1



ジムを出てすぐポケモンセンターへ飛び込んだ私は、回復を待ちながら長椅子に座ってぼんやりと外を眺めていた。そこで見つけたのはトウヤくん。向こうも私に気付くと手を小さく振りながら自動ドアを抜けてやってきた。

「ひより……あれ!?もうジム戦終わったの?」
「うん」
「……どうだった?」

遠慮がちに伺うトウヤくん。……もしかすると、ぼんやりしていた顔が沈んでいるように見えたのかもしれない。これはこれで面白いから、黙ったまま顔を少し伏せてゆっくりバッグからバッジケースを取り出す。

「……」
「……」

無言のままケースを開けてトウヤくんに見せると、凝視したあとに「なんだよ!」と脱力する姿を見せる。面白い。思わず口元を隠しながら笑うと横目で見られた。

「ごめんごめん。トウヤくん顔にすぐでるから面白くって」
「それひよりも同じだよ。おめでとう!ってことは……もうひよりは次のとこ行っちゃうの?」
「んー……明日には行こうかな」

できれば回復が終わったらすぐにでも進みたいぐらいに気持ちは急いているものの、今日はすでに日も沈みかけているし泊まろうと思う。野宿はできるだけ避けたいし。

「なら、明日の朝バトルしない?」
「もちろん!約束したもんね」

丁度、セイロンの回復が終わったらしく、放送で私の名前が呼ばれた。トウヤくんには悪いけれど先に部屋で休ませてもらうことにしよう。明日の集合時間を決めてから軽く挨拶して、カウンターに向かった。

「……俺も明日、ジム戦頑張ろう」

それにひよりとのバトルも。久しぶりに彼女に会ったけど初めて出会ったころよりも格段に成長している気がした。どこが、と聞かれると答えられないけれど、なんとなくそう思う。……俺もひよりみたいに成長できていればいいな。

「そういえば1個は預かっているポケモンだって言ってたっけ」

どんなポケモンなんだろう。ま、明日分かるしいいかな。なんて考えながら俺もひよりと同じように外をぼんやり眺めていると、きょろきょろ忙しく周りを見ている人が2人。

「……あれっ、もしかして」

金髪に緑色の帽子。よく見ると見知った幼馴染の姿だ。困っているようだし行ってみよう。
ジョーイさんから急いでボールを受け取ってから、ポケモンセンターを走り出た。





部屋に入ってすぐ、みんなをボールから出してそのままベッドにダイブした。今日もいろいろあった。プラズマ団探したりジム戦やったり……。あーなんだか眠くなってきたぞ。ご飯まだ食べてないんだけどなあ。

「ひよりも疲れたんだな」
「寝かせてあげようか。ご飯はグレちゃん作ってくれるんだよね?」
「いや今日はチョンが作るみたいだぞ」
「は!?駄目だよチョンに任せるなんて……!俺ら死ぬよ!?」
「……は?」

少しだけ開けてある部屋の扉の向こう、二人の面白い会話が聞こえてきていた。それを聞きながら目を閉じて。音が遠のき深い眠りに落ちてゆく。

──……声が聞こえた。それは、久しぶりに聞く彼の声だった。
意識した途端に黒から白へ一瞬で変わる空間。夢なのにやけに意識がはっきりしていることは、本当にいつも不思議に思う。

「お久しぶりですね、レシラムさん」
(……そうだね。ひよりが元気そうで良かった)

私しかいない真っ白の空間に声をかけると優しい音色の声が返ってきた。……あれ、そういえばゼクロムさんは連絡がとれなくなったとか言っていたのに、どうして今私はこうしてお話しが出来ているんだろう。

(……ひよりとは直接繋がっているからさ。マクロとは繋がっているようで繋がっていないんだよ)
「マクロさん……?ってゼクロムさんのことですか?」
(そうさ。……参ったな。私は名前を言っていなかったみたいだね。私の名前はマシロ。姿が白いという理由でこの名前を付けられたんだ。単純だろう?)
「でも、素敵な名前だと思います」

ありがとう、と嬉しそうな声が聞こえる。……途端、空間にぱきんとヒビが入った。驚いて、ヒビの入ったところを見上げると、マシロさんの先ほどの柔らかい声色が一変、焦りの声に変わる。

(──今日に限ってやたら早い帰りじゃないか。雑談しかできなかったな)
「……?」
(すまないひより。またしばらく話ができなくなりそうだ)
「マシロさん、……!」

空間が軋む音がする。ヒビが入った白の隙間、黒が見え隠れをしていて一歩後ろに下がった。だんだんと大きくなってゆく音に不安と恐怖を感じながらも、早口で話すマシロさんの言葉をしっかりと聞く。

(安心して。ここが壊れても、君が目覚めるだけだから大丈夫さ。──……またね、ひより。……旅先、気をつけて)
「あ、マ、マシロさ…」

スッと消える声に、私の言葉は届くことはなく。直後、不気味な水泡の音にかき消された。それと同時に足元が崩れ落ち、身体も暗闇に落ちてゆく……。

「はっ……!」

目を開けると、白い天井が広がっていた。いつの間にかかけられていた毛布を捲ってゆっくり体を起こす。ぼんやりしながらベッドから立ち上がりカーテンを少し開けて外を見ると、空には一面に星が散らばっていた。私……どのぐらい寝ていたんだろう。部屋の向こうからみんなの話し声やテレビの音が聞こえる。

「……水の音……また聞こえた」

そしてあーさんの話を思い出す。……どうか、どうかあの話の白いポケモンがマシロさんでありませんように。一度目を閉じ、星空に祈ってから部屋を出る。


──部屋に置き去りにされたバッグの中。
ボールがころりと転がって、ざらついた絨毯の上で止まる。一人でに開いたボールから静かに出てきた男は、ボールを拾い上げると懐に仕舞い込む。扉の向こう、聞こえてくる話し声に耳を傾け視線を逸らす。
ベランダに出た男は、ボールと共に姿を消す。

それは、すでに動き始めていた。




next

- ナノ -