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謎の撮影会後、ベルちゃんはアイリスちゃんのボディーガード付きで観光に出かけるということで早々と二人に別れを告げた。そして私はというと、ヒウンジムに戻って今度こそアーティさんとのジム戦である。

「よ、よろしくお願いします……!」
「うん、こちらこそ」
「……それでは、バトル開始!」

緊張の中、審判の声と同時に二つのボールが宙を舞う。アーティさんのボールから出てきたのはホイ−ガだ。対する私はセイロンで勝負。セイロンにとっては、これが初めてのジム戦となる。

「セイロン、よろしくね」
『……頑張る、』
『あらまあ、小さな可愛い坊やだこと』

こくりと頷くセイロンの目の前でホイ−ガがころりと転がる。口調や声質から判断すると、お姉さん系の子なんだろうか。セイロンを"坊や"、なんていうぐらいだし……。

「ホイーガ、ポイズンテールだよ」

アーティさんの指示でそのままホイ−ガがセイロン向かって転がってくる。対するセイロンはじっと構えたまま動かない。……大丈夫、セイロンが速いことは分かっている。あの速さならギリギリまで引き寄せてから避けることも……できる!

「セイロン、避けてアクロバット!」

ギリギリまで迫ってきたホイーガさんを飛び越えて、そのまま宙で身体をひねらせると狙いを定めて、後ろに回る。

『……もう毒には懲り懲りだよ』
『……なっ!』
「んうんっ!?」

それから思いっきり蹴り飛ばすと、軽々ホイーガは吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。バアン!という巨大な音が一瞬バトルフィールドを揺らした。それからバラバラ欠片が崩れ落ちる壁際、目を回しているホイーガの姿が見える。

「これはこれは……」

頭に手を添えホイ−ガををボールに戻すアーティさんの姿を背後に、跳ねるように私の元へと戻ってくるセイロンに向かって両腕を思いっきり広げた。

「セイロンありがとうー!」
『……ひより!』

腕の中にすっぽり収まる小さな身体をぎゅっと思い切り抱きしめる。ただひたすらに可愛くてセイロンに頬擦りをしていれば、腰についているボールががたがた揺れた。なんだと思って揺れたボールを手に取ってみると、中からロロの声がする。

『ひよりちゃん、俺たちのときもそうやって欲しいんだけどなあ。ね、グレちゃん』
『なっ、……なんで俺に振るんだよ』
『でもグレちゃんはでかすぎて飛び付けないね、残念!』
『お前もだろうが』
『俺は許容範囲だよ。ひよりちゃん、そうでしょう?』

許容範囲?そんなわけがあるか!
レパルダス姿のロロに飛びつかれでもしたら、私は受け止めきれずそのまま地面に背中を打ち付けることになる。断固拒否!断固拒否!
未だに揺れるボールを手早くベルトに戻して次のバトルを考える。……アーティさんの手から離れたボールから閃光が、溢れ出た。

「次は簡単にはいかないからね」
『やったるでー!』

アーティさんの二体目はイシズマイだ。初っ端から腕を振り上げて気合い十分、といったところ。相性的には良いものの平均的に経験を積ませるため、一旦セイロンをボールに戻して二つ目のボールを握る。宙へ投げて、ボールが開く。そのまま宙に羽ばたくのはハト―ボー。

「よろしくね、チョン!」
『次はオレだね!頑張るよ!』
「へえ……相性の悪いポケモン出すなんて面白いなあ」

確かに相性は微妙なところ。しかしこれはゲームではないし、アニメだと某主人公くんは相性関係なしにバトルしているじゃないか!例え相性が悪くたって、トレーナーの発想次第でどうにかなる。……だろう。

「チョン、エアスラッシュ!」
『りょーかい!』
「イシズマイ、岩なだれだよ!」
『よっしゃ!任せとき!』

両者が同時に動きだす。空からのエアスラッシュを素早く避けるイシズマイと、頭上に降り注ぐ岩石を避けるチョン。

『ちょこまか動きよって……!』
『その言葉、キミにそっくりそのまま返すよ』

チョンが旋回して真っ直ぐイシズマイに向かう。イシズマイもエアスラッシュをすべて避けて体勢を整えている。

「ツバメ返し!」
「切り裂くで迎え撃て!」

急降下して勢いをあげるチョンとハサミを真っ直ぐ前に向けるイシズマイ。

『でやあああ!』
『うりゃあああ!』

翼とハサミがぶつかり、

『っく!』
『……っわ!』

両者とも、弾けるように壁に飛ぶ。背後で聞こえる叩きつけられた音に肩を飛びあがらせながら、急いでチョンのところに向かって抱き起こす。足元には灰色の羽が散らばり、ふわり小さく舞い上がった。だらしなく広がったままの翼には血がうっすらと滲んでいる。ハサミと接触したときに傷付いたのだろう。手早くバッグから傷薬を取り出して吹きかけると一度びくりと翼が動く。

『うー……ごめんねひより……』
「ううん、ありがとうチョン。ボールでゆっくり休んでね」

頭を撫でると俯いたままこくり頷くチョン。ボールに戻してから散らばったままの羽を見ながら唇を噛みしめた。あのとき私がこうやって指示をしていればこんなことには……なんて今更考えても遅いのに、どうしても何度も考えてしまうのだ。……アーティさんの方をちらりと眺める。どうやらイシズマイも戦闘不能らしい。

……次こそは。また別のボールを握り、瞳を閉じる。大丈夫。まだセイロンもいるんだ。速度をあげる自身の心臓に言い聞かせるよう心の中で言葉を紡ぐ。
そうして上がる旗とボール。アーティさん、最後のポケモンはハハコモリ。対する私はロロで勝負だ。

