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『……はあっ、はあ……っ!』
『お前、あの人間に飼われてから弱くなったんじゃねえか?』

……冗談じゃない。弱くなるどころか確実に強くなってるはずだ。
認めたくはないが、コイツも格段に強くなっている。さらに気付いたら後ろは崖。なんだってまたこんな場所に追い込まれなくちゃならないんだ、くそっ!

『人間が来る前に始末しねえとな?』

これじゃあひよりと出会ったときと一緒になってしまう。前と同じことを繰り返すわけにはいかない。……考えろ、考えろ!どうするか!

『お前もアイツみてえに崖から落ちればいい』
『──……は……、?』
『……じゃあな!』





昔のことだ。
親はいなかった。いや、正確に言えばいたのだが、トレーナーに捕まったりなんだりで気づいたらいなくなっていた。群れにいた頃の俺はその中では比較的強かったこともあり、群れの奴らには慕われていたほうだったと思う。後から聞いたことにはなるが、次のリーダー候補にもあがっていたらしい。
そんな中、何処からかふらりとやってきて群れに入ってきたのがアイツだった。第一印象は、妙に大人びている変なヤツ。

『おい大丈夫か!?』
『はい……すみません』

アイツらが囲んで何をやっているかと見に行けば、中心には傷だらけのアイツの姿。普段から俺に何かと突っかかってくるヤツらで、俺はただアイツらが気に食わなかったから流れでアイツを助けただけだった。

『お前もやり返すくらいじゃねえとまたやられるぞ?アイツらが憎くないのか?』
『……やったやられたの繰り返し……喧嘩は嫌いです。どんなに憎くても、僕は憎みません。我慢します。傷つけるのは良くありません』

優しすぎ……というか甘すぎる。こんなんでよく今まで野生をやってこれたな、と思った。最初は冗談か何かかと思ったけれどアイツの目は真剣そのもの。言葉通り、アイツが手をだしているところを俺は一度も見ることはなかった。

『……なら、俺がお前の代わりに戦ってやる』
『え……?』
『仲間がボコボコにされてるとこなんて見たくねえからな』
『僕が、仲間……ですか?余所者の僕が……、どうして、そう思うんですか?』
『どうしてって……』

群れにいるならどこから来ようが仲間だろ?、そう付け加えるとアイツは驚いたように目を見開いたあと、突然顔を赤くして照れ笑いをしはじめた。

『……僕を仲間だと言ってくれたのはあなただけです。……えへへ、嬉しいな』
『──……、』

今までも何度か姿を見かけたことはあったけど、笑った顔を見るのはこれがはじめてで、ましてやいつものむず痒い口調以外を聞いたのもはじめてだった。やっと年相応の反応を見られた気もした。

『お前いつもその口調なのか?』
『はい。この口調だとどんな方とでも比較的問題なく話せるので』

なるほど。確かに不快な印象は与えない。自ら荒事になるような原因は作らないように密かに努力していたのか。これなら野生でもうまくやっていける……ということにしておきたい。

『あっ、あの……!』
『なんだ?』
『僕と……友達になってくれませんか……!?』
『いや……、もう仲間なら友達にもなってると思うんだけど』
『そ、そういうものなんですか!?』

やけに緊張した声で何を言い出すかと思えば……。俺は口を開けたまま眺めていたに違いない。それからアイツは、何故か顔を赤くしながら満面の笑みで俺を見つめてきた。近づき、目を輝かせる。

『初めてのお友達があなたみたいな素敵な方で、僕はとっても幸せです……!』
『──……は、はあっ!?』

……こうして俺とは全く正反対なアイツと友達になった。
あれ以来アイツから俺に近づいてくるようになったし、一人だった俺もアイツと行動をすることが多くなっていた。一人のときよりも遥かに楽しかった記憶がある。アイツもよく笑うようになった。それに加えてあの性格のおかげもあって群れにもやっと馴染んできていた。きっと野生では思いつきもしない考え方や雰囲気を持っていたアイツに、皆惹かれていたのだろう。……それからもう一つ。

『なあ、そろそろその口調やめないか?』
『前も言った通りですよ?僕はこれが標準語なんです』
『……俺はその口調あんまり好きじゃないんだよ。むず痒いというか、』
『えっ、そうだったんですか!?なら、あなたにだけ辞めます!』

俺にだけ、敬語がなくなった。なんとなく言ったらこうなったというだけだけど、俺は何か特別なことに感じていた。親友という、特別な関係を証明するようなことだと。

『俺さ、いつか色んなところを旅してみたいと思っているんだ』
『旅かあ……僕も憧れるなあ。きっと、僕たちの知らないものが沢山あるんだろうね』
『見たこともないものを見てみたい。知りたいんだ。その……それで、だな……』
『もちろん、僕も連れて行ってくれるよね?』
『……あ、ああ!当たり前だろ!』

俺が言う前に答えを言われたことを覚えている。妙なところで上手を取られていたことも。
俺が何を聞くかなんて分かっていた、とでも言うようにアイツはくつくつと笑う。笑うなよ!と怒鳴ってもずっと笑うアイツを見ていたら、何だか俺まで可笑しくなってきて一緒になって笑っていた。

──……いつか絶対、旅に出よう。
そう決心した数日後、あんなことが起きるなんて、思っても見なかった。



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