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「ゼブライカ、出番よ!」
『……やっときたか』
「来てしまったか……」

さっきのエモンガとは比べ物にならない、遥かに大きなゼブライカが私たちの前に立ちはだかる。……若干違う外見を期待していたけれど、やはり同じ種族だとそう大きな違いは無い。ピンと上向きに伸びる耳に切れ長の目。白いたてがみだって、あの強靭な蹄だって、全部、全部……我が相棒と一緒である。

『グレにいと同じじゃん……うわあ……』
「た……戦いにくい……」
『僕もだよお、ひより……』
「ゼブライカ、ニトロチャージよ!」

そんなことを言っていても相手は待ってくれないわけでして。早速ティーに全速力で向かってくるゼブライカ。勢いよく燃え盛る炎を纏って、重たい蹄の音をフィールドで鳴らす。

「ねんりき!」
『おっけー!』

瞬間、ティーの瞳がぼんやりと妖しい光を放つ。同時に突進してくるゼブライカの身体にも不思議な光が覆いかぶさり、ティーが腕を上げるとそのままゼブライカも宙に浮く。それでも動いている足はとてつもない速さである。

『……っチ!おいこらチビ!めんどくせえ技使うんじゃねえよ!』
『うっ、うわああんっ!怖いよおっ!グレにいのほうがいいー!』

、とか言いつつ、しっかり腕を横に振り切ってゼブライカを壁にドカン!とぶつけているところは流石としか言いようがない。ティー、恐るべし。ド派手な音がしたと思えば、土埃が風で一気に吹き飛ばされた。慌てて視線を向けたものの、時すでに遅し。

「ワイルドボルトよ!」
『甘いなチビ助!』
「ティ、ティー!避けて!」

ものすごい速さでゼブライカが再びティーに向かって走ってきていたのだ。先ほどのニトロチャージで速さが特段上がっているようだ。……距離はすぐに縮まって、鈍い音が聞こえた。直後、宙で緩やかな弧を描くように飛ばされるティーを見上げては息を止める。両腕を伸ばして、落ちる場所を見極めてから棒のような足を動かした。

「……ティー!」

そうして、両腕いっぱいにティーが収まる。地面に落とさずに済んで良かった。

『うう……ごめんねひより』
「大丈夫、ありがとうティー」

ティーをボールに戻しつつカミツレさんとゼブライカさんへ視線を密かに向けてみれば、"してやったり"と言った表情で私を見ていた。
……バトルは苦手なままだ。でも、でも、これは悔しい……っ!スピードに注意、スピードに注意!
手早くベルトからボールを取ってから自信満々に宙へ放つ。

「宜しくね、チョン!」
『オレに任せてよ、頑張るからさ』
「また相性の悪いポケモンなのね」
『すぐ終わっちまいそうだな、つまんねえ』

これで終わるかもしれない、大切な一戦にはチョンで勝負だ。ここで決めないとダメージを負ったあーさんであのゼブライカさんを倒すのはかなりキツイのは確か。でも、例え相性が悪くても私は負ける気なんて毛頭ない。そうだ、チョンはきっと、やってくれる。

「エアスラッシュ!」
「電撃波」

──……そして両者が動く。
羽を大きく動かし出来た鋭いいくつもの長い針が容赦なく地上に降っては消える。土埃が巻き上がる中、再び両者の動きが止まる。……放たれた電撃波はチョンに当たったものの、エアスラッシュも確実に当たっていた。さっきので多少のダメージは与えられたはず。

「チョン、大丈夫?」
『……うん、大丈夫!』

頭を振って返事をするチョン。……麻痺、だろうか。羽の動きがさっきより重たそうだ。誰が見てもそう思うほど、随分とゆったりとした動きになっている。本人も隠せなかったのか、低空飛行からとうとう地面に足を付けてしまった。

「ゼブライカ、ワイルドボルト」
「避けてからげんき!」
『体が、動かない……!』
「うそっ!?」

チョンの言葉に唇を噛み、咄嗟に目の前を見た。早速影響されるなんて最悪だ!さらにワイルドボルトは避けないと相性的にもかなり危険な技である。……ああっ、どうしよう、どうすれば……!直後、私の横で風を切る音がした。前髪も後ろになびいておでこが丸見えになってしまった。……後ろで、壁の崩れる音がした。

「チョン……っ!」

土埃に紛れて崩れるように地面に落ちるチョンの元へと向かう。慌てて駆け寄ると呻き声が聞こえた。息が詰まる感覚に襲われながら、状態を確認する。チョンの羽には未だに電気が絡みつくように残っているし、今のワイルドボルトでさらにダメージも蓄積されているに違いない。身体に出来た薄紫色の痣が目立つ。
……麻痺もしばらく続くだろうし、このままチョンを戦わせたくはない。やはりここは一か八か、あーさんに交代して……、。ゆっくり、ベルトからチョンのボールを手に取った瞬間、羽で叩き落とされた。

