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「──……グレちゃん」
『……』
「……ごめん、なさい」
『──……知ってる。居ることは、分かってた』

林からゆっくり出てきてみたものの、今もなお近寄りがたい。
……あれから私たちは、すぐグレちゃんに追いついていた。激しい攻防戦であったから近寄れなかったのもあれば、あのときの何とも言い難い恐ろしい中に飛び込むことなんて出来やしなかった。グレちゃんが、グレちゃんじゃないみたいだった。ものすごく怖くて立っていることもままならず、耳を塞いで震える身体を抱きしめながらうずくまり、祈ることしかできなかった。

未だ震えは止まらない。それでも今、グレちゃんを引き止めなければいけない気がしていた。どうにかして隠そうとしたものの気づかれてしまっていたんだろうか、一歩踏み出すと、片手を手前に出されてストップがかけられる。

「この近くに、タワーオブヘブンがある」
「……うん、」
「──……行ってくる」

ふらり、俯いたまま力なく足を動かすと、静かに私の横を通り過ぎて一人森の中に消えてゆく。
──タワーオブへブン。魂が眠る場所だと、確かライさんは言っていた。
どんどん小さくなる背中を見つめ。……私が、グレちゃんに踏み込んでもいいのだろうか。

『……行ってあげてよ、ひよりちゃん』
「ロロ、」

草むらから隠れていたロロが歩み出る。一歩開け、長い尻尾を揺らしていた。

「今のグレちゃんには、きっとひよりが必要だよー」
『……グレにいと一緒に帰ってきて、ひより』
「そうさなぁ。いつもの口うるせぇグレアと嬢ちゃんを待ってるぜ」
「みんな……」

私は、今までずっと一緒にいたくせになんにも知らなかった。いいや、踏み込むのが怖かっただけ。それに加えて先のことを考えるとこれ以上踏み込まないほうがいいのだと思っていた。……でも、やっぱりだめだ。先より今を、大切にするべきだ。踏み込む勇気も、もう随分ともらった。

「……ありがとう。行ってきます……っ!」

そう、今しかない。
背中を押されて走り出す。走って走って、その背中を追いかけた。





息を切らして立ち止まり、吸い込まれるように中へ入ってゆくグレちゃんの姿を見た。私も汗を拭ってから再び走ってタワーオブヘブン、高くそびえる塔の中へと足を踏み入れた。
中はひんやりと冷たくて薄暗く、不思議な香りがした。沢山の墓標が並んでいる。蝋燭の炎はゆらりと揺れて、涙を浮かべながら花を供えている人の姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。そんな中、私はひたすらグレちゃんを探した。……一階にはいなかったし、二階にもいない。
墓標の間を歩いて行き、最上階に続く階段に足をのせる。

「……」

最上階。だたっ広い屋上に、グレちゃんはいた。
白い石畳の先、大きな鐘の前に佇んでいる。身動き一つせず、ただ立っていた。ゆっくりゆっくり近寄ってから顔は見ないで隣に並び、同じように鐘を見上げてみる。

「……鐘を、鳴らしてくれないか」
「うん」

歩み出て、大きな鐘の目の前まで行く。鐘の背景は真っ青の空と白い雲が一面に広がっていて、ここだけ別世界のような気さえした。……ゆっくり持ち手を握り、思い切り引いて鐘にぶつけた。ゴーン、ゴーン……。辺りに鐘の音が鳴り響く。

「ここの鐘の音は、ポケモンの魂を鎮めるらしい。しかも鳴らす人の心根が音色に反映されると聞いた」

──……いい音だな。
ぽつり呟くのを聞いて後ろを振り返ると、グレちゃんはピンク色をした一輪の花を胸元で握りしめ、目を閉じていた。あの花を、私見たことがある。確か名前はアメストロメリアといった。セイロンの件で私がポケモンセンターにお世話になっていたときのことだ。チョンがくれた花の中の一つにあの花もあった。

「ひより、もう一つ、頼みたいことがあるんだ」
「いいよ、なに?」
「お前が俺に名前をくれたように……アイツにも、名前をつけてくれないか」
「……私で、いいの……?」
「ひよりじゃないと、駄目なんだ」

言葉の真意は分からない。けれど私が名前を付けてもいいというならば。

「──……"優"。"優しい"って書いて、ゆたかくん」
「優……、いい名前だ。アイツにぴったりだ」

グレちゃんの親友へ贈る名前。気に入ってもらえるといいんだけど。
視線は合わせず、私を通り過ぎて鐘を挟んだ向こう側で立ち止まるグレちゃんを見る。花は右手に握りしめたまま、ずっと遠くを眺めているようだった。……一瞬悩んで、少しづつ近づく。

「……俺は、優の仇を討ちたかった。あの場で終わりにしようと思っていたんだ」
「うん、」
「でもさ、……優がよく言ってたこと、何でだか分からないけど、……フッと、思い出して、」
「……うん」
「──……今、分かったような、気がする。……もし。俺がさっきアイツを殺していたら。、約束、きっと守れなかった」
「約束……?」
「──……優の分まで生きて、幸せになるって、約束、」

震える声を聞きながら、後ろから腕を回してきつく抱きしめる。小刻みに揺れる背中に顔を押し付けて、唇を軽く噛んだ。優しくて、痛くて。どうしようもない気持ちがここにある。
──……ぽたり。手の甲に、雫が落ちてきた。その上に手が重ねられ、ぎゅうと力が込められる。雨が止むまで、どうかそばにいさせてほしい。


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