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二人一緒にタワーオブヘブンから出ると、みんなが入り口で待っていてくれた。おかえり。、赤い目は見て見ぬフリをしてくれて、何事もなかったようにいつも通り他愛もない会話が始まる。

「さ!日が暮れねぇうちにフキヨセシティに行こうぜぇ!」

あーさんに肩組みをされながら苦笑いしているグレちゃんが目に入り、思わず笑みが零れる。……よかった、いつも通りのグレちゃんに戻っている。安心と嬉しさで胸の中はいっぱいだ。
先行く二人を後ろから見ていると、ふと、セイロンに手をひかれ一歩前へと足が動いた。

「……ひより、行こう」
「うん、」

さあ行こう、フキヨセシティへ。





町に着いて早々、ポケモンセンターへ向かって泊まる部屋をとった。それから明日は朝一番にジムに挑戦するため、減ってきた道具を買いにお店に向かうことにした。今回の買いだしは私とセイロン、そしてあーさんという少し変わったメンバーだ。仲間内の最年少者と最年長者が並んで歩くのを見ていると何だか不思議な感じがする。後ろから見るとまるで親子みたいだ。

「……ひより、何を買うの?」

カゴを取っているところ、セイロンが小走りでやってきて私の服の裾をちょこんと握りながら上目遣いで小首を傾げる。ああもう、仕草がいちいち可愛くて本当に困る。これを自然にやってのけるとはなんたることか。抱きつきたい気持ちをグッと押さえ、鞄から事前に用意しておいたメモを取り出して手渡す。

「沢山買うものがあるんだ。手分けして買ってきてもらってもいいかな?」
「おうとも!」

セイロンに続いてやってきたあーさんにもメモを渡し、時計を見てから時間を決めて一時解散。お店自体そこまで広くはないものの、三階建ての建物になっている。私は二階にある傷薬を大量に買わなくては!それからええと……、。

「──……ん?」

メモを見ながら店内をぶらぶら歩いていた。そんな中、何気なく先にある曲がり角に目をやると、ぼんやりと煙のようなものが見えて心臓がどくんと飛び跳ねる。

「かっ、火事!?」

い、いやいや待て待て、慌てるな。まず本当に火事だったならもっと煙臭いはずだし、煙も黒い。だけど今見えている煙は真っ白だ。近くに人は一人もいない。未だあの煙には私しか気付いていないらしい。……一応見に行ってみよう。そう思って角を曲がってみて、何かがおかしいと気づく。

「これは……冷気……?」

未だもくもくとしている白い煙に触れるとひんやりする。どうやら煙ではなかったらしい。
……曲がり角の奥は、真っ暗で先が見えない。しかしこの先から冷気が出ているということは、原因はここにあるに違いない。お店の人を呼ぶべきか。迷い、迷って。

「……よ、よし、」

暗いところが苦手ではあるけれどそれよりも好奇心も上回ってしまったところで暗闇に足を踏み入れた。やけに長く感じる道を、ゆっくり歩いていく。奧に向かうにつれてどんどん気温は下がっているようで、いつしかプラズマ団が隠れていた冷凍コンテナ並みに寒くなってきた。こ、これはどう考えてもおかしい。おかしすぎるぞ!?

「暗いし寒いしやっぱり戻ってお店の人……、あれ……?」

思わず瞬きを繰り返す。つい先ほどまで先の見えない道を歩いていたはずだったのに、後ろを見ていた間に今まで冷気で霞んでいた視界が一気に晴れていたのだ。ついでにいうと、もう一番奥まで来ていたらしい。危うく壁に衝突するところだったかもしれない。この状況を不思議に思いながらもやっと闇に慣れてきた私の目が突如捕えたのは、壁にもたれ掛かったまま、ピクリとも動かない人の姿だった。
幽霊だと思って身体を飛び上がらせて、大声で叫びそうになった寸前に自分の両手で口を覆った。……それでも声が漏れたことは言うまでもない。

「も、もしもーし……!?人間ですか……!?だ、大丈夫ですかー……?!」

心配ではあるけれど、今は怖さが勝っている。迂闊には近づけないため、とりあえず距離を置いたまま声をかけてみるも変わらず反応は無い。……俯いている上、ぼんやりと浮かび上がっている白っぽい髪が顔を完全に隠していて見えないから余計死んでいるように見える。こ、ここまできて本当にお化けだったらどうしよう。や、やめてくれ。

「あ、あのー……っ!お、起きてくださいーっ!」

近づきたくはないけれど、ずっとこのままでいる訳にはいかない。そろそろと重たい足を引きずるようにゆっくり運んで、やっとその人に近づいた。恐る恐る様子を窺おうとしゃがんだ瞬間、。

「動くな」
「いっ、痛!?」

うわああ動いたああっ!!、なんて、叫ぶよりも早く痛みが走る。気が付いたときにはすでに私が、何故か壁側に座って、というか無理やり座らせられていて。さらに両手首は持ち上げられていて片手で壁に押し付けられている始末。ど……どういうことだ、いつの間にこうなった……!?

