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もうここまで来たら、思う存分やらせてあげようと思う。

……あれからどのぐらい経ったかな。
最初はあれでもハラハラしながら二人の喧嘩を見ていたけど、今ではそれもどこかへ飛んでいってしまった。実際そんな気持ちになっていたのは私だけだったみたいで、チョンは恒例のお散歩に行っちゃったし、セイロンとティーは一緒にお昼寝中。私とロロも他愛もない会話をしつつ二人をぼんやり眺めていた。当の二人はというと、息を切らしながらも飽きずに未だ殴る蹴るの攻防を繰り返している。

「しかしまあ、よくあんなにやってられるよねえ」
「俺はずっとやっててもらいたいんだけどね」
「なんで?」
「ひよりちゃんを独り占めできるから」
「……ああ、はいはい」
「わー、どんどん冷たい反応になっていくー」

とはいうものの、実は内心どきどきを隠しきれていない。……ロロは会話上手だ。そして他の子たちと比べてもずば抜けて顔だけは綺麗に整っている。しばらく一緒にいるとはいえ、完全に慣れることはきっとこれから先もないだろう。誤魔化しに小さく咳をすると、ふと、庭から今までとは違う音が聞こえてきた。暇つぶしにとバルコニーまで運んだ椅子から立ち上がって下を見てみれば、なんと、アカメさんが倒れているではないか。

「今までグレちゃんが不利だったのに!」
「ここにきて相性が敗因かあ」
「でもグレちゃんたちずっと擬人化してたけど」
「軽い技ならこの姿でもだせるんだよ。多分、電流浴びせたんだろうね。もちろんタイプも変わらないままだから水に電気は効果抜群。……グレちゃんもまだまだ子供だねえ」
「そうだねえ」

最後に意地が出てしまったのか。その点、最後まで技を出さずに拳だけで戦いきったアカメさんの方が大人であったということだ。……まあそんなことはどうでもいい。未だ電気で身体を痙攣させているアカメさんをのんびり見つつ、欠伸をしながら救急箱片手にロロと一緒に下へ向かう。

「ああ悔しいぜこんちくしょう!!」
「あーもう大人しくしててください!」
「ああ、悪ぃ」

動き回るアカメさんの腕を力づくで押さえながら、傷薬を吹きかけた。特にひどい怪我もないし、ロロの手当てを受けるグレちゃんもパッと見ただけだけどもなさそうだ。流石に二人ともそこまで子供ではなかったようで限度ぐらいは分かっていたらしい。

「まさかあのタイミングで電流やられるとは思ってなかったぜぇ……油断さえしてなけりゃあ避けられたんだけどなぁ……」
「ま、おっさんとはいい勝負ができて良かった。ありがとう」

何か言いたそうなアカメさんだったけれど、突然立ち上がってグレちゃんに近づき右手をガッと差し出した。……あのー、まだ手当途中なんですけども。

「礼を言うのは俺の方だぁ。ありがとなぁ、"グレア"!」

グレちゃんも左手を出してしっかりと握る。何だかあの空間だけ青春時代に戻っているかのような……。「なにこれぇ」、握手を固く交わす二人の横でロロがうげえと舌を出す。今回ばかりはロロに全面的に同意である。

「ってことで嬢ちゃん。俺も仲間に入らせてもらうからなぁ、よろしくなぁ!」
「は、い?……仲間!?」
「おうともさ!"昨日の敵は今日の友"ってなぁ!」

昨日というか、全て今日のことですが。私の目の前に音を立てて座り込み、胡坐を掻いては早くボールを出してくれ、と催促される。

「正直に言うと、俺ぁ敵さんだらけのあの状況で怯まずあそこまで戦う嬢ちゃんのポケモンに魅せられたんだぁ。きっと嬢ちゃんに、こいつらをそうさせる何かがあるんだろうよぉ」
「……まさかあ」
「そう苦い顔すんなってぇ!あのな嬢ちゃん、そういうもんは自分には分からねぇもんなんだとよぉ」

