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「ふああ……おはよーひより」

一緒に寝ていたティーが目をこすりながらカーテンを開ける。窓から差し込む朝日に目を細めて背伸びをしながらティーを見ると、いつも通り可愛らしい寝癖がちょこんと飛び跳ねていた。くすりと笑うと、ティーも自分の寝ぐせを指先でつつきながら照れ笑いを浮かべる。

「いい天気だね」
「何かいいことが起こりそうだね、ひより!」
「ね」

ティーの瞳が三日月を描く。今日もいいことがありそうだ。





「おはよう、ひより!」
「おはようトウヤくん」

待ち合わせの場所に行くと、すでにトウヤくんが来ていた。もしや待たせてしまったんだろうか。謝ってから雑談をしつつ、一緒にポケモンセンターの中にあるバトルフィールドまで向かう。フィールドまでは入り口から歩いて一分ほどだ。早朝ということもあり、他に人の姿はない。

「ウォーミングアップに私とバトルだね」
「よろしく頼むよ」

トウヤくんは今日ジムに挑むらしい。少しでもお役に立てればいいんだけど……。
お互い両端に立ち、ボールを構える。バトルの始まりだ。

「頼んだよグレちゃん!」
「頑張れチャオブー!」


──……バトルも終盤。
5対5のバトルで先に3勝した方が勝ちというルールで今のところ2対2の引き分け状態である。だからこのバトルで勝った方が勝ちということになるのだ。やるからには、私も負けたくない。

「「ニトロチャージ!」」

チャオブーくんとグレちゃんが同時に飛び出しそしてぶつかる。トウヤくんは圧倒的な判断力と観察力を持っている。正直かなり苦しいバトル、最後はお互いの相棒対決になった。

『お前……強くなったな』
『君も。前はお互いあんなに小さかったのにね』

力はほぼ互角……といったところだろうか。二人の会話を聞きながらどう戦おうか考える。電気技で麻痺させて動きを鈍らせ……。なんて考えていると、トウヤくんの背後にある自動扉が開いた。反射的に視線をそちらに向け、驚く。

「トウヤ!待っててって言ったのにぃ!」
「だってベル遅いんだもん」

……なんと、入ってきたのはあのベルちゃんだった。話の流れからすると、はじめからベルちゃんも来る予定だったように聞こえる。トウヤくんを見て頬を膨らます姿は相変わらず可愛らしい。私のことはいつ気付いてもらえるのかわくわくしながら眺めていると、私に気付いたベルちゃんは何故か驚いたように目を丸くする。

「あれれぇ、トウヤが言ってたのってひよりだったの!?」

トウヤくん、私とバトルをするってことを教えていなかったのかな。嬉しそうにこちらに走ってくるベルちゃんを見ていると、その後ろから見知らぬ男の人が続いて入ってきた。同時にフィールドにいるグレちゃんとチャオブーくんを凝視する彼。

「ベルちゃんあの人は?」
「あ、えっとね、……ってひよりもそういえば持ってたね!」
「……あ!確かに」
「な、何を……?」

私を見ながらトウヤくんとベルちゃんが納得するように頷いているものの私には何のことだかさっぱり分からない。一人、頭にクエスチョンマークを大量発生させていれば男の人もこちらに歩いてきて、一歩手前で立ち止まる。被っていた帽子を取り、にこり微笑む。

「はじめまして。俺はライといいます」
「ひよりです、はじめまして」
「あのねひより、ライさんはね、ゼブライカを持っている女の子を探してるんだって」

差し出された彼の手を握り返しながらベルちゃんの言葉に頷く。なるほど、だからさっきグレちゃんを見ていたんだ。確かにそれは私にも当てはまることだけれど、他にも当てはまる人なら沢山いるはず。詳しくは分からないものの、明らかに探すのが大変そうだなあと思った。

