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あれから数時間。草むらで野生のポケモンと戦ったりトレーナーと戦ったりでお昼を少し過ぎた頃。
私たちはポケモンセンターに再び戻り、少し遅めの昼食をとる。腹が減ってはなんとやら。既に緊張でお腹いっぱいではあったけれどそこに無理やり食べ物を押し詰めてから、早速博物館にやってきた。たくさんの化石がガラス越しに並ぶ部屋を突き抜け、広大なバトルフィールドが広がる場所へと足を踏み入れる。

「わあ、ここにも骨がある」

何の骨だか私にはさっぱりだけど歴史あるものを見るのは嫌いじゃない。緊張を紛らわすことも兼ねてガラスの中に静かに鎮座している骨をじっと見ていると、奥の方から威勢のある声が聞こえてきた。その声に顔をあげると、褐色肌の女性が挨拶代わりに片手をあげる。

「こんにちは。あたしはアロエ。シッポウジムのジムリーダーさ」
「こんにちは。私はひよりといいます。……ジムに、挑みにきました」
「ああ、アンタが!サンヨウの三つ子たちから話は聞いてるよ」
「えっ」

話。私はそんなの聞いていない。アロエさんの話を聞くところ、デントさんたちがKに関してヒウンシティのジムリーダーさんにまで話を通しておいてくれたようだ。私が旅をしやすいよう根回ししていてくれたらしい。本当に感謝。

「気遣ってくれてる三つ子のためにも、何よりアンタ自身のためにも強くならなきゃいけないねえ。その踏み台にでも使って貰えればいいけど……逆に踏み台にされちゃうかもねえ」
「っ!ま、負けません……!」

アロエさんが階段から降りてきてバトルフィールドに立つ。手にはすでにボールが握られていて、口元は弧を描いている。トレーナーらしき人もやって来て、その手には前サンヨウジムでも見た二つの旗が握られている。
早速ジム戦のはじまり、というわけだ。

「行きな、ハーデリア!」
「お願いグレちゃん!」

勢いよく挙げられた旗と同時に二つのボールが宙へ舞い上がる。アロエさんが使用するポケモンはノーマルタイプだ。格闘タイプがいれば私の流れに持ちこめたかもしれないけれど、そう上手くはいかないものだ。ここは力技で何とか押し切るしかない。

『ワシに負けぬように精々頑張るんだな、小僧』
『甘くみてると痛い目あうぞ、おっさん』
「グレちゃんニトロチャージ!」
「ハーデリア奮い立てる!」

……先手必勝。アロエさんよりも先に指示を出す。いや、アロエさんもジムリーダーの余裕から私に先を譲ってくれたのかもしれない。
それより私が恐れている奮い立てるという技。ゲームではトラウマの一つにもなっていた。あれを積まれたときはもう手のつけようがないことは既に承知済みだ。できれば早いうちに倒したい。けれど不可能に近いことは分かってるから、とりあえず速さだけでもあげておく。

「とっしんで迎え撃ちな!」

グレちゃんとハーデリアの距離が大分近づいたとき、アロエさんの指示で今まで動かなかったハーデリアも走りだした。速さならグレちゃんの方が上だけど、力となると微妙なところだ。不安になりながらも二匹がぶつかるその瞬間を手に汗握ったまま見守る。

『ワシの突進、受けてみよ!』

ドン!、大きな地響きが身体を震わせる。二匹の衝突の衝撃でフィールドから砂埃と煙が立ち上がり、どんな状況なのか見ることができない。それでも何とか目を凝らしながら霞む周囲を見ていると、突然、砂埃を眩い光が突き抜けた。

「なに……?」

何が起こっているのか分からない不安からその光を瞬き一つしないでじっと見つめていたら、次第に砂埃が収まってきて視界もやっと晴れてきた。そうして見えたのは、全身から謎の光を発光しているグレちゃんだった。それからさらに光は強くなり、とうとう姿が見えないぐらいになってしまった。
──……光、もしかして、。

