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「わっ……!」
「おっと!」

博物館を飛び出てすぐのところで誰かとぶつかり、その衝撃で尻餅をつく。けれどもすかさず目の前に手を差し伸べられた。上を向いて見てみれば、ふわふわ茶髪で蝶のバックルが付いたベルトを付けている男の人が私を見下ろしている。

「キミ、大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫です」

差し伸べられた手を掴んで立ち上がりながら返事をすると、彼はにこり微笑みアロエさんに視線を向ける。

「やあ、アロエ姐さん。なんとなく大変そうだけど、ひょっとしてなんかありまして?」
「展示品を盗まれたんだよ!ひより、こいつはアーティだよ。こう見えてもヒウンジムのジムリーダーなのさ」

んうん?と特に驚いた様子もなく返事をした彼をちらりと見る。……アーティさん。確かゲームでもここで出会っていたような気がする。独特な雰囲気を持った不思議な人というのが第一印象だ。

「あ、ひよりだー!みんな集まってどうしたの?」
「ベルちゃん!」
「久しぶりー!」

どこからともなく聞こえてきた可愛らしい声はやっぱりベルちゃん!抱きついてきたベルちゃんに抱きしめ返すと鼻孔を掠める良い匂い。可愛い女の子からは良い匂いがする気がするというのは、本当のことなんだ!

「うん、これだけ人がいるんなら手分けして探そうか。来たばっかりで悪いけど、ベルは博物館に残って頂戴。アーティとひよりはヤグルマの森を探しておくれよ」

頷く私の隣で、訳が分からないだろうベルちゃんもアロエさんの気迫に押し負けたようでとりあえず頷いてみせていた。ベルちゃんから離れ、一応腰についているボールを確認する。

「いいかいアーティ、アンタがひよりを案内してやんな!ひよりのことは三つ子から話が行っているだろう?この子に何かあったら……どうなるか分かるね」
「分かってるよアロエ姐さん」

アロエさんに指差されながら言われたアーティさんは苦笑いをしながら頷く。そうして半ば脅しに近い忠告を残して、アロエさんは颯爽と3番道路に走りだした。私はアーティさんと一緒にヤグルマの森へ。

「キミがひよりさんなんだね。じゃあ行こうか。ドロボウ退治とやらにさ」
「えーっとお、よく分からないけど博物館を守ればいいんだよね?ひより、気をつけてね!」
「ありがとう。ベルちゃんも気をつけて!」

細い腕をぶんぶんと振るベルちゃんに振り返し、アーティさんの後に続いて走り出す。……そのまま道なりに行くと、鬱蒼と草木が茂っているところまでやってきた。今までも周りは緑ばかりだったけれど、この先は特に生い茂っている様だ。

「この先がヤグルマの森だよ。確かに、ここに逃げられると厄介かもね」
「ですね」

森を睨むように見上げて足を踏み入れる。少し歩くと、二手に分かれた道が現れた。道は二つ。ならば二手に分かれた方が効率がいいだろう。アーティさんに提案をしてみると、眉をハの字にしながら私を見る。

「キミ一人で大丈夫?キミに何かあったら……」
「私だってトレーナーです。みんながいるから大丈夫です!」
「そうかい。でも気をつけてね……何かあったらすぐにボクを呼ぶんだよ?」
「は、はい。……?」

どうやって呼べばいいんでしょうか?内心ツッコミを入れながらも頷くと、アーティさんは私の頭を撫でて「それじゃ」と真っ直ぐ伸びる道を走って行く。それを見送ってから三人をボールから出すや否や、グレちゃんが私の前にどっしりと立つ。

『プラズマ団を追っているんだろ?何があるか分からないからお前は俺の後ろにいろ。チョンは上から状況確認、ロロはひよりの後ろな』

進化したからなのか、今まで以上にしっかりしているような気がするぞ。なんと頼もしい。ロロもチョンもそれに頷いてそれぞれの位置について歩きはじめる。……それから幾分も経っていないが、空からプラズマ団を探していたチョンが早速私たちの元へと帰ってきた。