「チョン、!?」
『だめ!オレが、オレが負けるわけにはいかない……!』
「──……、」

瞬間、耳鳴りがした。それから突如、ゆっくり起き上がるチョンの身体を電気ではない何か別の強力な光が包み込んだのだ。この光、初めて見るものではない。……これは、進化の光!
これでもかと目を見開いたまま見ていると、大きくなったシルエットが見えたと思うと光が弾け、"ケンホロウ"が宙へ悠々と舞い上がる。

「──……チョン、?」
『さあひより、早くやっつけちゃおうよ!』

クルル、笑うように聞こえた声に思わず笑みがこぼれる。姿は変わってもやはりチョンはチョンのようだ。私を見て、それから再び前へ視線を向けるチョン。私も元の立ち位置へと戻り、力強く拳を握った。……戦いは、これからだ!

「行くよ、チョン!追い風から、羽休め!」
「充電してスパークよ!」

激しい風が吹き荒れる。その中で舞う白い羽は輝いてとても綺麗だ。着実に回復をするチョンに、十分に電気を蓄えたゼブライカが追い風を物ともせずに襲いかかってきた。大丈夫、私にもしっかり見えている!

『今度こそ終わりだ』
『それこっちの台詞だよーっ!』

タイミングを見計らって、チャンスを逃さないように……!手元で光る画面に映る文字を見る。たった今、チョンが覚えた技をお披露目しようではないか。

「っゴッドバード!」

低空飛行でゼブライカの足元を抜け、大空へと飛び上がる。その間、わずか数秒だったろう。それほどまでに速く、また美しかった。天井高く飛んだチョンは、羽を大きく広げると一気に閉じて地上へと槍の如く鋭さを持ったまま振り落ちた!

『っち……くしょう……っ!』

ドカン!と鈍い音の後から何かが壊れる音がした。舞い上がる土埃に咳をしながら前を見る。……そうして晴れた視界の先、見えたのは巨体を横たえているゼブライカの姿。旗が上がる、音がした。

「ゼブライカ戦闘不能!よって勝者、チャレンジャーひよりさんです!」
「やっ……ったー!!」
『ひよりー!』

上から舞い降りてくるチョンを、両腕を広げて受け止め、られない!進化前と比べてかなり重たくなっていて、受け止めるというよりも襲われて押し倒されたという言葉の方が正しいだろう。そのまま地面に背中を付ける私を嬉しそうに見下ろすチョンに一度ため息をついてから撫でると、上機嫌で羽をバタバタさせるチョン。おおう、羽が、ふわっふわだー!

『オレ頑張ったよー!勝ったよー!』
「本当にありがとう!それから進化おめでとう。大きくなったねえ」
『これでひよりを乗せて飛べちゃうねー!わーい、オレ嬉しいー!』

ワーイ、ウレシイー。……空を飛ぶ。それはとても便利だろうが、なんと恐ろしい響きだろうか。少しばかり視線を斜めにしながら上半身を持ち上げると、細長い手が目の前にあり、その上にはキラリと光る"バッジ"があった。

「惚れぼれしちゃうファイトスタイルだったわ。あなた、いいトレーナーね。なんだか感激。……これを、」
「ありがとうございます……!」

逸る気持ちを抑えきれずに素早くバッジを受け取ってから、チョンと一緒に目の前で裏と表をじっくり見る。そうしてゆっくりケースにバッジを仕舞っていると、カミツレさんが首を傾げながら私を見た。

「あなた、次はホドモエシティに行くのよね?」
「はい、そのつもりです」
「ならわたしが渡れるようにするわ。……明日の朝、5番道路で待っていて」

カミツレさん、どうやらこの後モデルのお仕事があるらしく、私に笑顔で手を振りながら奥の部屋へと戻って行く。それを見送りながら、私は頭の中で小さなゲーム画面を思い出していた。
……ああ、そっか。確か橋がなんちゃらで渡れないんだっけ。なんちゃらって、何なんだ。……駄目だ、この辺からストーリーが分からない。向こうの世界ではゲームもカミツレさんに勝って、それで満足してしまいそのまま放置していたような気がしなくもない。あーあ、なんてこった。

「私たちも一旦ポケモンセンターに戻ろっか」
『あ、ひよりー、またジェットコースター乗るー!?』
「乗らない!」

あんな乗り物、もう一生乗るものか!……そう、思っていたけれど、他に何処にも出口が見当たらない。探して、探して、…………探したけれど、見つからず、期待で目を輝かせるチョンと視線がばっちり絡み合う。
……もう、嫌だ。



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