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新たにハトーボーさんを仲間に加えて、再びシッポウシティへと続く3番道路を歩き始める。
あれからハトーボーさんと少し話をしたけど、なんというか"さん"よりも"くん"っていう方が合っている気がしてきた。……つまり、このハトーボーくんは子供っぽい。口調のせいもあるとは思うけれど仕草や雰囲気もまさにそれ。

『ねえ、ひよりー。オレにはナマエ、くれないのー?欲しいなー』
「私が考えてもいいの?」
『もちろんだよー!』

私の斜め横あたりの上空を自由気ままに飛ぶハト―ボーくん。ちなみにグレちゃんとロロはボールで待機中である。そんな中、ロロのボールがかたりと揺れた。

『チョンチョン跳ねながら歩くから"チョン"でいいんじゃない?』
『……"チョン"?』
『お前なあ……単純な名前にも程があるだろう』

ボールの中からいつも以上にくぐもった声がした。ロロの笑いを帯びる声とグレちゃんの呆れたような声だ。いやいや、確かにハトーボーくんが歩く姿はロロの言う通りだったけれど、流石の私もグレちゃんと同意見である。まあ、明らかにロロは冗談のつもりで言ったんだろう。誰もそんな単純な名前受け入れないわ!……、と決めつけてしまったのはどうやら間違いだったらしい。

『チョン!オレ、チョンー!』

急上昇、急降下を繰り返し、見るからに喜んでいるハト―ボーくんを是非とも見せてあげたくてロロをボールから出してあげた。出た瞬間にそれを目の当たりにして、その場に固まるように佇むロロ。

「気に入ったみたいだよ。よかったね、ロロ」
『……ひよりちゃんも冗談だって分からなかった?分かりにくかった!?』
「すっごく分かりやすかった」
『ひよりちゃん……もっとちゃんとした名前、考えてあげて……』

それだけ言うとロロは自分からボールに戻って行った。そう言われても、今の私の頭ではチョン助とかチョン太郎とかそういうのしか思い浮かばない。あとでどこかで辞書を調達して、どうにかこうにか"チョン"というようなあだ名が付けられる名前を見つけなければ。

──ふと、前方。
どこかで見たことのある人物が歩いている姿を発見する。ここは一本道だから、あとどれ程も経たないうちにすれ違うことになるだろう。どこだ、どこで見たんだろう。あの眼鏡と特徴のある跳ねた髪……それから少し不機嫌そうな顔、。

「……あの、」
「!」

ジッと見ていたのがいけなかった。重なり合う目線に身体を飛びあがらせ、速足でやってくる彼に口ごもる。トレーナーとトレーナー。視線が合ったらやることは一つしかない。当たり前のように向こうもすでにボールを片手に、戦う気満々といったところだろう。

「僕はチェレンです。よろしく」
「……わ、私はひよりです。宜しく、お願いします……」

思わず額に手を当ててため息をつく。自らが招いた事である。あまり乗り気じゃないけれど、私も渋々ベルトに付いているボールに手を伸ばした。……、そのとき。

「どけどけーっ!」
「っわ!?」

急に後ろから強く押されて足が縺れた。バランスを崩して倒れそうになったところ、近くに居たチェレンくんが私の手首を掴む。ぐいー、と引っ張られそのまま元より少し後ろに戻ることが出来た。

「何だよ今の……。大丈夫ですか?」
「はい、ありが、」

引っ張られた私は抱き止められる感じになって、そのまま顔をあげればすぐ目の前にはチェレンくんの顔。チェレンくんの方が私より若干背が高い。丁度私が顔をあげた時、チェレンくんが俯き加減になっていてお互いに瞬きを一回、二回と繰り返す。

「……すっ、すみません!」
「い、いえ、」

バッ!と離れて謝るチェレンくんに歯切れの悪い返事を返した。チェレンくんの顔が赤くなっているのが見えてしまって、私までどんどん恥ずかしくなってくる。そ、そんなに赤くならないで欲しいんだけどな!?

