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『ひよりー見えてきたよー!』
「えっ、どれどれ?」

船の手すりにとまっているチョンが羽で指し示す。その隣まで歩いていってその先を眺めてみれば、青い海が広がる中、ぽっかりと浮かぶ島が見えた。
──あれがリバティーガーデン。
人とポケモンが自由に暮らせる世界を願って名付けられた島、とパンフレットには書いてある。そしてゲームでは、"あの"ポケモンがいるであろう場所でもある。居るかどうかは分からないけれど、少しぐらいなら期待してもいいかな。

「どうした、ひより」
「グレちゃ……っていつの間に外出てたの!?」

呼ばれて振り返ってみればグレちゃんが何食わぬ顔で立っている。しかもどこで姿を変えてきたのか、すでに擬人化済みである。あれえ、さっきまでボールに入っていたような気がするんだけどなあ。ボールの蓋はそんなにも緩いものなんだろうか、思わず首を傾げてしまった。

「チケット貰えてよかったね、ひよりちゃん」
「ロロまで!どこで擬人化したの!?他の人に見つかっ……」
「そこらへんは心配しないでも大丈夫だよ。抜かりないからね」

人差し指を私の唇に押しつけて言葉を遮るロロ。それからへらっと笑って「ねー、グレちゃん」なんて同意を求めていた。……さりげないスキンシップにも大分慣れてきた。よーしいい調子だぞ!

──……昨日のこと。アーティさんからバッジを受け取ったときのことだ。

「あ、そうだ」
「……?」

何かを思いだしたようにアーティさんがズボンのポケットに手を突っ込んで、一枚の縦長い紙を取り出すと私に差し出してきたのが始まり。

「これは?」
「リバティーガーデン行きの乗船券だよ。ちょうど一枚余っててさ!よかったら旅疲れを癒しに行ってみたらどうかな」
「頂いてしまっていいんですか?」
「もちろん!ヒウンシティだとポケモンセンターでもKのこととかで不安でしょ?リバティーガーデンは大丈夫だから行ってきなよ」
「あ、ありがとうございますアーティさん!」

……こんな感じで今に至る。アーティさんはなかなかに掴めない人だったけれど、いい人に変わりなかった。それに意外と気がきくことに気が付いたり。
ポー、ポーと汽笛が鳴った。潮風に髪を揺らしながらゆっくり速度を落とす船の上、リバティーガーデンを望んだ。





『……なんか様子がおかしいな』
「え?」

最後の方で下船してから船内で一旦ボールに戻したグレちゃんを再び外に出すと、ずっと先の方を眺めながらたてがみをバチリと光らせた。この世界、このゲームの主人公はトウヤくんだ。既にここのイベントも終わっている。…という考えはどうやら外れていたらしい。

「とりあえず行ってみよっか」
『俺が先を歩く。離れるなよ、ひより』
「うん」

下船場から島の入り口へと慎重に歩いてゆく。すると先行くグレちゃんが止まって私に合図をした。グレちゃんと一緒にこっそり岩の陰から見てみると、ひとつの広場に人が沢山集められているではないか。……正確に言うと、皆捕まっている状態である。

「うわーんこわいよー!」
「ええい、うるさい!ここで大人しくしていれば手荒なことはしない!黙ってろ!」

……やっぱり、ゲームと同じようだ。プラズマ団はあのポケモンを捕まえにきているんだ。見るところ、私より先に下船した観光客も既に捕まっているようだ。その中には警官すら混ざってしまっている始末。引き続き響く子供の泣き声を聞きながら、静かに目を閉じ意を決する。

「……グレちゃん」
『分かってる。けどひより、もしかしたら他のヤツが何とかしてくれるかも知れないぞ?』
「私、向こうに行きたいんだよ。自分の道は自分で作る!」
『手、震えてるぞ?』

くすりと笑うグレちゃんから、慌てて両手を後ろに隠す。私が発見する前に誰かが何とかしてくれていたら良かったけれど、船は既に出港済みだしどちらにせよ逃げ場も無い。易々と捕まるぐらいなら不意をついて先手を打ちたいのだ。……けれど勿論、不安もたっぷりあるわけで。

「警官さんも捕まってるし、私でどうにか出来るのかなあって……」
『何のために俺たちがいると思っているんだ?……大丈夫だ、絶対ひよりには手出しさせない』
「と、ときどきグレちゃんすごいセリフ突っ込んでくるよねえ……」
『な、なんのことだ?』

思わず膝を抱えて顔を埋める。当の本人に自覚はない。とにかく、グレちゃんが頼りになるのは確かである。やってみなくちゃ分からないし、ここは先手必勝だ。

「グレちゃん、いい?」
『勿論だ』
「……プラズマ団に電気ショック!」

勢いを付けて岩陰から飛び出すと、プラズマ団たちが驚きの声を漏らした。さすがに本気の電気ショックだとまずいと思ったのかグレちゃんが威力を抑えて電気ショックを浴びせる。ボールを手元から落とすプラズマ団たちの横を私はそのまま走り抜け、彼らが痺れて動けないうちに捕まっていた人たちを警官と一緒に素早く避難させる。

『、よし』

プラズマ団を見張っているグレちゃんの元へ戻り頭を撫でていると、プラズマ団が私たちを見上げて弱弱しく声を発する。まだ痺れが残っているのか、ろれつが全然回っていない。

「あなたたちは何を企んでいるんですか?」

住民が全ての避難が済むと、警官が痺れて動けないままのプラズマ団に次々と手錠をかけてゆく。それを眺めながら、目の前に転がっているプラズマ団の男の横へしゃがんで訊ねてみるけれど、当たり前のように男は目を逸らして口をもごもごさせるだけで答える様子は一切無い。彼は今、身動きが取れない状況だ。絶対的優位に立つ今、怖いものは何もない。

「もう一回、電気を浴びたいようですね?」
「とっ、灯台の地下の幻のポケモン、ビクティニを解放させようとしていたのだ!」
『……これじゃあどっちが悪者か分からないな』

若干引いたようなグレちゃんの声を聞きながら、さっと立ちあがって灯台を見た。……まだ、ビクティニはあそこにいる。

「行こう」
『まだ向こうにはプラズマ団がいるようだ。ひより、背中乗れ。急ぐぞ』

長い手足を折り曲げて乗りやすいようにしてくれたおかげで意外とすんなり乗ることができた。急に高くなる視線に揺れる身体に少しばかり心が弾む。しかしながらグレちゃんに手綱が付いているわけがなく、やっぱり何処を掴んでいればいいか分からない。

『飛ばすからしっかり掴まってろよ』
「どこ掴めばいいのか分からないよ」
『ほら行くぞ!』
「……っわ!」

今日も今日とて、ナマケモノのような格好で無様にしがみ付きながらの移動となる。景色を眺めるなんてこともできず、振り落とされないようにするのがやっとだった。……ああ、華麗な乗馬が出来るのはいつになるだろう。


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