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気が付けばもう夕暮れで、レイさんの好意に甘えて今日は泊まっていくことになった。
ライさんに案内されて客室に入れば、大きなテーブルにはまたまた豪華な夕食がすでに用意されていてもうびっくり。それに加えてグレちゃんたちも擬人化できるとライさんが知っていたからなのか、大きくてふかふかなベッドも人数分ちゃんと用意してあった。……つまり、ベッドが全部入ってしまうぐらい大きな部屋というわけであります。まさに至れり尽くせり。

「明日の朝、俺がフキヨセシティまで案内します」
「えっ……いいんですか?」
「もちろんです。電気石の洞穴を通るよりも空の方が早いですしね」

ではまた明日。、大きな扉を丁寧に閉めるライさんを見送ってから全部のボールのスイッチを押した。出てきてはそれぞれ欠伸をしたり背伸びをしたりすると、すぐさま擬人化して好きなように大きな部屋を歩きまわりはじめる。誰一人としてポケモン姿のままはいない。やはり指がある人間の姿の方が便利なのか、はたまた好きなのか。どちらにしてもなんだか不思議な感じがした。

「ティー」
『…………』

浮かない顔をするティーを呼ぶと、揺らいだまん丸の目が私を見る。両腕を広げるとぴょんと飛び跳ねてから腕に収まり、そのまま抱きしめながらベッドに座った。それからティーを膝に乗せて向かい合うけれど、俯いたまま目線は合わず。……これにはきちんと、理由があった。

「ティー、これからはずっと一緒にいてくれるのよね……?」

客室に案内される前、レイさんがティーに向けて言った言葉。私はてっきりティーもそのつもりで帰ってきたものだと思っていたけれどどうやら違った様子で、ティーは驚きに満ちた表情でレイさんを見ていた。

「ティー?」
「ぼ、僕は……、」

返事が返ってこないティーを不思議に思ったのか、レイさんが小首を傾げていると今度はライさんがティーに近づいて一言二言、何かを言った。本当に小さな声で私には聞こえなかったけれど、ティーが今のような状態になったのはここからだった。

「……」

私の膝に乗ったままティーは俯いているし、いつも元気に伸びている耳も今はしょんぼり下向きのまま。頭に手を乗せ優しく撫でてしばらく。……やっとティーが顔をゆっくりとあげる。

『……僕、まだひよりたちと一緒に旅がしたいんだ。でもね……レイが、病気なんだって。いつ死んじゃうか分からないって、ライが言ってた』
「そう……なんだ……」
『ひより……僕は……』

揺らぐ青い瞳。思わず目線を逸らしそうになるのをぐっと我慢して、ティーを持ち上げ抱きしめた。──……ティーを、引き止めたい。でも駄目だ。

「……ここに残りな、ティー」
『……でも、』
「ティーだって、やっと故郷に戻れてライさんともレイさんとも会えたんだよ?……ここに居た方が、きっといいよ」
『ひより、』

何か言いたそうに私を見るティーだったがそのまま一回こくりと頷いて、膝から飛び降りセイロンのところに走って行ってしまった。……できることならティーの意思を優先したい。でもレイさんのことを考えるとやっぱり……。

遠く離れたところに行ってしまったティーを眺めてから、ベッドに背中から思い切り寝っ転がって天井をぼんやり見る。……ティーとも明日でお別れなのに、今のままでさよならなんてしたくない。だけどかける言葉も見つからず、何をすればいいのかも分からず……。

「ひより」

ベッドが少し沈む。寝っ転がったまま横を向くと、グレちゃんがお皿を片手に座っていた。お皿には色とりどりのケーキが乗っかっている。

「ほらお前、甘ったるいの好きだろ」
「あ、ありがと……」

ゆっくり起き上がってグレちゃんが持っているお皿を眺めると、一口サイズのケーキが綺麗に並んでいた。美味しそうだし見た目も可愛い。お皿を受け取り立ち上がると、一緒にグレちゃんも立ち上がる。