「あっ、チェレン!?」

私たちの妙に気まずい雰囲気を壊すように女の子が二人走ってきた。まさかこの子にもこんなところで会えるなんて思ってもみず、目を丸くしながらその姿を拝む。こちらもチェレンくん同様、ゲームでは度々お世話になっていた金髪の女の子が、肩で息をしながら私たちの前で立ち止まった。

「ベル?」
「ねえねえ、今の連中どっちに向かった?」
「あっちだけど」
「ああもう!なんて速い逃げ足なの!」

むきいー!とベルちゃんが頬を膨らます。頬を膨らますなんて仕草、きっと私がやっても何ともないんだろうけれどベルちゃんがやると本当に可愛いし良く似合う。そんなベルちゃんの隣にいた女の子がふらふらと足元へやってきたと思うと、小さな手が私の服の裾をぎゅっと握りしめる。

「……あたしのポケモン、"ぷらずま団"ってひとたちにとられちゃったの……」
「えっ!?」

ベルちゃんと話していたチェレンくんにも聞こえたのか、「それを早くいいなよ!」とベルちゃん向かって言い放つ。どうやら先ほど私を突き飛ばしたのはこの女の子のポケモンを盗んだプラズマ団だったようだ。女の子の手は小刻みに震えていて、大きな瞳からは今にも涙が零れ落ちてしまいそうで、見ていられなくなってしまう。膝を曲げ、女の子の手をしっかり握ってから笑顔を作った。私のつま先は、既に斜め向こうを向いている。

「私、取り返してきます」
「僕も行きます。ベル、その子は頼んだよ」

ベルちゃんが頷いて女の子の手を握りながら、心配そうに私とチェレンくんを見た。「気をつけてね」、かけられた声に大きく頷き、チェレンくんと共にプラズマ団が向かった先へ走りだす。……早く、取り戻してあげないと。





「チェレンくん、ここって……」
「地下水脈の穴、ですね」

有難いことに一本道のおかげで迷うことなく、プラズマ団たちがいるであろう場所に来ることができた。人が隠れられるような場所もなかったし、ここでほぼ間違いはないだろう。というか、今更ながらこんなイベントがゲームであったような気がしないでもない。もしかしなくても、ゲームのストーリーに巻き込まれている……?

「行きましょうか、ひよりさん」
「あ、ちょっと待ってくれませんか?」

チェレンくんから少し離れたところでチョンをボールに戻してから、今度はグレちゃんを出した。勿論、明かり役としてである。暗い場所だけはどうしても避けたいけれど、こればっかりは仕方ない。

「電気で照らして欲しいんだ。宜しくね、グレちゃん」
『分かった。俺が先頭で歩くけど、足元気をつけろよ』
「うん、ありがと」

軽く撫でてから急いで戻ると、チェレンくんは顎に手を添え私を見る。気になって訊ねてみたものの、返ってきたのは「何でもないです」の一言だった。相変わらず首を傾げてみたもののそれっきり気にすることは無く、早速暗い洞窟へと足を踏み入れる。


──ひんやりとした空気で満たされている洞窟内。
私たちの足音と、どこかで水滴が垂れる音だけが静かに響く。

「そっ、そういえばチェレンくんって何歳なんですか?」

グレちゃんの電気のおかげで多少明るくはなっているが、やっぱり暗いところはちょっと怖い。それをどうにか紛らわすためにもチェレンくんに話を振ってみたものの、無言で私へと向けられる冷ややかな視線。「なんで今そんなことを、」……絶対そう、思ってる。結構チェレンくんは顔に出るタイプだと思った。

「……14、ですけど」
「え!なら、私の方がだいぶ年上ですね!」

空かさず返ってきた「え……!?」なんて間の抜けた驚きの声。グレちゃんもチェレンくんと同じような声を出していたのを聞き逃しはしなかった。この流れからすると間違いなく実年齢よりも幼く見られていたに違いない。

