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……いい匂いがする。重たい瞼をゆっくり開けてベッドから体を起こしてみると、狭かったベッドには今や私だけしかいなかった。

昨晩のこと。
ロロとチョンに一緒に寝たいとせがまれて困った末、ロロに関してはポケモンの姿のままならと許したのが事の始まり。どうせならグレちゃんも一緒に、と2人が無理やりベッドに引きずりこんだのだ。ポケモンの姿だったとはいえ三人とも小さいとは言えない大きさである。随分と容量オーバーな狭いベッドではあったからか、ちゃんと眠れた心地がしない。

「……もしかして寝坊したかな」

ぐしゃぐしゃに乱れた髪を軽く手で整えながら辺りを見回すと、ベッドのすぐ横から寝息が聞こえてきた。そこにはベッドから落ちたであろう、ロロとチョンが折り重なるようになっているうえにロロは何故か擬人化したまま眠っている。チョンの下にいるロロは実に寝苦しそうだ。こんなになってまでよく寝ていられること。
余談。チョンの寝相は最悪だった。羽を何度顔に叩きつけられたことか……。とりあえずベッドから静かに降りて、2人を起こさないように横を歩き抜ける。

「んー……」

思い切り上に腕を伸ばして背伸びをする。これがまた気持ちが良い。そのまま思いっきり欠伸をすれば、少しだけ霞む視界に黒を捉えた。既に呆れ顔が向けられていて、慌てて口を閉じる。……さ、流石にこれは恥ずかしいぞ。

「お、おはようグレちゃん!」
「でかい欠伸……」
「そ、それは見なかったことに……って、何してるの?」
「何って……飯を作っていたんだが」

ほら、と手渡されたお皿には美味しそうな朝食が綺麗に盛り付けられている。捲られている袖を見てからもう一度お皿を見て瞬きを繰り返す。……グレちゃんがお料理できるなんて。それよりも擬人化できるようになってからまだそう日が経っていないのに随分と人間らしいことをするではないか。

「これ、本当にグレちゃんが作ったの!?すごい!」
「ひよりの見様見真似でやってみたんだ。だから味の保障はしないぞ」

素っ気なくそういうと、私の横を過ぎてロロとチョンのところに行き2人の前でしゃがむグレちゃん。「いい加減起きろ」なんて声をかけつつ2人を揺するも反応は無い。チョンは幸せそうに羽を大きく広げたままロロの上で寝ているし、ロロは相変わらず寝苦しそうな表情のままである。ふと、グレちゃんが振り返って私を見た。

「ひより、フライパン持ってこい」
「うん……?」

まだ料理をするグレちゃんの姿が想像できなくて突っ立っていた私は、グレちゃんの声でハッとする。簡易キッチンまで歩いていきフライパンを掴む。これを使って騒音で起こすのかな?なんて思いながらグレちゃんに手渡すと、なんと、無言のままフライパンを振り上げた。

「ぐ、グレちゃ、……!」

ゴン。とても良い鈍い音が連続して聞こえた。……どうやら打撃用のフライパンだったらしい。ハラハラしながらロロとチョンを見ていると、もぞもぞと芋虫のように動きだす二人。それを確認するとグレちゃんはため息をついてから何事もなかったようにキッチンに戻っていく。……な、なんていうことだ。

『あ、おはよーひより。なんか頭痛いー……』
「あはは、チョン、頭にこぶ出来てるよ。……うわ、俺もだ」
「べ、ベッドから落ちたときにできたんじゃないかなっ!?」

納得したように2人はうんうん頷くと、お互いにできたこぶを見て笑いはじめた。寝ぼけていて何があったかさっぱり分からないみたいだし知らないままの方がいいだろう。
ふと、ロロが頭をあげて鼻から空気を思い切り吸い込んだ。どうやら早速匂いを嗅ぎつけたらしい。チョンもそれに気付いた様子でテーブル向かって一直線に飛んでゆく。

