3



サンヨウシティを越え、地図を見ながら現在地を確認。
──ここは3番道路というらしい。国道何号線、とかいう感じに道路全てに数字が割り当てられているようだ。
まだ手持ちが少ないため二人ともボールから出したまま道を行く。時たますれ違うトレーナーさんと戦いながらゲームでいうところの経験値上げを行っていた。ジム戦を経てから、バトルをするにも大分心に余裕が出てきたような気がする。ちょっとずつ自信が付いてきているという証拠かも知れない。

「二人とも大丈夫?結構戦ってるけど」
『俺は全然平気だよ。ほとんどグレちゃんが頑張ってくれてるからね』
「そうだねー……」

ロロの言うとおり、私は指示を出されながらのバトルに慣れていないだろうグレちゃんを優先的に戦わせていた。ロロの足取りは軽いけど、対するグレちゃんは少し重たそうだ。朝のうちにサンヨウシティを出てきたけれど、今はもうお昼近くになっている。うん、そろそろ休憩しようかな。

「あ、あそこの大きな木のところとかいいかも」
『休憩?やったー』

見るからに気持ちのよさそうな木陰を作っている大きな木。真っ先に走っていく元気なロロの背を見ながら、私とグレちゃんも続いて木陰に入った。鞄を横に、腰を下ろして一息吐く。

……そよそよと優しく吹く風も心地いい。
グレちゃんとロロには周りに人がいないかきちんと確認をし、また用心に用心を重ねて端に生い茂る林の中で擬人化をしてもらう。その間に私はお昼ご飯を広げて、紙コップにお茶を注いでいた。

「はい、どうぞ」

気だるげに戻ってきたグレちゃんにサンドイッチを手渡す。今朝、ポケモンセンター内で売っていた食パンと材料を使って簡単に作ったものだ。思えば外でご飯を食べるなんていつぶりだろう。とにかくすごく久しぶりだ。たまにはこういうのもいいかもしれない。

「うーん、やっぱり人間の姿の方がいいな」

続いて背伸びをしながらロロが出てきた。ロロにもサンドイッチを手渡そうと持って行くと何故か両手を掴まれて引き寄せられる。いつの間にか腰に手がまわってきてるし、……嫌な予感しかしない。

「俺はサンドイッチよりもひよりちゃんが食べたいんだけどなー。いつになったら攻略できるんだか」
「な、何それ……ひゃ、っ!」

耳元に息がかかって自分でもびっくりする声が出た。今の誰の声ですか?と訊ねたい。とてつもなく恥ずかしくて、すごい早さで顔に熱が集まるのを感じる。それが自分で分かっているから見られたくなくて素早く俯くと、くすり笑う声が聞こえた。
……絶対わざとだ。こうなるって分かってやったんだ!悔しいけど、あれを不意打ちでやられて耐えられるほど私はまだロロに慣れていない。

「……」
「……グレちゃん」

両肩を大きな手で掴まれ後ろに引っぱられる。背中にトンと何かがぶつかって顔を上げると口をもぐもぐさせながらロロを睨むグレちゃんがいた。ちなみに私はグレちゃん胸の中に丁度いい具合に収まっていて、改めて男の子だなあ、なんてしみじみ思う。あんなに可愛い姿からこんなになっちゃうんだもん、本当に擬人化というのは不思議である。

「気をつけろっつってんだろ」
「そんなこと言われてもどうすればいいのか分からないよ」
「……それもそうだ」

そういってため息をつくグレちゃんの後ろからロロが笑顔で身を乗り出してきた。いつの間に後ろに回ってたのかさっぱり分からない。

「スキンシップだよ、スキンシップ!」
「過度なスキンシップは控えるように」
「はーい」

ロロをぺちんと軽く叩くと、さっきまで座っていた場所に戻って再び食べ始めるグレちゃん。……あ、これは何を言っても無駄だと悟ったな。私もロロはこういう人で、さっきみたいなことは全て挨拶程度のスキンシップだと割り切れば心臓は強化されていくはず。うん、そうだ、そうしよう。





木陰の下、座って空を仰ぐ。雲はゆっくりと流れて柔らかい日差しが降り注いでいた。私の隣ではレパルダスに戻ったロロが丸くなって寝ていて、その少し離れたところには同じくシママに戻ったグレちゃんが手足を折り曲げ眠っていた。

「外でのんびりするのも気持ちいいなあ……」
『そうだよねー、のんびりって、いいよねー』
「ねー……ん?」

……あれ、今私、誰と話した?
普通に答えてしまったけれど、聞いたことない声だった。聞こえ方から判断すると、さっきの声はポケモンのはず。首を傾げながら隣を見てみるけれど、ロロもグレちゃんも先ほどと変わらず目は閉じたままである。