『ひよりー、この先にプラズマ団が数人いたよー』
「えっ二人じゃないの!?」

いつの間に増えたの?なんて考えても仕方がない。進むしかないのだ。
ふと、グレちゃんが急に立ち止まってばちりとたてがみを光らせる。見ればプラズマ団がすでにボールを構えて私を待ち構えているではないか。このプラズマ団、骨を持っている様子は窺えない。どうやら足止めのためにやってきた団員のようだ。

「戦っていくしかない、かあ……」
『さ、頑張ろう、ひよりちゃん』

極力戦いたくはないんだけれど。それを知ってか知らずか、ため息をつく私の後ろからロロがにこりと笑って歩み寄る。チョンも空から降りてきて、プラズマ団を睨むように鋭い目線を突きつける。

「追いかけられないようにここで痛めつけてやるぜ!」
『そんなことさせねえよ』
「グレちゃん、ニトロチャージ!」

指示を出しながらプラズマ団の腰についているベルトを見る。付いているボールは当たり前のように一つでは無かった。……先はまだ、遠い。





「早く追いかけないと俺たちの仲間逃げちまうぜ!」

……もう何人のプラズマ団と戦ったのかすら覚えていられない。つい先ほど戦ったプラズマ団から煽り文句を貰ってから森の中を走り続け、早数十分。

「どこだー……?」

額の汗を拭いながら乱れた息を整える。走っていたからか暑くなってきた。一瞬迷ったものの暑さには敵わず、長めのスカートを膝上まで捲くって横でまとめてからぎゅうと縛ると、すぐにグレちゃんから注意が飛んできた。肩をすくめてからゆっくり横目で見てみる。

『お、お前、それ止めろ!』
「暑いし走りにくいしこれぐらい許して!見苦しいけど気にしないでください!さあ進みましょうグレアさん!」

この前レシラムさんと話たときに聞いたこと。私が着ているこの服は、レシラムさんの仕立てらしい。それからグレちゃんと出会ったとき、シママたちから逃げる手助けをしてくれたのはやっぱりレシラムさんだったようだ。……服のデザインは私好みではあるけれど、しかしなんでよりにもよってスカートなんだろう。機能性を考えるとズボンの方が絶対いいのに。なんて今更なことを考えていたら、いつの間にかグレちゃんが私の真後ろに立っていた。ふと、首元に動物特有の湿った鼻先が触れてびっくりしているのもつかの間。

「……うええっ!?」

襟首を咥えられ、軽々と持ち上げられたと思うとやんわりグレちゃんの背へ放り投げられる。投げられたにも関わらず、絶妙な位置にうつ伏せの体勢で乗っかることができた私。きっとグレちゃんのコントロールが良かったから地面に落ちることが無かったに違いない。うつ伏せからもぞもぞと起き上って、背に跨る形になる。ふと、上空からはチョンの羨ましそうな声が聞こえてきた。チョンもグレちゃんに乗りたいようだ。

『これでお前は走らなくて済むだろう。プラズマ団を見つけるまでに元に戻しておけ。絶対だぞ』
「…………はい」

何も言い返せません。そうして私を乗せたまま、グレちゃんは森を再び走り出す。私を気遣ってなのか速度はあまり無かったものの、それでも私は振り落とされないようにしがみ付くのに必死で捲りあげたスカートを戻すのはプラズマ団を見つけるほんの少し前となってしまったのだった。ちなみに、この後すぐにロロも背に乗せることになる。





「……あ!居た!」
「追っ手だと?まさか仲間が倒されたのか!?こんな子供に!?」
「こ、子供じゃないです!」
「仕方ない!俺が相手だ!」

ちょっと私の話も聞いてほしい。骨を抱えた男が焦ったようにモンスターボールを投げてきたため、一緒にグレちゃんの背に乗っていたロロに合図をするとひらりと軽く地に下りる。

「ロロ、お願いね!」
『任せて子猫ちゃん。すぐ終わらせるよ』

──……ロロの言葉通り、ものの数分で勝負はついた。
いつもの謎の言葉と一緒に悔しそうに顔を歪めるプラズマ団の男。そうして渋々私の前までやってきて、抱えていた骨をゆっくり差し出してくる。それを受け取り、抱きしめた。……よかった。アロエさんの大切な骨、ちゃんと取り返すことができた。安心と達成感に肩の力を抜いたのもつかの間、すぐ後ろから声が聞こえた。