「進化……!?」
『ふん、ここで進化とは……面白い』

ハーデリアの声を聞きながら、思わず口が開いてしまう。……これが、進化。
とんでもなく眩しい光に圧倒されてやっと目を開けていられるという状況。すると突然、光がバッ!と周囲に飛び散った。思わず目を瞑り、瞼を閉じても感じる光にゆっくり目を開け、息を飲む。

「──……グレちゃん、」
『これなら少しはお前を心配させないで戦えるかもしれない』

こちらに近づいて来る足音。聞き慣れない低音。

『──さあ、続きをやろうか』

白と黒が織り成す身体に、閃光が走る。
……ひと回り、いやそれ以上。とにかく随分と大きくなったグレちゃん……ゼブライカが、私の目の前に立っていた。

『ひより、早く指示を』
「う、うん」

妙な緊張に動きが鈍ってしまう。
少年のような中間の音域だった声が急に艶のある低音に変わったんだもの、動揺するに決まってる。何だか別人と話しているような感じがするけれど、目の前にいるゼブライカは紛れもなくグレちゃんだ。……よ、よし。落ち付け私。とにかく今はハーデリアを倒すことに集中集中。

『あのおっさん、堅いぞ』
「そうみたいだね」

確かに二匹ともぶつかったはずだがお互いダメージはあまりなかったらしい。力の面で不安を感じてはいたものの、進化してくれたおかげでその心配はだいぶ減った。それから図鑑をバッグから取り出してグレちゃんに向ける。……覚えている技が増えている。ゲームとは違って技も4つ以上使えるから選択肢が増えて有り難いのが半分、余計にバトルへの苦手意識が増えるのが半分というところ。

「いいもの見せてもらったね」
『ふん、体が大きくなっても小僧は小僧だ』

ぱちぱちと手ばたきするアロエさんの前で、ハーデリアが鼻を鳴らした。それから二体が態勢を整え、進化で中断していたバトルが再び始まる。
旗があがるとすぐに飛び出して勢いよくぶつかり合う。舞い上がる砂埃と一緒にバチリと電気が見えた。

「そのまま噛み砕く!」
「グレちゃん放電!」

飛び掛かるハーデリアを目前に、バチバチィ!と荒々しい音が鳴り響きフィールドが一気に光に包まれた。……ヘタすると私も巻き込まれていたかもしれない。放電ってこんなに迫力のあるものだったのか。今度指示するときはもうちょっと後ろに下がっていなければ。

『まあ、こんなもんだろう』

光が消えたと思うとグレちゃんが一回足を踏み鳴らして、くるりとハーデリアに背を向ける。……見れば先ほどまでどっしり構えていたハーデリアが、今では横たわっていた。アロエさんが既にモンスターボールを向けて「お疲れさん」なんて戻しているのが目に入る。な、なんという……。

『ひより?』
「お、お疲れさま!ええと……グレちゃん?」
『何で疑問形なんだよ』

何事も無かったように歩いてきたグレちゃんに伸ばした手を一回引いて、ジッと見つめた。シママのときは私が屈まないと目線が合わなかったのに、その目線が今では普通に立っていても若干上向きだ。……随分と大きくなってしまったようで。

「……触ってもいい?」

もう一度、頬に添えるように手を伸ばすと、こくりと一度頷くグレちゃん。そっと触れ、太い首に腕を回して飛びついてから柔らかな毛並みに頬擦りすると、真っ白の角の間を小さくぱちりと電気が走った。それに驚きながら少しだけ身体を離して、改めて進化したグレちゃんを見つめてみる。

「しかしまあ、随分とかっこよくなったねえ」
『……近い』
「ああ、ごめん」

切れ長の目がふい、と横へ移る。まん丸だった可愛らしい目は一体何処へ……?真逆にキリッと細長になった目元にちょっと名残惜しさを感じつつ、口だけで謝りながらそのまま観察を続けていた。ふと、グレちゃんの目線がゆっくり私に戻ってくる。

『ひよりなら次も大丈夫。そうだろう?』
「……うん、!」
『頑張れ』
「ありがとう」

鼻先を撫でてからボールに戻して、別のボールを片手に握る。それから深呼吸をして、前を見据えた。まだ戦いは、終わっていない。



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