「てっきり同じぐらいかと、」
『ひよりちゃんって童顔だもんねー。あ、でも俺はちゃんと分かってたよ?本当だよ?』

チェレンくんの言葉に頷くグレちゃんと、ボールの中から微妙なフォローをするロロに思わず顔が引き攣った。しかし、まあ……世界が変われば見方も変わるだろうと、言われることはないだろうと思っていたのは甘かったようだ。

「こっちでも童顔って言われるなんて思ってもみなかった……ショック」
『事実なんだから仕方ないだろ』
「グレちゃんもそう思ってたんだ……っくそー!いつか化けてやる!」

私だって化粧次第で大人っぽくなる……はず。いいや、なる!でも悲しきかな、今の私にはお金がないからこちらで化粧できるのはいつになることやら。悔しさと皮肉を込めてグレちゃん向かって指をさしていると、ついさっきまで黙っていたチェレンくんが口を開いた。

「ひよりさんって、もしかしてポケモンと話せるんですか」
「……あ。え、えーと………は、はい……」
「なら、トウヤを知っているんじゃ、」

チェレンくんだから大丈夫かと思って答えると、意外な名前がぽんと出てきた。勿論、トウヤくんはこちらの世界に来てから出来た初めてのお友達である。知っているに決まってます!ああ、このイベントをやるはずだったであろうトウヤくんは、今頃どこで何をしているのやら。

「やっぱりひよりさんのことだったんだ」
「何のことですか?」
「この前トウヤと会った時にポケモンと話せる人と会ったって、何だか嬉しそうに話してましたよ。僕やベルにも会わせたいってね。……半信半疑でしたけど、先ほどまでのことで確信しました」

へーそうなんですねー。、なんて簡単な相槌をしたけれど内心は凄く舞い上がっていた。だってトウヤくんが私のことを話してくれていたなんて思ってもみなかったんだもの。それが余計に私を嬉しくさせていた。トウヤくんで思い出したけど、ギリギリまで敬語のままのやり取りだったことが少し寂しく思っていたところ。チェレンくんともこのままいくと、敬語のままでお別れになりそうな気がしてならない。……思い切って提案してみようか。

「えーっと、……チェレンくん。これから一緒に戦うだろうし、敬語はやめて普通に話しませんか」
「でもひよりさん、僕より年上じゃないですか」
「そっ、そんなの関係ない!あと"さん"もいらない!」

目の前で両手を合わせて頼み込むと「分かりました」と渋々頷いてくれるチェレンくん。無理強いしちゃったみたいだけど、まあいいや。
……ふと、グレちゃんが立ち止まって電気の彩度をグッと抑える。急に暗くなる周辺に心臓が小走りになる。

『どうやら、敵さんたちに着いたみたいだ』

グレちゃんの隣に急いで行って、薄暗い先へ視線を向けるとプラズマ団らしき姿がぼんやり見える。

「……ここは先手必勝だよね?」
「そうだね。ここは僕が戦うよ。ひよりさ……ひよりはそこで見てて」

チェレンくんが私とグレちゃんを追い越しプラズマ団のいる方向へボールを投げ放った。てっきりまだ気付かれていないと思っていたけれど、どうやら私の思い込みだったらしい。向こう側からも同じように黒い塊から光が伸びるのが見えた。体勢を構えるプラズマ団とやっと正式に対峙する。
プラズマ団が出してきたポケモンはチョロネコ、対するチェレンくんはツタージャだ。

「お前らのポケモンも奪ってやるよ!」
「出来るものならやってみなよ」

眼鏡を中指で軽く上げるチェレンくんの姿に密かに感動を覚えつつ、これから始まろうとしているバトルに緊張する胸元をぐっと押さえた。動く気配に、息を飲む。

──……なんて、決着は思っていたよりもあっさりついてしまった。折角だからバトルのお勉強をしようとしていたものの、チェレンくんの圧勝すぎてあんまり勉強にならなかったような気がしなくも無い。けれどこれはとても有難い結果である。

