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「ワシがこの街のジムリーダーのヤーコンだ!」

橋を渡り切り街に着いて早々、私たちは無愛想な自己紹介をヤーコンさんに受けた後、さらには"歓迎なんかしない"と真正面から言われてしまい、目を点にしたまま彼を見上げていた。どっしりした体型に両腕を組み、目深に被った帽子の下からは鋭い目が私たちを見ている。

「橋をおろしたせいで捕えていたプラズマ団が町中に逃げてしまったからな!プラズマ団を見つけだしたらジムで挑戦を受けてやるぞ」

な、なんと強引な……。しかし、ヤーコンさんの言う通り私たちのせいでプラズマ団が逃げたのは事実だろうし、少しでもお手伝いできることはしようじゃないか。

「ひより、トウヤ!僕は先に行く」

足早に街へと繰り出していくチェレンくん。トウヤくんと顔を見合わせ一言二言交わしてから、私たちも街へと意気揚々と走り出した。よーし、頑張るぞ!

ライモンシティとはまた別の良さがある街だなあと、走りながら思った。大きなマーケットもあるようだ。その横、一人バイクで暴走している変わった人も見かけたけれど、落ち着きがある穏やかなとてもいい街だ。

『オレが空から見つけるよ、ひより』

チョンに頼んで数分後。私の元に帰ってきたチョンは横に首を振った。空からでは見つからない……ということは、もう既にどこかへに身を潜めているのかも知れない。周りを見回してから人の出入りが少なそうなところを探す。

「あっちの方探してみよう」

そうして私はマーケットを左に曲がって、街の外れの方へと向かった。隠れるなら比較的人が来なさそうな場所にするだろう。一応、突然出くわしたときのためにチョンはボールに戻さないままにしておく。

『な、なんだかこの辺ひんやりするねー……』
「なんだろう、ここ」

寒そうに縮こまるチョン。一旦立ち止まって辺りを見回していると、変わった作業服を着ている人が声をかけてくれた。

「あんた、ここで何してるだ?」
「ヤーコンさんのお手伝いでプラズマ団を探しているんです」
「ああ、さっき男の子二人もそれでここに来ただーよ」
「なんと!」

きっとチェレンくんとトウヤくんだ!とりあえず二人と合流しよう。……彼に聞いたところ、どうやらここは冷凍コンテナというらしい。どうりで肌寒いわけだ。ぶるぶる震えているチョンをボールに戻して、代わりにティーを出す。嬉しそうに私の腕の中へ入ると小さな足をぶらぶらさせた。炎タイプだからだろうか、すごくティーは暖かい。

「さ……寒い!!」

二人が入って行ったというコンテナ内に入るとあまりの寒さに思わず顔が引き攣った。寒さを馬鹿にしていた。寒いってもんじゃない、これは。

『ひより、大丈夫?ちょっと待っててね。今僕があっためてあげる!』

そういうと指先に小さく炎を灯すティー。おお……微かだけどあったかい……。こういう使い方もあるんだなあ、と感心していると冷気に紛れて二人の姿を見つけた。向こうも私に気付いてくれたみたいで近くまで来てくれる。二人の傍にはティーと同じく炎を灯したチャオブーの姿が。

『久しぶりだな、ひより!』
「やっぱり、ポカブくん進化してたんだね!」
「そうだよ!チャオブーも久しぶりにひよりに会えて嬉しそうだな」
「……さ、話は後だよ。まさかとは思うけど、ここにいるかもしれないしさっさと中を調べよう」

正論だ。そういうとチェレンくんが寒そうにポケットに手を突っこんだまま先を歩き出した。それに続いて私とトウヤくんも歩きだす。コンテナ内ともあって、ところどころ床が凍っていて滑る個所があるようですごく歩きにくい。

「ここ、滑るから気をつけて」
「ありがとう、チェレンくん」

差し出された手を握りながら慎重に歩いてゆく。……そうして奥の方まで歩いてきたとき、小さな倉庫から微かに話し声が聞こえてきた。
──……まさかだろう?思わず三人で顔を見合わせてから、静かにその倉庫へ近づいてゆく。ドアに張り付き、頷いた瞬間、トウヤくんが扉を開けた。先に中へ入るトウヤくんに続いてチェレンくんと私も入る。……その、まさかだったのだ。

「おまえたち、もっとワタシをくるめ。寒くてかなわんぞ……」
「……」

その光景に、思わず開いた口を閉じることができなかった。倉庫の奥、まるでおしくらまんじゅうをしているような彼らの姿。これがプラズマ団じゃなければ微笑ましい光景なんだろうけどなあ。

「やれやれ。本当に隠れていたとはね。寒いなら、メンドーだけど外まで案内するよ?」

ごもっともな御言葉です、チェレンくん。けれども親切な申し出はきっぱり無視されて、身を寄せあっていたプラズマ団員が次々と立ち上がってはこちらに向かってくるではないか。やっぱりこうなってしまうのか……。平和的解決をしようという考えは無いのだろうか。いや、無いからいつもこうなってしまうんだろうな。

「3人で戦う機会、滅多にないよね?」
「そうだね。それじゃあ俺たちも、」
「トリプルバトル、開始だ!」





プラズマ団とのバトルにも終わりが見えてきていた。私はティー、チェレンくんはレパルダス、トウヤくんはチャオブーで戦っていたけれど、力の差は歴然。プラズマ団員が凍えていて指示が鈍かったっていうことも理由にあるだろうけれど、思っていたよりもすぐに決着を付けられそうだ。

