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ポケモンセンターを早朝から飛び出た私はというと、現在猛ダッシュでライモンシティを駆け抜け5番道路を目指している。カミツレさんと会う約束をしていたから早めに起きた。けれど予想以上に回復に時間がかかってしまったのだ!

「カミツレさん待たせちゃってるかな……!」
『そうかもねー』
「うっ……」
『混んでいたし、仕方ないだろう』
「はあっ……やっと、ゲートだ!」
「──……あれ?ひより?」

ボールの中の彼らの声を聞きながら息を切らしてゲートを抜けると、見知った顔と出会った。息を荒げながら目を大きく見開いて立ち止まる。少しばかり曲げた膝に両腕をつっかえ棒のように伸ばしながら顔を上げると"ゆっくりでいいよ"、なんて笑われてしまった。

「チェ……チェレンくんに……トウヤくん!久しぶりだね!」
「急いできたようだけど大丈夫?」
「うん、平気……!」

引き続き肩で息をしつつ二人を見ると同時に、その後ろに立っていたカミツレさんの姿も目に入った。あちゃー、やっぱり待たせてしまったか!トウヤくんたちを一旦通り過ぎてからカミツレさんの前に行くと、やはりさっきの姿を見られていたようで口元に手を添えながら私を見てはクスリと笑っている。

「カミツレさんお待たせしてしまってごめんなさい……!」
「いいえ、気にしないで。丁度今、アデクさんのお話をそこの二人と一緒に聞いていたところだったのよ」
「……アデクさん?」

はて、アデクさんとは誰だろう。にっこり頷くカミツレさんの視線が私の後ろに移る。それ釣られて私も後ろを振り向くと、大きな男の人がすぐ後ろにいて、思わず飛びあがってしまった。太陽のように燃え上がるような髪色に数珠のように首にかけているモンスターボール。あーさんのように顎髭が生えているものの、このアデクさんという人の顔には皺もしっかり刻まれていて年代を感じる。

「ほほう……君も良い目をしているな」
「……アデクさん、さっき用事があるとか言ってませんでした?」

顎に手を当てて髭を触りつつ、私をじっと見るアデクさんの熱い視線(?)に思わずたじたじになっていると、後ろからカミツレさんが助け舟を出してくれた。"ごめんなさい、こういう人なのよ"、なんて困った笑顔を浮かべながらウインクをするカミツレさんに私はもうクラクラだ。美人さん、ありがたやー!

「おお、そうだった!……それじゃあな。また君たちと会える日を待っているよ」

そういいながら私、チェレンくん、そしてトウヤくんという順番に頭を撫でるアデクさん。子ども扱いされるのが嫌なようで、チェレンくんは不機嫌そうに眼鏡をかけ直している。そんなチェレンくんも見ながらアデクさんは豪快に笑った。

「君とわしの考えるチャンピオン像が違っていても、そういうものだと思ってくれい」
「──……、」

そう言うとアデクさんは大きな背をくるりと向けてライモンシティへのゲートをくぐっていった。チェレンくんの口先は少しばかり尖ったまま、一度も開くことは無く。……チャンピオン像?はて、一体何の話をしていたんだろうか。

「アデクさん、イッシュ地方のチャンピオンなんだって」
「へえー……え!?チャ、チャンピオン?!」

トウヤくんの言葉を思わず繰り返す。瞬きを何度も繰り返してトウヤくんを見るも、やはり上下に頷いている。チャンピオンって……ポケモンリーグの、あのチャンピオン!?どうしてこんなところにいるんだ!?

「強いのがチャンピオン。……それ以外の答えはないのに」

チェレンくんが、アデクさんが去った方を見ながら呟くように口にした。思わず聞こえてしまったその言葉。強いのがチャンピオン、?……私はポケモンのゲームをやっていたから、他の地方にいるチャンピオンのことを知っている。だから余計、その言葉を疑問に思ってしまったのだろう。

「……本当に、そうかな」
「え?」
「ただ強いだけがチャンピオンだって、私は思わないけどな」
「……ひよりも、アデクさんと似たようなことを言うんだね」

それからチェレンくんは顔を俯き加減に黙り込んでしまった。よ、余計なことを言うんじゃなかった……。空気が重い、と感じているのはせめて私だけであって欲しい。

「……さ、わたしたちはホドモエの橋へ行きましょう。すぐ着くわ」

歩き出したカミツレさんの後を追う。重たくなってしまった足取りがバレてしまったのだろうか、さりげなく隣にやってきてくれたトウヤくんが眉を下げながら笑みを見せる。年下に気遣われるなんて、少しばかり情けない。

「大丈夫。多分、チェレンは自分の考えと、アデクさんやひよりの考えが噛み合わないことが気に食わないんだよ。今まで自分が信じていたことを指摘されたからね。きっと、まだ整理が付かないんだと思う」
「……私、何も言わない方がよかったね」
「そんなことないよ!自分の考えを言うってこと、大切なことだと思うよ」
「……ありがとう」

"チェレンもまだ、子供なんだよ"、なんて小声で言うトウヤくんに釣られて思わず笑ってしまった。距離を置いて歩いているチェレンくんには聞こえていないということが、またさらに面白さをプラスさせる。
……そういえば、以前会ったときはトウヤくんの腕にポカブくんがいたけれど今日はいない。あれから結構経ったし、ポカブくんも進化していてもおかしくないだろう。

「……あ、ひよりも沢山、仲間が増えたみたいだね」

私の腰についている6つのモンスターボールを見ながらトウヤくんが呟いた。興味津津と言った表情だ。気になっていたのは私だけではなかったらしい。

「でも、一つは私のポケモンじゃないんだけどね」
「そうなの?」
「うん。他の人のポケモンなんだけど、一時的に預かっているというか……。あっ、でも大切な仲間に変わりないよ」
「あはは、分かってるよ。そうだ、さっきはチェレンとバトルしたんだけどさ、ひよりともバトルしたいな」

やはり男の子というのはバトルが好きなのだろうか。なんて思っていると、トウヤくんからの「バトル」という言葉が出た瞬間、あーさんのボールが大きく揺れた。トウヤくんにもしっかり見られていたみたいで、あーさんのボールを見ながらくすりと笑う。

「そのボールのポケモン、バトルが好きなのかな」
「もんのすごく好き。バトル狂だよ」
「ははっ、じゃあ決定だね」

そんなこんな話していたらあっという間に橋に着いた。本当にすぐ着いてしまった。私自身、驚きだ。いつの間にやら後ろを歩いていたチェレンくんにも抜かされていてみたいで、前方に彼の姿が見えた。

「こっち」

チェレンくんに呼ばれてトウヤくんと一緒に駆け寄るとカミツレさんが電話をしていた。口調からしてそれなりの交流がある人みたいだ。それからすぐ、上向きだった橋がゆっくり降りて来たと思えばさっきまで半分に割れていた橋が大きな一つの橋となる。

「これで渡れます!カミツレさん、ありがとうございます!」
「どういたしまして。わたし、テレビの仕事があるからここで帰るわね。次の街のジムリーダーはクセのあるオヤジだけど、頑張って」

オヤジ。美しいカミツレさんの口から意外な言葉を聞いてしまったぞ。片手をあげ、小さく振るカミツレさんに思い切り振って見送った。それから私は、チェレンくんとトウヤくん、二人と一緒に目の前の橋を渡り始めたのだった。


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