「あの子のポケモンを返してください」

私の言葉に何も返答は無い。代わりに負けたはずのプラズマ団の男の顔には謎の笑みが浮かんでいた。どうしてだろう。……考える暇もないうちに、奥からまた一人、対峙する男と同じ衣服を纏った男が闇からゆっくり姿を現す。

「相手は二人、我々も二人。こちらの結束力を見せつけ我々が正しいことを教えてやるよ!」

一歩、踏み出していた足を戻してチェレンくんの隣へ立つ。……グレちゃんが荒々しい光を生む。戦う準備は万端だ。

「ひより、僕たちも彼等に思い知らせてやろうか」
「そうだねチェレンくん」

──……ぴちょん。
雫が落ちる音を皮きりに両者一斉に飛び出した。ダブルバトルの、開始である。





『ま、こんなもんか』
『ハッ、相手にもなんねえな』

グレちゃんが軽く足を踏み鳴らす。チェレンくんのチョロネコも言葉を捨てるように吐いてから退屈そうに欠伸をした。向こう側には目を回しているミネズミが2匹転がっている。
なんだかんだで初めてだったダブルバトルも案外あっけなく終わっていた。ミネズミたちとプラズマ団の息が合っていなかったのが、きっと彼らの敗因だろう。

「ポケモンは返す……だがこのポケモンは人に使われ可哀想だぞ」

私に向かってモンスターボールを放り投げると、背中を向けて暗闇に溶けるプラズマ団たち。ここはこのまま見逃がすことにはしたけれど、「いつか自分の愚かさに気付け」なんて意味深な言葉を残された。貴方たちもポケモンを使っているのに、何を言っているんだろう?と不満を覚えたのは確か。そしてプラズマ団の言葉が心にひっかかってしまったのもまた事実である。

洞窟から出るとベルちゃんと女の子が待っていた。駆け寄ってきた女の子に早速モンスターボールを手渡すと、嬉しそうに小さな両手でボールを包みながら安心を含む満面の笑みで頬ずりをする女の子。

「ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん!」
「どういたしまして」
「ほんと、よかったねえ」
「うん!」

女の子がボタンを押すとモンスターボールからはヨーテリーが飛び出してきた。そのまま女の子に思い切り飛びついてぺろぺろと顔を舐めるヨーテリー。最大の愛情表現をするヨーテリーとそれを一心に受ける女の子はとても幸せそうである。

「ひよりちゃん!貴女がトウヤが話してた子なんだね!」
「そうみたい」
「あたしベル。よろしくね!」

早速チェレンくんから聞いたのか、ベルちゃんが手を差し出してきた。人懐っこい笑顔と雰囲気に腹の底からやってくる謎の声が漏れそうだ。私もしっかり手を握って挨拶すると、ベルちゃんが「はううう、」なんて可愛い声とは対照的なすっぱい顔を浮かべながら私と女の子を忙しく何度も交互にみる。

「ごめんねひより。ゆっくり話したいけどこの子を送ってあげないと。じゃあまたね!」

嵐のような勢いでやってきて、そして去って行くベルちゃんを見送る私の顔はだらしないぐらいに緩みっぱなしである。思えばこっちにきてからジョーイさん以外の人間の女の子と話したの初めてかもしれない。増える仲間は何故か雄ばかりだし、貴重な癒しを得るためにも可愛すぎるベルちゃんと友達になれたのは本当に良かった。今度はゆっくりお話したいし、一緒にお買いものにも行きたいし……なんて、夢は膨らむばかり。

「ねえ、ひよりはこの後どうするの?」
「私はシッポウシティに行くよ。チェレンくんもでしょう?一緒に行こうよ」
「……まあ、いいけど」

"旅は道連れ世は情け"、なんて言葉もあることだし、シッポウシティまでチェレンくんと助け合いながら進むのも良いだろう。助け合いながら、よりも助けられながら、の方が合ってしまうかも知れないけれど。

──結構な距離を歩いたものの、未だ到着できないシッポウシティ。
改めてゲーム上の距離と実際の距離とのありすぎる差に絶望した。既に日も傾きかけてるし、野宿にならないことを祈るばかりである。



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