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旗が真っ直ぐ上へ伸びて、二つのボールが宙で弧を描く。アロエさんが投げたボールから飛び出してきたのはミルホッグ。私はこの子で勝負だ。

「チョン、よろしくね」
『うん、オレに任せてよ。頑張るからさ』

え?なんて、思わずチョンを二度見してしまった。いつもより話す速度が速くなっているからなのか、何処となく凛々しい雰囲気を感じる。語尾を伸ばしていない、ということもそう感じる一つなんだろう。
チョンにとってはこれが初めてのジム戦だ。緊張しているかと思いきや、案外そうでもないらしい。

「エアスラッシュ!」
「避けて近づきな!」

チョンが空中で鋭い風をミルホッグに向ける。ざく、ざくと次々に地に風が突き刺さるがミルホッグを捕らえることはできず。それよりチェレンくんが言っていたのはミルホッグで間違いないだろう。ハーデリアは力でガンガン攻めるタイプだったし催眠術は一切使ってこなかった。……これは警戒しないと足を取られてしまうかもしれない。気をつけよう。

「ミルホッグの目に気をつけて、続けてエアスラッシュ!」
『ざくざくやっちゃうよー!』

楽しげにエアスラッシュを続けるチョンにどんどん距離を縮め、そしてミルホッグがチョンの真下にきた瞬間。

「今だよ!催眠術で眠らせちゃいな!」

アロエさんの指示と同時にミルホッグが思い切り地面を蹴り上げ、宙にいるチョンのまん前まで飛んできた。思ってたそばから来ました催眠術……!予想以上の跳躍力のミルホッグに驚きつつ、こうなったらもうチョンが眠らないことを祈るしかない。

『うわー!君、羽もないのに飛べちゃうの!?』
『お休み、坊や』

チョンが目を丸くして驚いているちょっとの間に催眠術をかけて、ミルホッグが地に戻ると同時にチョンも地面へとぽとりと落ちた。

「あ、あちゃー寝ちゃったよ……!」
「ふふ、残念だね。ミルホッグ、夢食いだ」
「っ!」

指示に従い、じわじわとチョンの夢を食べていくミルホッグ。これはまずい!まずいぞ!……そうだ、ここでチェレンくんからもらったものを使わない手はない。そう思って慌ててバッグを漁り、貰った木の実を取り出してチョンのところへ駆け寄った。……だがしかし。

「使い方がわからない……!」

寝てるのにどうやって食べさせろというんです?ゲームのように木の実を出したからと言って自ら食べてくれるわけもなく、未だに眠っているチョンは全く木の実に反応を示さない。おろおろしている間にもどんどん夢は食われていくばかり。

「ああもう!力ずくで食べさせる!」

チョンを上に向かせてからガッと口ばしを片手で開けて小さく砕いた木の実を無理やり口の中へ入れた。……ごくん、と飲み込む音が聞こえる。よ、よかった。ちゃんと食べてくれたようだ。今度から木の実は事前にすり潰しておかなければ。

『あれー、オレ……?』
「チョンおはよう!まだバトル中だよ!もう一回、空飛んでギリギリまでミルホッグさんを引きつけてくれる?」
『んー……、あっ!わ、分かった!』

寝ぼけた様子で頷くチョンを一回撫でて元の場所へと戻る。チョンが再び宙へ飛び立つと、またしてもミルホッグが真下に走ってきて同じように飛び跳ねた。……やっぱりまた眠らせにきたか。でも地獄のループはさせないぞ!

「追い風、続けて風起こし!」
『空中戦ならオレ負けないよ』

追い風が吹いて相手の体が宙でぐらりと傾く。風で周りを囲まれ焦っている様子が伺える。これはいい流れだ。

「風起こしの中にエアスラッシュ!」
『わあ、意外に手厳しいなあひより』

そ、そうかな。そういうチョンだって苦笑いしてるけれど、先ほどよりもかなりエアスラッシュを叩き込んでるような。ミルホッグは現在風に閉じ込められている。そのためエアスラッシュは確実に当たってしまうわけで、。

「──ミルホッグ戦闘不能。よって、チャレンジャーの勝ちです!」

上げられた旗と共にチョンと私の歓声が響いた。そうしてお互いに腕と羽を思いっきり広げながら駆け寄って、チョンが私の懐へと舞い降りるや否やすぐさまその場にしゃがみこんで顔を擦り寄せる。

『オレ頑張ったでしょー!』
「頑張った!チョンありがとうー!」
『えへへー、もっと褒めてー!』

本当に気持ちいい手触りだなあ、なんて思いつつわしゃわしゃ撫でてあげていると、アロエさんが目の前までやってきてにこりと笑う。

「さ、このベーシックバッジを受け取っておくれ」
「ありがとうございます……!」

落とさないよう、慎重に受け取ってからバッジケースに丁寧に仕舞った。並んだ二つのバッジ。……こうして集まっていくのを見ると、嬉しくもなるし熱い気持ちが湧き上がる。私の膝の上に乗っかっているチョンと一緒に夢見心地で貰ったバッジを眺めていると。
ふと、騒音が部屋全体を支配する。思い切り開かれる扉に、驚きの目を向ける私とアロエさん。入ってきたのは確か受付にいた男の人だ。かなり焦っている様子に肩で息を繰り返している。

「ママ!!大変!大変だよ!!プラズマ団という連中がホネをいただく!って……」
「なんだって!?」

ただならぬ事態に、風の如く全速力で走って行くアロエさんの後を追う。ジムを抜けて博物館へと行ってみれば、見学していた人たちが端の方へ固まっていた。いや、固まらされた、という方が正しいようだ。部屋の中央部には相変わらずの悪趣味な格好をしたプラズマ団がいる。すぐさまこちらに気が付くと、ニヤリと妖しげな笑みを浮かべた。

「来たかジムリーダー!……む、お前はこの前のトレーナー!?また我等の邪魔をするのか」

私を指差して睨むプラズマ団の男。どうやら地下水脈の穴で戦ったときと同じプラズマ団員のようだ。みんな同じ顔に見えてしまっているからきっと言われなかったら私は分からなかっただろう。また性懲りもなくこんなことをするなんて信じられない。

「我々プラズマ団はポケモンを自由にするため博物館にあるドラゴンのホネをいただく」
「我々が本気であることを教えるため、あえてお前の前で奪おう」

その瞬間、ボンと何かが破裂したような音とともに周りが黒に包まれて辺りが見えなくなった。煙すぎて思わず目を閉じ軽く咳き込む。その間「プラーズマー」という意味不明の言葉が耳に入り、若干の苛立ちを感じたことは言うまでも無い。

「なんてこったい……」

咳き込みながら目を開けるとアロエさんが膝をついて展示されていたドラゴンの骨を見ていた。視線の先は一部欠けている虚空。……いや、まだ大丈夫だろう。今追いかければまだ間に合うはず、諦めるにはまだ早い。

「アロエさん。プラズマ団はまだ近くにいるはずです。手分けして探せば絶対捕まえられますよ!」
「ひより……」

アロエさんがゆっくり顔をあげて私を見た。ポケモンだけに留まらず、博物館の大事な展示品にまで手をだすなんて。本当にやること成すこと碌でもない。

「……そうだね。とっ捕まえてちょいと説教してやろうかね!」
「はい!」
「行くよ!」

ジムリーダーが一緒ともなると心強いし、何だか私までいつもより強くなった気分である。そうして立ちあがるアロエさんと一緒に、博物館を走り出た。



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