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「……なんじゃこりゃ」
ジムに入ったときは綺麗な洋風な内装だったのに、リフトで移動だとジムの人に言われて降りてみれば見ての通り周りは茶色だらけ。埃っぽい匂いもする。
『地層だねー』
「地層ですな」
降りてきたということは、壁紙とかではなくてリアル地層なんだろうか。すごい。そうして細い道を歩きつつ、バトルをしつつ。最後に戦ったトレーナーさんに指示されたリフトに乗ると、先ほどまでのものとは比べ物にならない距離を一気に下りはじめた。……どこまで下へ行くのか。若干の不安と恐怖に襲われつつ、ガシャン、としっかり腰を落ち着けたリフトの上で立ち上がる。
「来たか」
低く野太い声が響く。ベルトコンベアが両端でゆっくり動いていて、その奥にはヤーコンさんの姿が見えた。リフトから降り、バトルフィールドに立つと口元に弧を描いては笑みを浮かべるヤーコンさん。
「カミツレがお前の何を気に入ったのか、そのお手並み拝見させていただくか」
「よろしくお願いします」
「ああ、そうだ。先に言っておくが今回は一回勝負だ」
「……え?」
「一回オレさまに勝てばバッジはくれてやる」
戦う回数が減った!やった!……と、一瞬でも思った私が馬鹿だった。小さな親切、大きなお世話というものか。よくよく考えれば一回の勝負で決まってしまうのだから、少しの判断ミスが大きな痛手となる可能性が高い。──……緊張が、走る。
「さ、バトルをはじめるぞ」
「……はい!」
ボールを握り、唾を飲む。ヤーコンさんは地面タイプのポケモンを使ってくる。となれば、相性的に出すべきなのは水タイプのあーさんなんだけど。
直後、審判の旗が勢いよく上がり、それと同時に二つのボールがバトルフィールドに放たれる。赤い閃光から姿を現し、ドシン!と地面を揺らしてはどっしり両足を地に着けるドリュウズの姿が見えた。……向かい側、私の目の前。細長い尻尾がひらりと揺れる。
「宜しくね、セイロン」
『……うん』
私を見てから小さく頷き、体勢を整えるセイロン越しにドリュウズを見た。水タイプでは無いものの、相性で言えばセイロンも有利である。それに大きさや重さ的にも、セイロンの方が速いと考えていいだろう。速さを最大限に生かしたバトルにしたいところだけれど。
……先手をくれるのか、じり、と体勢を低く構えているドリュウズを見てから酸素を大きく吸い込んだ。さあ、バトルの始まりだ!
「セイロン、とびひざげり!」
「ガードだドリュウズ!」
地を蹴り上げ、目にも留まらぬ速さでドリュウズへと真っ直ぐ向かうセイロンを前に、鋼で覆われた腕が盾となり現れる。直後、キインッ!と甲高い金属音が一気に広がり、耳をつく。それに少しだけ歯を合わせ、土埃が発生するフィールドを睨む。ドリュウズの手前、軽々と着地するセイロンと、後ろによろける身体をすぐさま支えるように足踏みをするドリュウズ。……まだ、止まらない。
「ドリュウズ、砂嵐」
『了解』
「……っ、」
瞬間、何処からともなく風が巻き上がり、フィールドの土という土全てを巻き込み嵐を起こす。視界が悪いし、こっちにまで砂粒が飛んできては身体に当たって小さな痛みを与えてくる。私がいる位置でこれだ。フィールド上のセイロンは、今も尚ダメージを食らっている。……早く、どうにかしなければ。
『……ひより、どうする』
「セイロン、気配とか分かる?」
『……捉えてみせる』
「きっと闇雲に動いてもやられるだけだよ。来たところを、迎え撃ってほしい。……信じてる」
『──……うん、』
色んな暗い色の混ざったような、不気味な嵐が吹き荒れる中、私もセイロンも神経を張りつめながら敵が動くその瞬間を待つ。……今か、今か。
──……そのとき、轟音とともに地面が割れたと思えば土の破片が空中で飛び散った。目の前に茶色の壁が立ち塞がった瞬間、セイロン目がけて真っ直ぐに襲いかかる。
「ドリルライナー!」
「避けて!」
「甘いな」
セイロンから低く呻き声が聞こえた。予想よりも相手が早かったのだろう、避けるよりも受け止めて相殺することで直撃を逃れてた。しかしそこからドリュウズの怒濤の攻撃が続き、受け止めることに必死で少しずつセイロンに傷が増えていく。
「……ッ」
落ち付け、私。どうする。このままだと負けてしまう。……以前グレちゃんとあーさんがバトルしていたときにロロとティーが言っていたことを思い出した。攻撃とは最大の防御とはまさしくこれのことだ。反撃したいのに隙が無くてできない。しかし絶対ドリュウズにも疲れて隙ができるはず。……そこを狙えば。
「セイロン耐えて……お願い……!」
──……砂埃で霞む視界で必死に攻撃に耐えるセイロンから目を離さないで、ドリュウズの一瞬の隙を窺う。
「ほほう、よくあの攻撃を耐えてやがるな」
「……」
早く、早く──……!
「これで終いだ!ドリュウズ切り裂く!」
「っセイロン!起死回生!!」
一瞬。
ドリルを降ろしたドリュウズにセイロンがそのまま突っ込み連続でパンチと蹴りを重く入れる。ドリュウズは技を避けたり受け止めたり……まるでさっきと立場が逆だ。威力も倍になっているし効果も抜群だ!
「セイロン、とびひざげり!」
「ドリュウズ避けろ!」
ヤーコンさんの焦ったような声と同時に、セイロンが素早く飛び跳ねた。避けるために真横に動こうと一歩踏み出すドリュウズ向かって真っ直ぐに落ちて。ドオオンッ!、音と一緒に砂埃が舞い上がる。
「……まいったね」
ドリュウズは、ヤーコンさんのすぐそばの壁まで吹っ飛ばされていた。ぱらぱらと落ちる壁の破片に埋もれながら目を回している。
「──……ドリュウズ戦闘不能!よって、チャレンジャーひよりさんの勝利です!」
「──……!」
砂嵐が止み、視界が綺麗に晴れる。バトルフィールドの中心、肩で息をしているセイロンが立っていた。ゆっくりこちらを振り返りる姿はボロボロ。目を逸らしたくなるところ、しっかり見つめて名前を呼ぶと、笑みを浮かべて私を見る。
──……走り出し、膝から崩れ落ちてセイロンを思いっきり抱きしめた。小さな身体から、鉄と砂の匂いがする。
『……ひより、……俺……役に、立てた……?』
「っもちろんだよ……!本当に、ありがとうセイロン、!」
私の言葉を聞いた直後。緊張が解けたのか、そのまま倒れてきた。見るとすでに気を失っているようで、目が閉じられている。……セイロンもぎりぎりだったんだ。小さな体を抱き上げてから、静かにボールに戻した。
「なるほど気に入らないな!年齢のわりに堂々たる戦いっぷり。……こいつを持っていけ!」
変わらず威圧のあるヤーコンさんの低い声と一緒にバッジを力強く手渡された。ケースを開いて、今貰ったバッジを埋めればあと空いている場所は3つ。
……ポケモンリーグまで、あと少し。