カラカラ笑うアカメさんを見ながら、鞄からゆっくり空のボールを取り出す。するとすぐさまそれを奪われ、既にボールはアカメさんの手のひらの中だ。

「それに嬢ちゃんについてけば、もっと骨のあるやつと戦えるだろぉ?ッカー!楽しみだねぇ」

スイッチを押し、自らボールに入ってゆく。ボールは落ち、一回揺れただけですぐに動かなくなった。そうしてすぐにボールから出てきたおっちゃんは、明るい表情で今度は私に手を差し出す。……ほらみたことか。さっき貼ったガーゼがもう剥がれかけている。

「これから世話になるぜ、嬢ちゃん」
「こ、こちらこそ、よろしくお願い致します……?」

手を握りながらガーゼを指摘すると、もう治ったと笑いながら剥がすおっちゃん。何がもう治っただ!不器用ながらも折角私が手当したのになんということ!……今こそボールを使うとき。おっちゃんのボール行きも待ったなし。





『分かった嬢ちゃん!嬢ちゃんの好きなもん買ってやっから、機嫌直してくれよ、なぁ?』
「……仕方ないですねえ」

私も現金なやつである。セロハンテープでぐるぐる巻きに、固く閉ざしていたボールを手に取り剥がしてゆく。スイッチを押す前に勝手に出てきたアカメさんは口をへの字に「見かけによらず、おっかねぇ嬢ちゃんだ」なんて小さく呟いた。ばっちり聞こえてますけどね。

それから話を進める。敬語は嫌らしいので普通に喋ることにしてあだ名が「あーさん」になった。もちろん付けたのはこの私だ。苦笑いがちらほら聞こえる中、断然呼びやすくなったことに私としては大満足である。

「んぁ?なんで俺がリゾートデザートに居たか聞きたい?」
「ライモンシティへ行くにしても他のルートもあったのに、どうして水一滴もない砂漠を通り抜ける道を選んだのかなあと思って」
「いやぁ、ちと気になるヤツを見たんでなぁ、そいつを追いかけていたところだったんでぃ」

すっげぇ強そうなヤツでなぁ。、そう続けるあーさんの言葉を聞きながら未だすやすやと眠るセイロンとティ―を見ては頬を緩める。追いついたところでどうするつもりだったのか、聞くまでもない。

「黄緑色の髪にひょろひょろしてる感じでなぁ、そういやそのあんちゃん、嬢ちゃんと同じでポケモンの言葉が分かってるみたいだったぜぇ」
「えっ!?」

その言葉に後ろで聞いてたグレちゃんとロロも驚きの声をあげた。この世界、黄緑色の髪だけでは確信はもてないものの、ポケモンの言葉が分かるときたらもう彼一人しかいない。思わぬ情報に音を立てながら椅子から立ち上がる。

「おいおっさん、ソイツどっちに行ったか分かるか?」
「だからおっさんじゃねえ!……多分ここ、ライモンシティに来てると思うぜぇ?」
「……ひより、」

グレちゃんに頷く。……Nくんが今、同じ街にいる。となると、ゲームと同じ展開なら彼はきっとあの場所に居るに違いない。こうしてまた、再び接触するチャンスを得たのだ。ここで逃すわけにはいかない!

「あーさんちょっと出かけてくる」
「おう?なんでぇ、アイツと嬢ちゃんたちは知り合いか?なら俺も、」
「さっき私が欲しいもの何でも買ってくれるって言ってたよね?あれいらない。だからセイロンとティーのこと、頼んだよ」
「……しゃーねぇなぁ。嬢ちゃんの知り合いなら次に戦えばそれでいいかぁ。よっし嬢ちゃん、任せとけぇ!俺ぁ子守りも得意だぜぇ!」

グレちゃんを素早くボールへ戻し、半開きになっていた鞄の口を閉めてから小走りに引っ手繰る。まだNくんがこの街に留まってくれていることを密かに祈りながら扉に手をかけ靴を履いた。

「行ってきます!」
「おーう、気ぃつけるんだぞぉ!」

ひらり、手を振るあーさんを背にポケモンセンターを飛び出した。向かうはライモンシティ、……遊園地!



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