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「うわあ……おっきい橋、」

森を抜けてすぐ、目の前に広がる光景に思わず声が漏れた。隣にいるグレちゃんも目を丸くして見ている。ロロとチョンはというと至って普通に橋を眺めていた。……スカイアローブリッジ。とっても大きい橋で、次の街へと一直線に繋がっている橋でもある。

『久々に見たなーこれ』
『オレもオレもー』

次の街は、Kの居るヒウンシティだ。本当に何も考えていないただ呟いただけのように聞こえたロロの声ではあったけれど、内心はきっと何か思っていることがあるに違いない。ロロの横にしゃがんで頭に手を置き、ゆっくり撫でる。

「……ごめんロロ、悪いけどヒウンシティではあんまり外には出せないや」
『構わないよ。とにかくひよりちゃんが安全なようにしてよね。……ま、その分ポケモンセンターでたっぷり甘えさせてもらうけど』
「ああそうですか、そうですか」
『ちょっとひよりちゃん、冷たいんじゃないー?』

ちょっとずつロロの扱いにも慣れてきた。そんなロロはさて置いておき、頑丈な作りである手すりに止まっているチョンの隣に並んでみる。同じように手すりに両腕を乗せ、寄りかかりながら景色を眺める。眼下には広大な海が広がり、夕日を反射してきらきらと輝きを見せていた。潮風が心地いい。

「チョンもここに来たことあるの?」
『うん。オレね、生まれてからすぐに一人で旅してたんだー。最初から親?とか居なかったし暇だったからねー』
「えっ」

いつもと変わらない緩やかな口調で水が流れるが如く自然に出てきたシビアな話。……こ、これはこのまま聞いてもいい話なのかどうなのか。どんな言葉を返したらいいのかも分からず口ごもっていると、それに気付いてくれたのかチョンが慌てて言葉を付け足す。

『あっ、でもオレ全然寂しいとかそういうのなかったんだよー?これ本当!オレの種族はみんな生まれたときから一人なんだろうなー思ってたし、一人でも楽しかったしー』
「そっ、かあ……」
『でもさオレ、旅をしながら色んなトレーナーとポケモンを見てて思ったんだ。違う生き物同士なのに、なんで一緒にいてあんなに楽しそうなんだろうなーって。それでまず人間に興味が湧いてー、それから人間と同じ姿になるポケモンたちも気になった!世の中、不思議がいっぱいで面白いよねー』

チョンにはチョンなりの考えがあったらしい。まだ仲間になってくれたばかりだし、ちゃんと話を聞く機会も無かったのだ。そして私自身も話す機会が無かった。グレちゃんには既に伝えてあるものの、チョンとロロには未だきちんと話していなかったのだ。グレちゃんと話していたロロも呼んで、私について話をする。……大丈夫、グレちゃんがいるから思っていたよりもスラスラ話せているはずだ。

『なるほど、レシラムの言っていた"向こうの世界"ってそういうことだったんだね。やっぱりねえ、なーんかひよりちゃんは何処かズレてると思ったよ』
「ぐっ……」

軽くあしらうロロに言葉が詰まる。チョンもチョンで『むこうのせかい!どんなとこー!?オレも行きたいー!』とか言い出すし、ちょっとでも緊張していたのが馬鹿みたいだ。

『で、ひよりちゃんはこれをどうしてもっと早くに話してくれなかったの?』
『あーロロー、ひよりに意地悪はやめなよー』
『意地悪だなんてとんでもない』

ばさばさとチョンが私の前で羽を広げて上下に動かす。私を庇ってくれているつもりなんだろうか。その姿が可愛くて笑いながら撫でた後、しゃがみ込んでロロと目線を合わせた。妖しげに光る瞳と、ゆるりと上を向いている口角。言わずとも分かっているくせにわざわざ言わせるところ、本当にロロらしい。

『本当のこと言うと俺たちが逃げて行くとでも思った?』
「……少し」
『拒否されるとでも?』
「……ちょっと」
『ひよりちゃん、冗談はやめてよね』

俺に比べたら可愛いもんだ。そうでしょう?、……チョンには聞こえない声量で耳元で紡がれた言葉に唇を噛む。違う、そういう意味で私は話をしたんじゃない。多分ロロも分かっているのに、わざわざ自分を天秤に掛けてきた。……本当に、意地悪だ。

『ひよりちゃん、君はこんな俺を"知っても"尚、一緒にいてもいいと言ってくれた。俺が半ば諦めていた存在をやっと手にすることができたんだ。……そう簡単に離れられるわけがない』
「ロロ、」
『まあ、ぶっちゃけ可愛がってもらえるならどんな子でもいいんだけどね!女の子に限るけど!』
「あーあ、全てが台無しだよ」

からからと笑うように背を向けるロロに笑みが零れる。ふと、今度はロロのいた場所にチョンが降りてきて、ロロをジッと見てから私を見る。

『ロロにも色々あるように、オレにも色々あるしひよりにもある。きっとグレちゃんにもあるんだよ。……みんな知られたくない何かを隠しながら、それでも一緒にいたいって思えるの、オレ、すごいなあーって思うんだー』

知って欲しいけど、一緒にいたいから話せない。拒絶されるのが怖い。

『……それでもひよりは話してくれたんだよね。ありがとう、ひより』

ありがとう、だなんて言われるなんて思っても見なかった。不意打ちな優しさに驚き、ゆっくりと言葉をかみ砕いて飲み込むと。……思わず感情が込み上げてしまって、今度は別の理由で唇を噛みしめる。

『さっきの話の続き。ひよりたちと過ごしてきて、あの答えが分かったよー。違う生き物同士だからこそ、色んな考えや気持ちがあるからこそ楽しいんだと思うんだー。……一人じゃ絶対に分からなかったことだよ』
「チョン……」
『でもまだ知りたいことは沢山あるんだよー!ポケモンと話せる人間にも会えたしー、ひよりと居ればもっとたくさんの"知りたい"を見つけられるような気がするんだー』

だからね、これからもよろしくね。

そういって片翼を差し出してくるチョンに小刻みに震える手を差し出した。空気を吐き出すことができなくて、口を閉じたまま無言で何度も頷いて見せる。やんわりと握った羽はやっぱりとても気持ちよくて、優しすぎる感触にまた私は泣いてしまいそうになるのだった。



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