「いつものティーが見たかったら、お前もいつもと同じようにしていればいい」
「……難しいね、それ」
「難しいだろうがそうしないとこのまんまだぞ、きっと」
「それは嫌……むぐっ」

私が口を開くとグレちゃんにケーキをひょいと口にいれられた。いきなり何を!、って言ってやろうとも思ったけれど、口いっぱいに広がる大好きな甘さと一緒に言葉も飲みこんだ。大人しく口をモグモグさせている私が面白かったのだろう、悪戯に笑いながら目線をティーに向ける。

「行ってこい」
「……うん。ありがと、グレちゃん」

お皿をグレちゃんに預けて、セイロンと一緒にいるティーのところへ歩いてゆく。
先にセイロンが気づいて顔を上げるが、ティーはあえてそのまま視線を窓の外に向けている。

「ティー」

セイロンの膝の上に乗っていたティーがゆっくり振り向いて私を見る。その口はへの字に閉じられていたけれど、構わず抱き上げてぎゅうと抱きしめる。耳元、不思議そうに私の名前を呼ぶティーの声。

「私は、ティーの笑顔が大好き」

まるで向日葵のようにぱっと咲いて元気をくれる、そんな笑顔。

「……ティーにこんな顔、似合わないよ」

ぷにぷにの頬に両手を添えれば、まん丸の青い目にはすでに涙が溜まっていて今にも溢れそうになっていた。それを親指でそっと拭うとすぐに出てくる雫。

「ティー、また必ず会いにくる。約束する」
『……ひより、』

じわり滲む視界の中、小指を前に差し出すと、ティーは一回俯いてから涙をぐいとぬぐった。それからオレンジ色の小さな手を出して私の小指に絡め合わせる。

『……約束だよ!?絶対、約束っ!!』
「うん、約束!」

顔を勢いよくあげて私を見るとスン、と鼻をすする。泣かないように唇を噛みしめているけれど、涙はぽろぽろと落ちてゆく。それでも震える声で呟くティーに、私も思いきり唇を噛み締めた。





「本当に感謝しきれません」
「こちらこそ色々お世話になりました」

レイさんが車椅子に座ったまま、ティーを抱えて頭を下げる。私も頭を下げてからチョンをボールから出した。すでにライさんはウォーグルさんに乗って私たちを待ってくれている。

『……ひより!』
「わっ!」

ティーがレイさんの膝からぴょんと飛んで、私に飛びついてきた。急に来たから落としそうになったもののなんとか受け止めて、見つめ合ってから抱きしめる。
……結局、私の嘘は半ば真実のようなものになってしまってティーにはなんと言ったらいいのか分からないままここまで来てしまった。そんな私を見抜くかのように、ティーから驚きの言葉が飛び出す。

『……ほんとはね、もう、ルイはいないって知ってたんだよ。最初からひよりが嘘ついてたのも知ってる』
「……!?」
『でもね、その優しい嘘のおかげで僕の時間がまた動き始めた。一人で外にでる勇気がなかった僕の手を一緒に行こうってひよりがひいてくれたから、僕は外に出れたんだ。──……ありがとう、ひより。大好きだよ』

小さな手が私の頬に添えられ、額にキスをする。私もお返しにティーの額にキスをすると、驚きから照れ笑いに変えるとぎゅっと抱きしめられる。

『……あ、そうだ!』

ふと、ティーが何かを思い出したように声をあげると、レイさんのところに戻って身振り手振りで何かを伝えていた。するとレイさんがメイドさんを呼び、私のところまでやってくる。

「昨日ティーと一緒に作ったんです。よければ付けて下さいな」
「……綺麗、」

レイさんが持っているトレーの上、ティーの瞳と同じ青色のブレスレットが乗っかっていた。きらきらと輝いていて本当に綺麗だ。それをティーが手に取り、手招きをする。しゃがみ、手を真っ直ぐに伸ばすとブレスレットを手首に通してくれた。

『ひよりが素敵な旅を送れますように、って僕がおまじないかけたんだよ』
「ありがとう、ティー」

もう片方の手でブレスレットをしっかり握り、お辞儀をしてからチョンに乗る。ライさんのウォーグルが羽を大きく広げると、風でティーの耳が揺れる。チョンの羽も完全に広がり、羽ばたき始める。ふわり、足元が浮いた。