「ひよりさん、このバトルが終わったら少しお話できませんか?」
「はい、私でよければ」

ありがとうございます、と微笑むライさん。それから「バトルを邪魔してごめんなさい」、と丁寧に頭を下げる姿を見る。バトルフィールドの端へ足早に移動するベルちゃんとライさんを見て、私と反対側にいるトウヤくんに手を振った。再開の合図だ。……バトルも終盤、最後まで気は抜かない。





「ひよりさんは、リバティーガーデンに行ったことはありますか?」

飲んでいたグラスの氷が音をたてた。
……結局、トウヤくんとのバトルは引き分けで終わった。それでも満足してくれた様子で、トウヤくんは回復を終えたあとに早速ジムに向かっていった。ベルちゃんは観光するらしく、目を輝かせながら颯爽と町へ飛び出して行った。そして私はというと、ライさんとポケモンセンター内にある喫茶店でお茶をしている。

「はい、あります」
「ほ、本当ですか……!?」

ガタン、と興奮気味に身を乗り出すライさんに、ストローを銜えたまま目を見開くと恥ずかしそうにゆっくり座り直すライさん。……私よりも確実に年上だと思うけれど、なんだか今だけ少年のように可愛く見える。ジュースを吸ってからコップを置く。手が冷たい。

「ひよりさん、単刀直入に聞きます」
「……は、はい」
「ビクティニを、お持ちですね?」
「……!」

やけに大きく聞こえた言葉に身体を固まらせてから、揺れるティーのボールを覆い隠すように静かにゆっくり握りしめた。……人は見かけによらない。一気に緊張から無口になる。何があっても、ティーは守らねば。
私にとってはものすごく長く感じた時間だったが、ライさんにとっては一瞬だったらしい。私の様子の変化に気づいたんだろう、咄嗟に両手を上げて首を左右に激しく振ってみせる。

「あっ、捕まえようとか思っていません!お願いです、警戒しないでください」
「……」
「……実は俺、祖母の遺言でビクティニを探していたんです」
「……祖母?」
「はい。……ルイという名前なんですが、聞き覚えはありませんか」

瞬間、握っていたボールが大きく揺れて、テーブルの上にティーが飛び出てきた。これにはライさんは驚いた様子で目を大きく見開いてティーを見る。驚きに続いて喜びがじわじわと表情に現れていた。

「やっと……っ!やっとだ……!」
『ルイ……!?ルイを知ってるの!?』
「会いたかったよ、ティー!!」
『僕の名前、どうして……!?』

ティーの言葉が聞こえないライさんは、思い切りティーを抱きしめ続けている。
ティーの名前を知っている上に、ルイさんという方が祖母だと言っていることからライさんはお孫さんに違いないだろう。……だけど。……なんだろうこの気持ち。私が咄嗟についた嘘が今まさに本当になりかけている。嬉しい、はずなのに。





「ルイの、子供の子供……?」
「そうだよ。レイっていう人、覚えてる?」
「レイ!知ってるよ!僕、昔レイと遊んだことある!」

ところ変わって今日予約している部屋にきた。ライさんはティーが擬人化できることを知っていた。そのことをこっそり私に打ち明けてくれて、今に至る。それから今までの旅のことや、ティーのことなど沢山話してくれて……。そんな彼は今、ティーと二人で楽しそうに話している。

「……」
「浮かない顔してんな、ひより」

少し離れたダイニングの椅子に座って二人をぼんやり眺めていると、グレちゃんが私の隣に座ってブラックコーヒーを啜る。私の目の前にもコーヒーを置いてくれるけれど、このままじゃとてもじゃないけど飲めない。角砂糖を摘んでぽちゃりぽちゃりとマグカップに落としてゆく。

「私だって嬉しい。……嬉しいのに、」
「……のに?」

ライさんの目の前にセイロンを引っ張っていくティー。紹介でもしているのかな。笑顔で手を差し出すライさんと、ぎこちなく手を握り返すセイロンを見た後にマグカップの中でゆっくり溶ける砂糖に視線を戻した。

「……」

砂糖入れ過ぎたかも。……これじゃ溶かしきれないや。



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