「テメエ、どうやってここに来た?」

さらり。白く長い前髪が流れたかと思うと、鋭い瞳が私を捕らえる。腹まで響く低音で男だと分かると同時に、頭の中では警報が鳴り響く。ただ目が合っただけなのに喉元に刃を当てられているような緊張感。……関わってはいけない人に、関わってしまったらしい。

「答えろ小娘」
「……っ、」

逃げようにも両手を掴まれているため、どうやっても逃げられない。相手は片手なのに、いくら私が力を入れても全く動かないしもう頭の中はパニック状態。どんどん相手の力は強くなるし、骨が折れるんじゃないかってくらい痛い。血が腕まで届かず冷たくなるわ、痺れてくるわで最悪だ。

「……離してください」
「嫌だ。早く答えろ」
「答えたら、離してくれるんですか……?」
「さあな」

何て人だろう。痛くて泣きそうになるところ、グッと押さえて男から目線を外す。しかしすぐに空いている方の手で私の顎を掴まれ、無理やり持ち上げられてはまた視線が絡み合う。口は閉じたまま睨んでいると、面白そうに口角が上がるのを見る。

「小娘、名を言え」
「……」
「はっ、俺様の言うことが聞けねえって言うのか」
「……」
「言わねえと、この両手首の骨が折れるぜ」
「……ひより、です」

こんなところで骨を折られて堪るものか。どうして買い物に行って手首の骨を折ったのか、みんなから追究されるし心配もかけてしまう。
仕方なく小さく答えると、男は満足そうに笑みを浮かべてから手を離して立ち上がった。それから乱暴に私の頭をわしゃわしゃ撫でて「お利口さん」と一言。……ふざけないでほしい。

「よく見ても大して可愛くなかっ……ッチ、なんだようっせえな。分かったよ変わりゃあいいんだろ全く」

下手に動けず手首をぶらぶら動かしながらも目の前で大きな独り言を呟く男を静かに眺めていた。すると急にぴたりと動きが止まって、俯く。そうして次に顔を上げたと思えば凶暴な表情から一変、一気に眉がハの字に急降下していてついでに目には涙を溜めている。……な、何がなんだかさっぱりだ。情緒不安定なんだろうか。瞬きを繰り返しながら見ていると、突然目の前で頭を思いっきり床に付ける男。華麗な土下座に驚きすぎてもう何が何だか分からない。

「ご、っごごごごめんなさいっ!!い、痛くなかったですか痛かったですよね!?ほ、本当にごめんなさい……っ!」
「……は、はあ」

赤く跡の残る私の手首に優しく触れてからも、何度も頭を下げて謝罪を述べ続けている。……ちょっとこの状況についていけていないです。先ほどとはまるで別人……というか、表情も全く違っているし本当に別人なんじゃないかと意味の分からない疑いを持ち始める。ふと、男がハッと素早く触れていた手を離して反対側の壁に飛び退いた。動きがいちいちオーバーでこっちが驚いてしまう。

「ご、ごめんなさい……て、手は凍ってない、ですか……?」
「あ、はい、大丈夫です……、?」

確かに彼の手はものすごく冷たかったけれどまさか凍るわけがない。おかしな質問だ。一体何の意図があったのか、深く考えても何も分からず視線を下げる。

「さあ、早く戻ってください。……僕がまた、変わらないうちに」
「……?」

立ち上がる彼を見上げ、二度目の「早く」に急かされて立ち上がる。何一つとして分からないけれど、どうやら大人しく帰してもらえるらしい。お言葉に甘えてとっとと早く戻ろう。冷えたスカートを両手で払ってから来た道を戻るため背を向けた。

「……ひより、さん」
「はい……?」

名前を呼ばれて振り返ると、服の裾を握りしめながら俯く彼の姿があった。背なんてめちゃくちゃに高いのに、どことなく幼く見えるのは何故だろう。

「ほ、本当にすみませんでした。それから……僕のことは忘れてくださると、ありがたいです……」
「、?」
「その、……僕に関わると、良くないというか、……」

どんどん小さくなる声を静かに聞いていた。どうしてそういうことを言うのか理由は分からないけれど、この出来事に加えてインパクトありすぎる貴方を忘れろというのはとてもじゃないけど無理がある。自分で思って、面白くなってクスリと笑うと、彼がそろりと視線を上げる。

「あ、あの……?」
「覚えておきます。……今の貴方になら、また会ってみたい気もするので」
「──……、」
「それじゃあ」

背を向けて、次こと振り返らずに歩き出す。何の根拠もないけれど、結局名前すら知ることができなかった彼とはまた会えそうな気がしている。第一印象がかなり悪かった分、次はきっといいものになるだろう。
……密かにまた会えることを楽しみにして、曲がり角を抜けた。


「あ、ああ……」

明るいところに戻ってきてからそろりと手首を見てみれば、赤い跡がくっきりと残っていた。どうしよう。もうすぐ集まる時間になってしまう。集まる前に跡が消える訳もないしなあ……。長袖だったのは幸い、なるべく手首が見えないように袖を思いっきり引っ張った。




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