「あれえ?てっきりゼブライカ出してくると思ったんだけど。レパルダスなんて意外だなあ。……あ、本当だ!変わった瞳の色だねえ」

じっとロロを見るアーティさんの言葉に、無意識なのかロロが一瞬びくりと身体を跳ね上がらせるのが見えた。

「とっても綺麗でしょう?私の自慢の仲間です」
『ひよりちゃん、』

ゆっくり振り返り尻尾を揺らすロロに無言で頷く。……大丈夫。瞳のことでこれ以上ロロを傷つけさせたりしないから。

『いいマスターですわね。ま、私のマスターとは比べものになりませんけど』
『比べものにならないくらい最高のマスターだよ、俺の子猫ちゃんは』

ポケモン同士の会話を聞くときこそ、ポケモンの言葉が分かって良かったと思える時かも知れない。人間には聞こえないこと前提で話しているポケモンたちの言葉は率直だ。どれだけハハコモリがアーティさんのことを好きなのかが伝わるし、ロロに至っては気恥ずかしい言葉である。

『口が達者な猫ですわ。私がその綺麗な毛を切り刻んであげます』
『ってことは俺丸裸にされちゃうの?嫌だなあ……』

雑談はこの辺で。──……二体が同時に動きだす。

「ロロ、猫騙し!」
「糸をはいて技を阻止だ!」

ハハコモリが勢いよくロロに糸を向けるけど、持ち前のスピードで難なく飛び越えてすぐ目の前に着地する。それと同時にぱあん!と大きな音が鳴って素早く後ろに回るロロ。

『俺、脱がせる方が好きなんだよねえ』
「爪とぎから乱れ引っ掻き!」
『あは、ひよりちゃんナイスチョイス!』

また飛び跳ねると、一気に爪を伸ばしてより鋭利なものにする。……よし、今は私の流れだ。このままうまくいけば!

『ご婦人には悪いけど、ちゃっちゃと脱がせちゃうよ』
『性悪猫が!』

何度か葉が切れる音がするけど、致命傷はないままハハコモリは爪を避けきる。あの速さの攻撃をあれだけの被害に抑えちゃうなんてやはりジムリーダーのポケモンは違う。

「ひゃー、ひよりさん怒涛の攻めだね!それじゃ今度はボクから行くよ!ハハコモリ、シザークロスだ!」
「影分身!」

素早く反応してハハコモリを囲むようにロロの分身が現れる。忙しく辺りを見回すハハコモリを見て、アーティさんから続けて指示が出る。

「リーフストームで分身を消すんだ!」
『分かりましたわ!……やあっ!』

周りに葉っぱが舞い上がり、一気に影分身が消え失せる。

「真上から辻斬り!」
「なっ、なんだって!?」

視界が悪くなるこの時を待っていました!ハハコモリが上を向くと、ロロがすでに飛び跳ねて爪を向けていた。

『本当はご婦人を傷つけたくないけど……ひよりちゃんのためだからごめんね!』

シャッと乾いた音と共にハハコモリがその場で崩れるように倒れた。トン、と軽く地に足をつけるロロの周りにはひらひらと黄緑色の葉が舞っていて、なんだか綺麗な光景だ。

「ハハコモリ戦闘不能!よって……チャレンジャーの勝利です!」
「……やったー!」

ロロが私から少し距離を置いたところで立ち止まる。そうしてじっと見つめる先には私がいる。……こうくると思っていたよ。でもロロはセイロンとは違って"そういうこと"をするプロと言っても過言じゃない。

『ひよりちゃん』
「……」
『ひよりちゃん』
「……しょうがないなあ」
『よしきた!』

何時までも動かないロロに折れ、セイロンを迎えるときのように腕を大きく広げるとすぐさま胸の中に飛びついてくるロロ。思っていた通り、大きさと重さに軽く後ろへ押し倒されたものの、なんとか踏ん張って態勢を保つ。

「ありがとうロロ」
『どういたしまして!』

間を置いて。けして豊かとは言えないけれど、申し訳程度には兼ね備えている胸に押しつけられる何か。むにむに、むにむに。……当てているわけでも、当たっているだけでもない。バトルは確かに頑張ってくれた。けれどこれは許されないっ!!

「ロロ!!」
『待って!もうちょっとだけ!』
「無理!!」
『聞いて!俺の夢が今叶いそうだから!』
「……は?」
『下乳をこう、頭に乗せ、……』

聞き終わる前に手が動く。私なりの最速ビンタをロロに向けたものの、難なくかわされてしまい、行き場のなくなった手で拳を作る。……もうそろそろ本気でロロに何かを食らわせなければ気が済まない。暢気に目の前で尻尾を揺らすロロを睨んでいると、三つのボールが揺れた。出てきた三匹が壁を作ってロロの姿を視界から消してくれたのだ!

『……にゃんころお前、』
『覚悟はー』
『……出来てるよね?ロロにい』
『え、えー……とー?』

……はは、なんて乾いた笑いしかでない。チョンの羽に再び傷薬を吹きかけていればアーティさんがやってきた。差し出された手にはバッジがある。それを受け取り、先ほどのジム戦を噛みしめながら早速バッジケースに並べてみる。

「これで三つめ……」
「順調みたいだねえ」
「……はい」

アーティさんの言葉に頷きながら、ふと思う。私の本当の目的はジムではなくてNくんだ。
──あれ以来、姿を見ることもなかったし探す暇さえも無かったように思う。
また会える日は来るのだろうか。

また一つ増えた輝くバッジと一緒にこの不安も仕舞い込めたら、。そう思いながらバッジケースに蓋をした。


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