「いつもありがと、ひよりちゃん」
「どういたしまして、って言いたいところだけど今日は私じゃないんだ」
「どういうこと?」

首を傾げるロロのためにキッチンを指さした。それを目で追って辿り着いた人物に目を丸くしながら「嘘でしょ」なんて二度見、三度見をするロロの姿に可笑しくなる。とってもいいリアクションだ。

「出来たぞ。チョンが待ってる」

捲くっていた袖を降ろしながら私たちを呼ぶグレちゃん。テーブルに来てみれば、テーブル下に置かれたお皿を目の前にチョンがお預けを食らっている。私とロロも早速席について両手のひらをゆっくり合わせた。……いただきます。一口食べて、ゆっくり噛みしめ喉に通し、目を見開く。

「すっごく美味しい……!」
「なら良かった」

一言返してから特に表情を変えないで再び食べ始めるグレちゃんをジッと見た。……も、もしかすると私より料理が上手なのでは?一応女の私として、これは悔しい……!よ、よし。これからは出来るだけ料理するように心がけよう。

「それにしてもグレちゃんが料理できるなんて意外だったな。知ってる?料理できる男はモテるんだよ」
『カッコいいーグレちゃんー!』

2人が褒めるとグレちゃんはぴたりと動きを止めて丸い瞳をぱちぱちさせる。それから目線を斜めに「本見れば誰にでも出来るだろ」なんて言うと再び朝食をとり始めた。赤くなっている顔は隠しきれておらず、ロロとチョンと目配せをしながらこっそり笑う。嬉しいなら素直に喜べばいいのになあ。

「そ、それよりひより、」

今日はどうする予定だ?、早口に私に問うグレちゃん。これは……私に話しを振って逃げたな。
それはまあ置いておき、今日は午前中にバトルの特訓練習、そして午後からは二つ目のジムに挑戦する予定である。昨日の今日でまたジム戦とは我ながらなかなかの速さだと思うけれど、バトルの感覚を身体が覚えているだろうことを考えると、あまり間を空けない方がいいのかもしれない。
これを話すと3人からは二つ返事が返ってきた。よし、今日の予定はこれで決まりだ。食べ終わったら準備を済まして、昨日チェレンくんが向かっていた草むらにでも行ってみようと思う。仲間も増えたしどうやってバトルの練習をしようか。そんなことを考えながら、グレちゃんが作ってくれた美味しい朝食を食べ進めるのだった。





部屋の鍵を返却するためロビーへ行くと、チェレンくんが長椅子に座っていた。手を振るとチェレンくんも軽く右手をあげて立ち上がる。腰についているボールが無いから、ポケモンの回復を待っていたんだろう。

「ひよりはこれからジム戦?」
「うん。特訓してから行く予定。チェレンくんは?」

するとチェレンくんがバックに手を突っ込んでもぞもぞと何かを取り出した。出てきたものはバッジケースで、開けると2個目のバッジが既に綺麗に並んでいる。昨日この街に着いたばかりだというのに、もうジムバッジを貰ったなんてびっくりだ。

「ついさっきジム戦をしてきたところなんだ。そうだこれ、ひよりにあげる。ジム戦のときに役立つと思うよ」

そう言って渡されたのは木の実。カゴの実だよ、とチェレンくんが中指で眼鏡をあげる。カゴの実。はて、どんな効果のある木の実だったっけ。慌てて図鑑をバッグから出して検索していると、結果が出る前にチェレンくんが教えてくれた。眠り状態に陥った時、この木の実を食べさせるとすぐに目を覚ますらしい。一体どんな成分が含まれている木の実なのか少し心配になったけれど、一般に出回っているぐらいだからきっと食べても平気なものではあるんだろう。

「ここのジムリーダーのアロエさんはよく眠らせてくるからね。気をつけたほうがいいよ」
「ありがとう。チェレンくんはもう次のところに行くの?」
「ああ、回復が終わり次第出発しようと思う。またどこかでね、ひより」

それから頑張って。、そう付け加えたチェレンくんがにこりと笑った。それに大きく頷いてからポケモンセンターを後にする。私もジム戦に勝って、早くチェレンくんに追いつけるよう頑張ろう。



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