「大丈夫ですか?王様に忠誠を誓った大切な仲間よ」

すぐさま振りかえって見ると、茶色い服装の老人が立っている。何時からいたのか分からない。全く気配が無かったように感じる。ただならぬ人物の出現に、慌てて後ずさって距離をとる。その間、私に骨を渡したプラズマ団の男が申し訳なさそうな表情を浮かべながら老人へと駆け寄った。……何かを話しているようだ。

「今回は諦めましょう。調査の結果、我々が探し求めている伝説のポケモンと無関係でしたから」
「……それって、」

レシラムさんたちのことなのでは、。思わず言葉に出してしまいそうになったものを慌てて飲み込み、口を手で押さえる。ふと、急に"七賢人"と呼ばれていた老人が険しい表情をこちらに向けてきた。威圧に負けて固まる身体に、びりびりと麻痺する感覚を覚える。

「……ですが、我々への妨害は見逃せません。二度とジャマだてできないよう、貴方には痛い目にあってもらいましょう」
「っ!」
『ひより、下がれ!』

グレちゃんの声を遠くに聞きながら、くらりと半回転する視界に私の盾となるように体勢を構えるロロたちの姿を捉える。……瞬間、後ろから誰かに両肩を引かれた。びっくりして身体を飛び跳ねるよりも早く、その人物の胸の中へと収まってしまう。

「だ、だれ、……!」
「ああ、よかった。間に合ったみたいだね」
「ア、アーティさん!?どうしてここに、」
「虫ポケモンが騒ぐから急いで来てみたらなんだか偉そうな人いるし……さっきボクが倒しちゃった仲間を助けに来たの?」

アーティさんの方にも足止めがいたらしい。すると今度は遠くの方からアロエさんが走ってきて、プラズマ団たちを睨むように見た。一気に立場は逆転だ。ついさっきまで立っていた鳥肌もようやく治まりを見せる。

「ふむ。これはちと分が悪いですな。ここは素直に引きましょう。……ですが我々はポケモンを解放するためトレーナーからポケモンを奪う!ジムリーダーといえどこれ以上の妨害は許しませんよ」

そういうとプラズマ団の男と共に素早くその場を去って行く。老人らしからぬ素早さに驚きが隠せない。とにかく、助けてもらったアーティさんにお礼を言ってグレちゃんたちのところに向かう。

「素早い連中だね。どうするアーティ、追いかけるかい?」
「盗まれたホネはひよりさんが取り返したし、あんまり追い詰めると何をしでかすかわかんないです」

何も考えていなさそうで、実は誰よりも考えていたのはアーティさんだったのかもしれない。彼の言葉から時折顔を覗かせる知的な思考に意外性を感じつつ、身を翻すアーティさんを見る。

「じゃあボク戻りますから。……ひよりさん、ヒウンシティのポケモンジムでキミの挑戦を待ってるよ。うん、楽しみ楽しみ」

森を抜けてあっという間に姿が見えなくなるアーティさんを見送った後、アロエさんに抱えていた骨を差し出した。まるで赤子を受け取るような手つきで骨を抱くアロエさんを見て、本当に大切な骨だったことを改めて思い知る。取り戻せて本当に良かった。

「取り返してくれて本当にありがとうよ」
「私も無事にアロエさんに渡せてよかったです」
「アンタのように優しいトレーナーなら、一緒にいるポケモンも幸せだね。な、そうだろ?」

アロエさんが丁度近くにいたグレちゃんの頭を優しく撫でながら話しかける。グレちゃんからの返事は無いものの、仕草で言葉に答えるようにアロエさんの手を鼻先で軽くつついている姿をみて口元が緩む。

「ひより、この先を真っ直ぐ行って大きな橋を渡ればヒウンシティさ。何かあったらあたしのところにおいで。いつでも待ってるからね!」
「……はいっ!」

日に日に薄くなっているお母さんの姿を頭にしっかり思い描きながら、アロエさんはお母さんみたいだなあとふと思う。姿形が、というよりもその雰囲気が似ているのだ。優しく包みこんでくれるし、何よりも頼りがいがある。

「気をつけて行ってらっしゃい、ひより」
「いってきます!」

もうそろそろで日が暮れる。久しぶりの"行ってらっしゃい"の言葉をみしめながら、私もヤグルマの森を抜けるため歩き出した。



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