「──こんな寒いところに身を潜めていたとはな」
「ヤーコンさん!」

突如ドアが開いて入ってきたのは、ヤーコンさんとここの作業員さんたち。ヤーコンさんの威圧に押し負けたのか、プラズマ団たちは私たちとのバトルが途中だというのに慌ててポケモンをボールへ戻して倉庫の隅の方へ逃げるように移動する。そんなことをしてもこの狭い倉庫では意味が無いというのに。

「このポケモン泥棒をつれていけ!」
「ラジャー!」
「……さて約束だ!オレさまのジムに挑戦しに来い」

隅にいたプラズマ団と老人は引っ張られるように作業員さんたちに連れ出された。これはこれで解決したということになるの、かな?一言だけ残したヤーコンさんも作業員さんたちの後ろについてプラズマ団たちを監視するように外へ出て行く。何はともあれ、ジムに挑戦できるようになったのだから早速行ってみることにしよう。





トウヤくんとチェレンくんはジムの前にショップに寄ったり回復をしたりするということで、二人と別れて一人ジムへ先に来てみたものの、そこには険悪な空気が漂っていた。その理由はNくんと同じ緑色の髪の人物の……彼、ゲーチスさんにある。

「ゲーチス様、ありがとうございます……」
「よいのです。共に王のため働く同志……同じ七賢人ではないですか。おや……?」

遠くから見ていれば、縄を解いていたゲーチスさんと目が合ってしまった。何となく、私から目線を逸らすのは嫌だったからそのまま睨むように見ていると、ゲーチスさんの方から目線を逸らす。

「お久しぶりですね。今日は普通の格好なのですか」
「そ、そうですが。何か?」
「いいえ、特に何もありません」

そういえばゲーチスさんに会うのはヒウンシティ以来か……。緊張していることがバレないよう、汗びっしょりの手を後ろに隠して背筋を伸ばし、堂々と胸を張っていると不意に目を細めるゲーチスさんにドキリと心臓が脈を打つ。

「そういえば、貴方のレパルダスの件、伺っておりますよ」
「……!」
「彼が言っていたことが本当なら研究してみたいですがね……まあ、ワタクシの担当外なので関係ありませんな」

ポケモンの改造を行う研究所。──……まさか、プラズマ団が関わっていたとは。いや、ここまでくれば少しばかり予想は出来ていたけれど証拠をこうも簡単に渡されるとどうしていいのか分からない。微かに揺れたロロのボールに指先で触れながらゲーチスさんを睨むと"そんなに警戒しないでくださいよ"、なんて笑みまで零すのだ。私はやはり、この男が苦手だ。

「ゲーチスさん。この前、最後に私に言っていたことをもう一度教えてくれませんか」
「はて、なんのことで……ああ、あれはワタクシの独り言ですよ。気にしないでください」

独り言なんて嘘だ。あれは意図的に私に聞こえないぐらいの声で言ったのだ。何か大事で、重要な言葉……、そんな気がしてならない。そのままジッと見つめていれば、笑みを浮かべたまま私に目線を戻すゲーチスさん。

「そうですね……それでは貴方にいいことを教えて差し上げましょう。……ワタクシたちの作戦は予定よりも早く事が進んでおります。それから、灰色には注意したほうが良いでしょう。貴女では手に負えないでしょうがね」
「一体なんの……、って、ちょっと!待ってください!」

私の話なんて聞く耳を持っていないようだ。人が喋っている途中だというのに、颯爽と歩き出しては振りかえらずに去って行く。……また、聞きそびれた。ゲーチスさんが言っていたことも何のことだかさっぱり分からない。ただ、予定より早いってことはやはり私は急がなくちゃいけないようだ。"止められるものなら止めてみろ"っていうことだろうか。自分で思ってなんなんだけど、腹が立つ。

「絶対に阻止してやる」
「……お互いに街中での争いは避けたか」
「わっ!?」

後ろからチェレンくんの声が聞こえて振り返ると、案の定チェレンくんとトウヤくんがいた。二人ともゲーチスさんの去って行った方を見つめて眉をひそめている。

「い、いつ来たの?」
「ついさっきだよ」
「プラズマ団が逃げて行くのが見えたから捕まえようと思ったんだけど、ヤーコンさんの姿が見えたしきっと彼が逃がしたんだよね?」

よ、良かった……!てっきり私とゲーチスさんのことを言われているのかと思った……!必死にチェレンくんの言葉に何度も頷くと、彼も納得したように息を漏らす。

「さてと、僕はポケモンを鍛えてくる」
「ジムにはまだ挑戦しないの?」
「ああ。様子見に来ただけだし、完全勝利でジムバッジをもらいたいからね」

私の返事も聞かずにジムを後にするチェレンくんの背を見送る。完全勝利、チェレンくんらしい。続けてトウヤくんも特訓をするらしく、爽やかに去って行った。そう、爽やかに。

「うう……私も鍛えたいところだけど、」
『急がないといけねえからなぁ。ま、俺に任せとけぇ!』
「……よろしく頼みます」

激しく揺れるボールを押さえつつ、ふと思う。というか、ヤーコンさんはジムの中にはいないのか。……いや、チェレンくんが見たといっているし、きっとすぐに戻ってくるだろう。ジムには裏口もあるということをサンヨウジムとヒウンジムから学んでいる。私は表からゆっくりジムへ入るとしようじゃないか。



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