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翌朝。
ジム戦が待ちきれないというあーさんのために午前中から予約を入れていたため、いつもより早く起きた。朝食もしっかり取りつつ、昨夜の特訓で書いたメモをテーブルに置いて確認する。若干の緊張感を保ちつつ、支度を整えポケモンセンターを出た。

──……そしてライモンジム。少しばかり薄暗いジム内で、私はすでに一人冷や汗を流していた。

「ジェットコースター苦手なのに……ッ!」

目の前にはとある乗り物が私の乗車を待っている。こんなところまでゲームと一緒のようで、このライモンジムは本当にジェットコースターに乗って移動する形式となっていた。さらにレールの先を恐る恐る見てみると、やはり途中で途切れている。ところどころ少し飛ぶ仕様もゲームと同様らしい。なんという恐ろしい乗り物!

『……ひより、行けないの?』

ボールからセイロンの心配そうな声が聞こえてきた。……怖すぎる。けれどこれに乗らないとジムリーダーであるカミツレさんのところまで辿り着くことは出来ない。ごくり、と唾を飲んだ後、意を決して震える足をゆっくりコースターへと運ぶ。

「だ、大丈夫……大丈夫……多分、」

自分に言い聞かせながらハンドルを握る。……が、未だ心の準備は出来ておらず。発進するにはもう少し時間が必要だ。ふと、腰についていたボールが一つ揺れたと思うとチョンが飛び出してきた。隣の席に降り立ち、一度私の顔を見る。

「……チョン?」
『行っくよー!』
「え、ちょ、まっ……あああああ!!」

私の言葉も無視して、ハンドルは一気に前へ倒された。そりゃあもうとんでもない速さなうえに再び膝に乗っているチョンが邪魔でハンドルまで手が届かず。どうすることも出来ない私は強風に髪をなびかせながら、ただただ叫ぶことしか出来なかった。

『はい、到着ー、楽しかったー!』
「うええ……吐きそう……」

涙目な私なんかお構いなしに自らボールのスイッチを押して戻るチョン。結局、最後まで最高速度でカミツレさんのところへやって来てしまった。未だおぼつかない足取りでふらふら降りると、白く細い腕が目の前に差し出される。

「今までのチャレンジャーの中で最も速かったわ、あなた。……クラクラしてるでしょ大丈夫?」
「はいぃ……」

ああ、カミツレさん。なんてお美しいんだ。まさにシャイニングビューティーである。足もこんなにスラッとしていて同じ人間なんて思えないほど長い美脚。なんて思いながら差し伸べられた手を握る。

「クラクラしているところ悪いけど…もっとクラクラにさせちゃうわね」
「……よ、よろしくお願いします」

手を離し、私に背を向けて反対側へとモデル歩きで向かうカミツレさん。既に審判さんがいるのを見ると、どうやら早速バトルが始まるようだ。一度大きく頭を左右に振ってからボールを握るカミツレさんに続いて私もベルトからひとつのボールを掴む。

「使用ポケモンは3体です。──……始め!」

審判の旗があがってボールを高く放り投げる。カミツレさんが出したのはエモンガで、対する私はあーさんをトップバッターに。相性を考えると出すべきポケモンではないということは重々承知ではあるけれど、本人の強い志望をそのまま採用してみた次第である

「あら、水タイプで戦うの?面白いわ」
『ま、せいぜいボクを退屈させないでよね』
『その言葉、そのままそっくり返してやるぜぇ、小僧』

売り言葉に買い言葉。カミツレさんとは対照的に、まさに"つまらなそう"な眼差しであーさんを見るエモンガ。とりあえずここは先制させていただこう。

「あーさんアクアジェット!」
『おうよ!』

ぶわり。どこからともなく生まれる水と、私の言葉と同時に一気に距離を縮めてエモンガに突っ込んだ。小さな身体はいとも簡単に飛ばされ宙を舞う。けれどもエモンガはすぐに体勢を整え、綺麗に着地したのだ。……直撃はしたものの、やっぱり相性のせいかあまり効いていない様子。

『こんなもん?これじゃ全然だめだね』
「エレキボールでクラクラにさせてあげなさい!」
「ダイビングで避けて!」

ばちばちと激しい音を立てながら光は球状をかたどる。……電気技は当たるとかなりまずいしここは逃げるが勝ちだ。すぐさま水が現れて、フィールドの半分辺りまで小さな海が出来た。そこに飛び込み姿を隠したあーさんは間一髪エレキボールを逃れたものの、空かさず次の攻撃が襲いかかる。

「アクロバットから放電!」
「あっ、あーさん、まもる!」

水中から出てきたところをアクロバットで跳ねあげられて、そこから空間を眩い光が飛び散った。私の指示は果たして間に合ったのか。緊張で心臓を走らせながら、真っ白い光に目が慣れるのを待つこと数分。