『──……またね、ひより!』
「またね、ティー!」

満面の笑顔で手を振ってくれるティー。私もさよならは言わない。再会を望む別れのあいさつ、笑顔の素敵な君と、また会う日を願って。





「──……ひよりさん、フキヨセシティですよ」
「は……はい……」

ティーと別れてライさんにフキヨセシティまで案内してもらうのは良かったけれど、移動が飛行だというのが問題だった。……ちなみに未だ飛行中である。ライさんの声と風を切る音を一緒に聞きつつ、少し目を開けてみた。飛行機……それに滑走路まで!

『降りますよ!』
『はーい!ひより、しっかり掴まっててねー』
「うっ……きたか……!」

……チョンはどうやら一気に急降下するのが好きらしい。だからこんなに嬉しそうにしているんだ。最悪だ。しかしまあ何を言ってもどうせ聞いてくれないから、また目を思い切り瞑って手に力を込めた。

「……だ、大丈夫ですか、ひよりさん」

私に見兼ねたのか、一足先に降りていたライさんが手を差し伸べてくれた。それに甘えて手を握ってゆっくり降りる。……ごめんなさい、正直駄目です。ものすごく気持ち悪い。まだ内臓がふよふよしている気がしてならない。力が入らない手で口元を押さえていると、ふと、ライさんの服から何かが落ちるのが見えた。ピンク色の……

「ライさん、何か落ちましたよ」
「えっ?」

ふらふらの足取りで落ちたものを拾いながらライさんを呼ぶ。どうやら落としたことに気付いていなかったようだ。……って、これは花びら?

「──……そうだ、」

ライさんが懐から一本の花を取り出す。私が拾った花びらと同じ花が、咲いている。切りっぱなしの花なのに、なぜあんなに元気なのか。不思議に思いながら、大事そうに花を握りしめるライさんを見ていると驚くことが起こった。

「……花が、!」
「──……今まで、本当にありがとう」

瞬間。綺麗に咲いていた花が一気に枯れた。そして一瞬のうちにライさんの手から消え去ったのだ。いや、消えたというよりも、まるで小さな花火のようにきらきらと輝きながら飛び散ったという方が正しいかも知れない。信じられない光景にただただ瞬きを繰り返していると、ライさんが静かに口を開く。

「あの花は、俺の祖母が持っていた特別な花なんです」
「祖母……ってことは、咲き始めてから随分経つんじゃ……」
「あの花のおかげでティーに会えました。きっと、役目を終えて散ったんですね」

感謝と少しの寂しさを含んだ声色だった。未だ宙で輝いている花の破片を見ているライさんの横顔は優しい。……この世界にはこんな花もあるのか。私がまだ知らないことが、いっぱいある。

『あの花ー……』
『どうかしましたか?チョートルさん』
『ううんー、なんでもない』

チョンとウォーグルさん、いつの間に仲良くなったのかな。楽しそうに話している二人を見ていると、ライさんが北東にある道を指差した。先は緑で覆われていて見えない。

「あちらが7番道路です。ジム戦前の肩慣らしにはもってこいのところでしょうね」
「わざわざ案内してもらってしまって、本当にありがとうございました」
「空を飛ぶのは好きなので大丈夫ですよ。……よい旅が送れますように、ひよりさん」
「……はい!」

大空へ再び羽ばたくウォーグルさんとライさんを見送る。そういえばティーも空を飛ぶのを楽しんでいた。今度ティーに会いに行くときまでには、少しでもいいから飛行に慣れておきたいな。





「7番道路だ。あそこは緑に埋もれていて見通しが悪い。待ち伏せにはぴったりだろう?」
『……本当だろうな?無駄足になったその時は、』
「はっ、俺様は嘘は吐かねえ。とっとと片付けてこいよ」
『……行くぞ』

男を横目に三体は走り去る。あまり期待はしていないものの、面白いものは見れそうだ。
口元に笑みを浮かべた男は、溶けるように姿を消した。



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