『あれれー!君、オレの声聞こえるのー?』
「え?え?」
『ここだよー、君の真上ー』
「上?」

言われて上を見上げてみると、一本の太い枝にそのポケモンは佇んでいた。私と目が合うと嬉しそうに羽をバタバタさせる。素早くバッグから図鑑を取り出して彼に向けると音声が流れる。
"ハト―ボー のばとポケモン どんなに とおく はなれても トレーナーの もとに かならず もどってくる ことが できる。"……確かマメパトの進化系だったような。しかし進化系がこんな序盤に野生で出てくるものなのか。

『君ってやっぱり、ポケモンの言葉が分かるんだー!?』

上からふわりと降りてきて、私の前へと着地するハトーボーさん。それと同時にさっきまで眠っていたはずのロロが飛び起きて、私とハトーボーさんの間に立った。いつの間にかグレちゃんも起きていて、睨むようにこちらを見ている。

『小鳥ちゃん、俺の子猫ちゃんに何か用?』
「ロロ、」

鋭い爪が牽制する。……かと思えば、ハト―ボーさんがチョンチョン跳ねてからクルルル、と高音を喉から鳴らす。なんだか笑っているようにも聞こえる声である。

『へえー、君の爪って便利だねー。オレ、羽だからそういうのできないー』
『……な、なんだコイツ。威嚇されてんのが分かっていないのか?』
『そうみたい。どうやら警戒する必要はなかったみたいだね』
『だな』

そういうと、二人揃って欠伸をする。ナイスタイミング。それより何だろう。このハトーボーさんはすごくのんびり屋というか、ほわほわしているというか。語尾が伸びてしまうのは癖なんだろうか。

『……よーし、決めたー!オレ、君について行くことにするよー。さあ、オレを捕まえてー』
「は……はいいっ?!」

へにゃ、とハトーボーさんが笑う横からロロとグレちゃんからも驚きの声があがる。私も突拍子も無いことを突然言われて、瞬きが止まらない。すぐ目の前までやってきたハト―ボーさんと目線を合わせて首をひねる。

「え、ええと。何か理由があるんですか?」
『うんー。その前にー、君のポケモン、さっき人間になっていたでしょうー?擬人化って、本当にできるものだったんだー!って、びっくりしちゃったんだー!』

グレちゃんとロロが目線を斜め下へと下げる。どうやらしっかり上から見られていたらしい。大きな木だし、葉も青々と茂っていた。ハト―ボーさんはそれに上手く隠れて私たちのことを暇つぶし程度に眺めていたのかもしれない。

『それにさー君、新米トレーナーさんなのにどうしてこんなに強いポケモン持っているのかなーって』
「!」
『"レパルダス"ってー、目の色、緑色じゃなかったっけー?どうして青と黄色なのー?』
『……痛いとこ、突いてくるなあ』

ぼそりと呟くロロを撫でると"平気だよ"とすかさず返事が返ってきた。
……このハト―ボーさん、抜けているようで今の短い時間の間に私たちのことを恐ろしいぐらいしっかりと見ている。思わず息を飲み、改めて目線を合わせると再びクルル、と歌うような声を出す。

『ごめんごめんー、今のはちょっとした質問。別に答えが知りたいとは思ってないよー。"みんなちがって、みんないい"って、本にも書いてあったしねー』
『結局、お前は何が目的でコイツの手持ちになろうとしてんだ?』

グレちゃんの問いに羽を広げて、軽く宙を舞ったと思うと私の膝の上に着地する。ふかふかの羽が鼻のすぐ前を通り思わずくしゃみが出そうになってしまった。膝に乗る重みに耐えつつ、ボタンの様な目を見つめる。

『オレは、君のことが知りたい』
「私がポケモンの言葉が分かるから、ですか?」
『それもあるし、擬人化についても知りたいからさー。君のポケモン、二匹とも擬人化できるのって、もしかして君に何かあるからなのかなーって』
「期待外れになってしまいそうですけど」
『それでもいいよー。オレが決めたことだから後悔はしない』

バッサバサと身ぶり手ぶり……いや、身ぶり羽ぶりしていたハト―ボーさんが羽を閉じ、綺麗に仕舞うと私を見る。

『だからさ、……オレを、仲間にしてください』

グレちゃんとロロをちらりと見れば、仏頂面とお手上げの首振りを返されてしまった。目線を戻してハト―ボーさんを見れば、まさに輝く瞳は変わらず私を映し続けている。"後悔はしない"、そう言ったハト―ボーさんを信じて、新品のボールをバッグから取り出し右手に握る。

「本当にいいんですか?」
『もちろんー!……いざ!』
「あ、!」

ハト―ボーさんの嘴がボール中央のボタンを突くと空っぽのボールが勢いよく開く。膝の上の重みが消えると同時に光と共にボールの中へ吸い込まれていった。一度揺れたきり、静かになったボール。それを見つめて持ち上げながら、グレちゃんとロロにキメ台詞。

「……ハト―ボーさん、ゲットだぜ……?」



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