『へっ!こんな電気なんて痛くも痒くもねぇ』
『……なに!?』

まもるは間に合わなかったようだけど、本人の言葉通りぴんぴんしている。……が、やっぱりダメージを受けたというのが目に見えて分かるし、あれはあーさんの強がりとも思える。一度唾を飲み込んでから、こっそり質問文を投げかける。

「……麻痺?」
『ま、ピンチの方が燃えるってんだ。大丈夫だ嬢ちゃん、俺ぁまだやれる。麻痺ぐらいどうってことねぇさ』

小声でのやり取りだけど、エモンガにはあーさんの声が聞こえたみたいだ。にやりと口角をあげながらこちらを見ているあの表情は、まさに悪ガキ。……でも、私たちにはとっておきの技があることを相手はまだ知らない。釣られて私もにやりと笑えば、可愛らしいエモンガの表情が一気に歪んで半目になった。……失礼な。

「スパークでフィニッシュよ!」
『さっきは驚いたけど、これで終わりだよさようなら!』

再び眩く、強い光がバチバチと荒々しい音を鳴らしながらバトルフィールドを包み込む。私も身体を前のめりにし、水面から顔を出して少しばかりこちらを振り返ったあーさんに頷く。……ふふん、同じ手を食らって堪るもんですか!

「あーさん、冷凍ビームで電気ごと凍らせて!」
『な……んだって、!?』
「エモンガ……っ!」

驚きの声が聞こえた直後、あーさんから勢いよく発射された氷は飛び散る電気全てを凍らせてゆく。枝分かれした電気を伝って大本まで氷は光の速さで走る。衝突、爆発音。上空で鳴った音が少しばかり遅れて地上に振ってきた。そうして、それと同じようにカミツレさんの目の前に落ちるは氷漬けになったエモンガくん。

『どんなもんでぇ!』
「わああ、ありがとうあーさん!」
『いいってことよ!次も頑張るんだぜぇ嬢ちゃん』

小さな海の中、飛び跳ねながら器用にウインクをするあーさんをボールに戻して次のボールを握る。それから視線を前に戻せば、既にカミツレさんも凍ったエモンガくんをボールに戻して別のボールを握ったまま私を待ちかまえていた。

「ドラマチックに勝つにはピンチが必要なのよ。行くのよ、エモンガ!」
『はい!頑張ります!』

またエモンガ……!しかし声から判断すると、今度は女の子のようだ。それにさっきのエモンガくんに比べると少し体格は小さいけれど、ジムリーダーのポケモンであることには変わりない。油断は禁物だ。

「任せたよ、ティー!」
『うん、僕も頑張るよ!』
「そのポケモンは……ビクティニね。はじめてみたけど可愛いわね」

カミツレさんが口元に手を添えながらそっと目を細めた。褒められて嬉しいのか、ティーも短い腕を伸ばして手を長く反り立つ耳に当て、照れたように小さく笑い声を洩らしている。勿論、褒められて嬉しいのは私も一緒だ。

「でも私のエモンガちゃんの方が可愛いわ」
『……はー!?』
「エモンガ、エレキボール!」
『はいっ!』

小さな身体が宙を舞い、くるりと回転すると同時に電気でできたボールが一瞬で現れる。未だカミツレさんの"上げて落とす"効果が効いてしまっているのか、ティーの肩は首元に寄ったまま、後ろから分かるぐらいに頬を膨らましているようだ。

「ティー、電光石火で避けて頭突きだよ!」
『僕の方が……僕の方が可愛いもんーっ!』

頬を膨らましたまま、電気と電気の間を器用に避けてエモンガに近づく。いつもよりスピードが速いのは気のせいか。そしてそのまま頭突きを食らわすと、エモンガは吹っ飛んで壁に思い切りぶつかった。壁にヒビが入り、コンクリートが小石となって地面に落ちる。

『い、痛いですぅ……』
『ほら!僕の方が全然可愛いじゃん!』

フンと鼻を鳴らして後ろを向くティー。ああ、ああ!敵に背中見せるなんて、戦闘中になんて危ない……!

「ボルトチェンジよ」
「わーっティー!前見て、前!」
『前?うわぁっ!』
『ライ兄さん、任せます……!』

慌てて振り返ったティーだったものの、急所は外したが技をばっちり受けてしまった。電気がティーの身体に纏わりついては消えてを繰り返している。一度ティーが大きく身体を震わすと電気は弾けるように消えた。
……しかし、本当にマズいのはここからだ。ボルトチェンジということは、──……"あの"ポケモンが出て来てしまうということだ。



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