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「これ美味しい!」
『あー!オレにもちょうだーい!』
「はいはい」

横でパタパタ羽をばたつかせるチョンに、スプーンで掬ったヒウンアイスを差し出すと美味しそうについばむ。
──……数時間前、変装もとい男装をしたわた……じゃなくて僕はジム戦前にバトル練習とヒウンシティ観光ということでジムから街へ繰り出していた。街が広すぎてとてもじゃないけど全部回れそうにないのがちょっぴり残念だ。

「さーて、次はジム戦だ!」
『頑張ろうー!』
「おーう!」

アーティさんと約束していた時刻になった。チョンとハイタッチをしてから帽子を被り直してジムに向かう。既に街はぐるりと回り終え、ジムの近くまで戻ってきていたためジムにはすぐに到着した。ヒウンジムはもう目の前。い、いつものことながら緊張しちゃうな……。

「……って、わわっ!?」
「わっ!?」

そのまま突っ立っていたら、ジムから勢いよく出てきたアーティさんと正面衝突。鈍い痛みがお尻からじいんと身体に回る。顔をあげると目の前に差し伸べられた手。シッポウシティで初めてアーティさんと会った時のことを思い出しながら手を重ねた。

「あっ……と、ひよりさん、ジム戦のために来てくれたんだよね」
「そうです。でも、アーティさんなんだか忙しそうですね」

目線が既にあっちこっちへ飛んでいる。あまり見られなさそうな焦った様子すら窺える。……ってあれ……確かゲームではヒウンシティで何かイベントがあったような。……嫌な予感がする。

「そういえばベルって子、ひよりさんのお友達だよね?」
「ベルちゃん……もしかしてプラズマ団が!?」

ああそうだ!確かベルちゃんのポケモンがプラズマ団に捕られちゃってるんだっけ!私の言葉に頷くアーティさんを見て、うっすらとゲーム画面が頭に浮かぶ。ああ、もっとはっきり覚えていれば!

「アジトは大体目星がついてるから今から行くんだけど、」
「僕も行きます!」

"そう言うと思ったよ"、なんて言いながらアーティさんは苦笑いをする。それに小さく謝ってから、リュックを背負い直した。

──先行くアーティさんの背中を追って走り出す。
足の長さの違いからなのか、差が開く中置いていかれないように必死に足を動かした。そうして着いたのはジムから少し離れた反対側の、とあるビル。自動ドアをゆっくり抜けると、Nくんと同じ髪色を持ついかにも怪しげな男と今にも泣きそうな顔をしたベルちゃん、加えて小麦色の肌をした女の子がいた。確かあの子は、アイリスちゃん、だったかな。

「……これはこれは、ジムリーダーのアーティさんではないですか」
「そういう貴方は誰かなあ」
「ワタクシはゲーチス、と申します」

……嫌な予感は的中だ。ここでゲーチスさんと初対面。言葉ではうまく表せない異様な雰囲気を纏っている感じがする。出来ればあまり関わりたくないと、一目見てそう思った。

「突然ですが貴方がたはイッシュ建国の伝説はご存じですか?」
「しってるよ!しろいドラゴンポケモンでしょ!」
「ええそうです。そのポケモンを今一度!このイッシュに蘇らせ、人心を掌握すれば!いともたやすくワタクシの……いや、プラズマ団の望む世界にできるのです!」

プラズマ団による世界征服。そして、今の言葉からゲーチスさんはレシラムさんとゼクロムさんをそれに利用しようとしているのは間違いないだろう。しかし、レシラムさんが言うには"Nくんも利用されようとしている"と言っていた。……残る謎はNくんについて。

「ええと……カラクサの演説だっけ?ポケモンとの付き合い方を見つめ直すきっかけをくれて感謝しているよ」

ふと口を開いたアーティさんの言葉に反応するようにゲーチスさんがピクリと動く。

「もっともっとポケモンと真剣に向き合おうって誓うことができた…貴方達はやっていることと言っていることが矛盾しているよ」
「……掴みどころが無いようで存外キレものでしたか。ワタクシは頭のいい人間が大好きでしてね…ここはアナタの意見に免じひきあげましょう」

意地でも引かないかと思いきや、意外と素直に引いてくれるようだ。ゲーチスさんの指示でプラズマ団の男が捕まえていたムンナを放す。瞬間、ムンナはベルちゃん向かって一直線に進んで腕の中にすっぽり収まる。嬉しそうにすり寄る姿に私もホッと息を吐く中、彼が高らかに笑いだす。

「これは麗しいポケモンと人の友情!……ですがワタクシはポケモンを愚かな人間から自由にするためイッシュの伝説を再現し、人心を掌握しますよ……!」

ふと、不意にゲーチスさんが私の方へと視線を向けてきたのだ。今まで一度も合わなかった視線が突然に絡み、その視線に押し負けてしまった。完全に力を失った目線を斜めにしたところ、紡がれる言葉に再び顔をあげることになる。

「……そこの娘とはまた会うことでしょうな」
「エッ!」

驚きの声がプラズマ団やベルちゃんたちからもあがる中、平然としているゲーチスさん。何に驚いたって、それは、

「な……なんで僕が女だと……」
「はあ、どうみても娘ではないですか。何故そのような格好をしているか分かりませんがね」

一度会っていたベルちゃんでさえ分からなかったというのに。ゲーチスさん、実はポケモンで"みやぶる"でも覚えてるんじゃないだろうか。少しの悔しさを抱きながら裾の長い上着を翻すゲーチスさんを眺めた。

──……私のすぐ、横を通り過ぎる。

「……早く……と、……ラムが……にますよ」
「っ!?」

私にでさえ聞こえるか聞こえないか、それほどに小さな声量で呟かれた。
慌てて振りかえって、足早に出て行った彼にはっきり聞こうと外へ飛び出た。……が、その姿はすでに無く。

──途切れ途切れに聞こえた単語。
それをどうにか繋げようと頭で考えながらビルに戻ると、ベルちゃんとアイリスちゃんが私のところまでやってくる。

「えと……おねえちゃん、だよね?たすけてくれて、ありがとう!」
「うん、こんな格好だけど一応お姉ちゃん。大したことはしてないよ」
「うそっ!?ひよりだったのお!?」
「やっぱり気付いて無かったんだね、ベルちゃん……」
「だってえ!どうみても男の子なんだもん!」

どうしてそんな格好なの?なんて理由を聞かれたけど、曖昧に答えて話を逸らす。ふと、ベルちゃんが何か思いついたように声をあげるとバッグから高そうなカメラを取り出して私に向けてきた。うわさのパパから貰ったものだろうか。

「ねえひより!写真、撮ってもいい?」
「べ、別にいいけど……」
「やったー!チェレンとトウヤにも見せよっと!」

会話中に関わらずぱしゃぱしゃシャッターを切るベルちゃん。私を撮って何が面白いのかさっぱりだ。それに二人に見せて、それでどうするというのだろう……。きっとベルちゃんが撮った写真は、どれもこれも変な顔の私が写っていたに違いない。



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