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「……嬢ちゃん下がってな」
「え?」

鬱蒼とした7番道路はもはや森だった。そんな中、一緒に歩いていたあーさんが突然立ち止まったと思えば私を護るように前に出て、辺りを睨む。一気に緊張が走る。私も両手にボールを構えて警戒しながら耳を澄ませる。葉が風に揺られて擦れる音が静かに流れる中。──……突風。

「来たぁ!」

瞬間、目の前であーさんと接触する見慣れたポケモン。そのポケモンにあーさんが一気に右に押されて、草木の折れる音が響く。いつもなら片手で相手を押さえこむのに今は両手で精一杯のようで、足元がじりじりと下がって砂埃をたてていた。……今のは、ゼブライカ……!

「嬢ちゃんまだ来るぜぇ!早く他のヤツもボールから出せ!」

あーさんの言葉とほぼ同時だった。私がボタンを押した瞬間、真横から別のゼブライカが出てきて目が合った。鋭い眼光に背筋が凍る。

『あのときのお返しをしてやるぜ、人間!』
「──……まさかっ、」
『させるか!』
「っグレちゃん!?」

間一髪、ボールから出てきたグレちゃんが後ろ足で思い切りゼブライカを蹴飛ばした。ドン!、と鈍い音が鳴るのと同時にゼブライカが近くの木に打ちつけられてそのまま崩れ落ちる姿を見る。未だばくばくしている心臓のあたりをぎゅっと掴んで息を吐く。あ……危なかった……!

『ひよりちゃん大丈夫?』
『怪我はないー!?』

気付けば足元にはロロ、上空にはチョンの姿があった。セイロンはあーさんの元へ向かって、グレちゃんが蹴飛ばした方向に同じくゼブライカを飛ばす。……もしや待ち伏せをされていたのか。第一波を乗り越えたのもつかの間、ゆっくりと近づいてくる足音に冷や汗を垂らす。私の前に立つグレちゃんがこちらに振り返る気配はない。

『……とうとう、来たか』
「……だね」

倒れる二匹のゼブライカの前に堂々と歩み出る、一回り大きなゼブライカ。……グレちゃんと出会ったときに一悶着あった彼らだ。グレちゃんと同じくシママからゼブライカに進化していたらしい。さらに厄介なことになってしまった。

『よお、久しぶりだな。人間も相変わらず元気そうじゃねえか』
『…………』

セイロンとあーさんも私のところへ戻って来て、ゼブライカと睨みあう。飛ばされ倒れていたゼブライカたちもゆっくりと立ち上がると、先ほどと変わらぬ鋭い眼差しをこちらに向けてきた。シママのときでさえ怖かったというのに、進化してくれたおかげで余計に怖さが増している。

『グレちゃんコレ、あとでちゃんと説明してね』
『──……ああ』

ロロの言葉に、随分と時間をかけてから返答を返す。このゼブライカたちについてはグレちゃんと私以外は誰も知らない。今まで何度かグレちゃんとの出会いを訊ねられたことはあったものの、やんわり濁して説明をしていたのだ。……だって、私もこの前はただ襲われただけで、このゼブライカたちとグレちゃんがどんな関係だったかなんて知らないんだもの。それに、。

『今日で終いにしようぜ』
『望むところだ』

じり、と二体の蹄が地面に食い込む。それを目の前にした私たちは、動くことが出来ずにいる。

『──……アイツは俺に任せてくれないか、ひより』
「……無理はしないでね」
「ああ」

……そして、始まる。急に時が早くなる。激しくぶつかり合う音に雷が森を駆け抜ける。

そうしてやっと、大きいゼブライカと対峙して激しい雷撃戦を繰り広げはじめたグレちゃんから視線を外し、残りの二匹を見据えた。前方にロロとセイロン、後方にあーさんとチョンを配置して対峙する。……あーさんとチョンに電気技はかなりマズイ。ここはロロとセイロンに特に頑張ってもらわないと。

「ロロは不意打ち、セイロンはスピードスター!」
『了解!』
『わかった』
「チョンは上からエアスラッシュお願いね!」
『うん!』
「あーさんはゼブライカがロロとセイロンを避けたらそのときは適当に攻撃!」
「はいよぉ!」

……動きだす。まず一匹がニトロチャージで突っ込んできて、上からチョンがエアスラッシュを繰り出すけれど驚くぐらいの素早さでかわされた。想像以上の速さに思わず狼狽える。そこをロロが後ろに回って不意打ちを当てるが、またその後ろにはいつの間にか二匹目の姿が。

「ロロ!」
『だいじょーぶ、わかってるよ。……セイロン!』
『ロロにい、ちゃんと避けてね』
『もちろん』

ロロが地面を思い切り蹴り上げ飛び跳ねたところを、セイロンがスピードスターで二匹まとめて攻撃する。ガガガガ!、星型が手裏剣のように地面や木に刺さっては光になって弾け飛ぶ。……額にまで汗が出てきた。こんなに緊迫した攻防戦ははじめてかもしれない。一秒たりとも油断はできない。

『ちっ……うざったい……』
『2対4なんて卑怯じゃねえか?』
「てめぇらこそ突然攻撃してくるなんざ卑怯だと思うけどなぁ?」

ばち、と威嚇するように電気を纏いながら私を睨んでくる二匹に、あーさんが挑発の言葉を返す。まさに売り言葉に買い言葉。これに乗った二匹が、今度はまとめて突進してきた。ニトロチャージで速さも上がっている分、かなりの勢いがあって思い切り目を見開く。……これは、ワイルドボルトだ!

「ロロはつじぎり、セイロンはとびげりで一匹ずつお願い!」

頷いて攻撃する二人。よし!ばっちり当たってる!と安心したのもつかの間、土埃を掻い潜り何事もなかったように二匹がそのまま突っ込んでくるではないか。……狙いは私……!

「嬢ちゃん、俺の後ろにきてなぁ!」
「で、でも当たったら……!」
『大丈夫、オレとあーさんで絶対止めるから!信じてひより!』

チョンが追い風で二匹の速度を落とすと、あーさんがポケモンの姿に戻って濁流を繰り出す。一瞬のうちに森に泥水が流れ込み、木々まで押し倒してゼブライカたちの動きを止める。続けて冷凍ビームで足元を凍らせ、完全に地面と足元を氷で固められて身動きがとれなくなっていた。どうにか抜け出そうと必死にもがく姿が見える。

『やった!』
『どんなもんでぇ!』

よし。とりあえずこっちの二匹は押さえた。──……あとはグレちゃんだ。
そう思って後ろを振り返ってみたものの、姿がどこにも見当たらない。戦いながらどこかに移動したのだろう。そんなに遠くには行っていないはず。

『……ひより、あっちだよ!まだ戦ってる!』
「行こう!」

チョンの言葉に一斉に走り出す。──……グレちゃんなら、きっと大丈夫。そう信じて、森の中を駆け抜けた。



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