押されて思いっきりぶっ飛ばされた。もちろんフウロさんにはまた会いたい。会いたいけれど……もう一生、このジムには来たくないと思いました。



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