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何度周りを見回しても、目に飛び込んでくるものは元気よく生い茂る草、草、草。緑のオンパレード。なんじゃこりゃ。……よ、よし。とりあえず思い返してみよう。

まず、私はこんな自然豊かな場所なんかじゃなくて、ジリジリと嫌な熱を帯びるコンクリートジャングルに居た。あれは、そう。高層ビルが立ち並ぶ交通量の多い道路。反対側へ行こうと横断歩道を歩いていたら、大きなブレーキ音が聞こえて、……──

「確実に……轢かれたよ……」

ぶるり。思わず鳥肌が立つ。当たった瞬間の衝撃や、血が全身から抜けて服を濡らしてゆく感覚……ああ、嫌なほど覚えている。恐る恐る、首元の服を引っ張ってから目玉を思い切り下に向けた。が、血みどろなんてことはなく。あちこちに草が付いているものの、服は綺麗なままである。

「ここはもしや、死後の世界……?」

試しに頬をつねってみる。死ねば痛くないはず──……ああっ痛い!
これで痛くなかったなら死んでいるという結論で落ち着いたのに、幸か不幸かそうはいかなかった。頭の中ではこの状況を必死に理解しようと脳みそを回転させてみるものの、ただ回っているだけで何の意味も成していない。あ、ああ、困った……。

「そういえば、」

私の横に放り投げられたかのように置いてあるバッグに手を伸ばす。
私の物ではないのは確かだけど、ここに私以外の人間がいるとは考えにくい。さらにご丁寧なことに、寝っ転がっていた私の真横に置いてあったのだ。
考え悩んで……申し訳ありませんが漁らせて頂くことにした。何でもいいから、せめてここが何処なのか分かるものがあればいいんだけどなあ。

「──こ、これは……」

そうしてバッグから掴み出したものは……赤と白のツートンカラーがやけに目立つ、あの有名なモンスターボールとやら。
おもちゃにしては良く再現されてるな。なんて思いつつとりあえずそれは草の上に置いて、さらに中身を見てみると、傷薬に木の実、さらには図鑑らしき機械まで入っていた。どうせこれもおもちゃだろうと、ありえないほどの青色木の実を握って力を入れてみると。……なんと汁が零れる。──……本物、だ?

「……"ひより"……うそ、なにこれ」

バッグに入っていたカードをちらりと拝見させてもらうと、ちゃっかり私の名前が書いてあった。ご丁寧に就活用に先日撮っておいた証明写真も貼られている。
……この展開、知ってるぞ。友人に読まされたことのある、これはもしや……いや、とても考えにくいけれど、所謂トリップとやら、なのか……!?事故がきっかけで異世界に来てしまうとかいう、あれなのか!?

か、仮に、だ。仮にそうだとしたら、ここはポケモンの世界なのかも知れない。普通に考えれば有り得ないけれど、今見たアイテムを見る限りそうとしか思えない。……わ、私は異世界どころか次元まで超えてしまったのか。……はは、笑えない。

「……」

ものすごい焦りと不安を感じる一方、突然やってきたこの非日常にちょっぴりワクワクしている自分もいる。
実を言うと、先ほど横に置いたモンスターボールがものすごく気になっていた。だって、この流れからいくとモンスターボールには何かポケモンが入っていて、そしてその子が私の相棒になってくれて、この先きっと力を貸してくれるっていう展開になるはず……っ!いっそのこと虫ポケモンでもなんでもいいから、だから頼むー!

期待に胸を膨らませながら適当にボールの中心を押してみると、小さかったモンスターボールが大きくなる。それにも感動しつつ、さらに押すとパカッ!と勢いよく上蓋が開いた。──……そこから溢れだす光、

なんてものは、これっぽっちもなかった。

「はは……ですよねー……」

まあ、そう上手く話が出来ているわけがなく、残念ながら中身は空っぽ。期待も虚しく、気付けばいつの間にかすぐ近くまで黒は迫っていて森はじわじわと暗闇に浸食されていた。ああもう、暗いところ苦手なのに、どうしてこういう時間帯になっちゃうのかなあ!?

「だっ、誰か居ませんかあーっ!?」

慌てて声を出してみたものの、これまた都合良く返答なんてあるわけが無い。私の掠れた小さな声が静かな森に響き渡るだけだった。




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