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サンヨウジムに挑む予定ではあったけれど、私を含めてグレちゃんとロロにも回復が必要だ。
入ってきた裏口から今度は外へ出て、表のお洒落な扉から入ると歓声がドッと押し寄せる。丁度バトルが終わったようで、舞台の上ではコーンさんと挑戦者らしきトレーナーさんが固く握手を交わしていた。そのトレーナーさんの腕の中には簡単な手当を施したミネズミがいる。どうやらコーンさんが白星を上げたらしい。

舞台近くに張り付いていたお客さんたちがちらほら散らばって行く。満足げに店から出る人や席について引き続き食事を楽しむ人など様々だ。出来れば直接デントさんたちにはお礼を言ってからポケモンセンターへ行きたいものの、入口から舞台は程遠い。それに加えて女性客に囲まれているコーンさんの姿も見える。

「……行きにくいなあ」

入口で立ち往生していると、ウエイトレスさんと目が合った。すかさずこちらにやってきて、「いらっしゃいませ、お一人ですか?」とにっこり笑みを浮かべてきた。愛想の良さそうなこのウエイトレスさんに甘えて伝言でも頼んでおこうか。そう思って紙とペンを求めると、一瞬不思議そうな表情を浮かべたもののまたすぐに笑顔に戻るウエイトレスさん。ポケットから出されたそれらを有難く受け取って、紙に筆を走らせる。

「よっ!話、終わったのか?」

肩を軽くたたかれ後ろを向けば、燃えるような赤髪が目に飛び込む。彼がウエイトレスさんに目配せをすると、察したように一礼をしてから他のお客さんのテーブルへと歩いていった。

「ポッドさん、いつの間に」
「さっきの間だな」

続けてポッドさんが「オレあばれたかったのになー!」と口先を尖らせながら言う。戦えるのは一つのジムにつき一人である。しかしこのジムにはジムリーダーが三人もいるし、偏りが起きてしまうのは仕方の無いことなのかも知れない。ポッドさんに苦笑いをしてから、たった今書き終えたメモを手渡す。

「本当にありがとうございました。あ、これ、デントさんとコーンさんに渡しておいて頂けますか?」
「へえ……オマエ、意外に礼儀正しいんだな」
「な、!ど、どういう意味ですか!?」

おっさんにビンタかますぐらいだから、とんだじゃじゃ馬娘かと思ったぜ!、なんて笑い飛ばすポッドさんに顔から火が出そうな思いだ。あれはあれ、これはこれ!とにかくメモも渡したし、ポッドさんには直接お礼も言うことができた。今日はここにもう用は無い。逃げるように扉に手をかけ、外へ出る。

「明日、待ってるぜ!」

背後から飛んでくる声にゆっくり振り返ると、扉に寄りかかったままメモ書きを握る手を上へと掲げて満面の笑みを浮かべるポッドさんの姿があった。彼は相当バトルが好きらしい。それに軽く一礼をして、私はサンヨウジムを後にした。





デントさんがたっぷり傷薬を塗り込んでくれたおかげなのか、思っていたよりも速く治療が終わりそうである。ちなみに私の傷の手当てをしてくれているのはジョーイさんの助手として働いているタブンネさん。ピンク色に丸みを帯びたフォルム。思わず抱きしめたくなる可愛さだ。
この世界には病院の代わりにあるのがポケモンセンターだけらしい。ポケモンだけではなく、人間の治療も華麗にこなせてしまうなんて凄すぎて感嘆のため息が出る。どれほどの知識がその頭には詰まっているんだろう。

『はい、終わりましたよ。お大事にしてください』
「ありがとうございました」

治療室を出て、ルームキーを右手にぶら下げ部屋へと向かう。タブンネさんに聞いたところ、グレちゃんたちの治療の方が先に終わっていたようで二人は既に部屋に居るらしい。ふと、二人にしたときどんな話をしているんだろう?と思ったもののこれといって面白いことは特に思いつかないため考えるのをやめた。
今日泊まる部屋もロビーからそう遠くなくすぐに着いた。扉を開けると、何処かで嗅いだことのある匂いが部屋に充満しているではないか。思わず顔をしかめると、グレちゃんと目が合った。

「おかえり、ひより」
「このお酒、どうしたの?」
「俺が貰ったのー。ひよりちゃんも飲む?」

空いている缶数の割に全然酔っている気配がない二人。押しつけられた缶を鼻をつまみながら押し返し、ロロの瞳の色に首を傾げる。

「ロロ、目……?」
「ああ、俺いつもはカラーコンタクトしてたんだ。まあ、元の色の発色が良すぎて完全には隠しきれていなかったんだけどねえ」
「でも私と会ったときは付けてなかったよね?」
「片方どっかに落としたみたいでさ、もう片方も外して探しているときに丁度ひよりちゃん見つけちゃったから探すのそっちのけで声かけたってわけ」

缶に口付けこくりと飲むと、随分と軽くなったらしいそれを片手にふらふら左右に振る。些細な仕草から見ても、ロロは随分と人間に馴染んでいるようだ。ふと、ロロが席を立つ。それと入れ違いに私が座り、グレちゃんがため息をついた。

「おや、随分とお疲れのようだねグレちゃん」
「もうにゃんころのお守は勘弁だ……うるさくて仕方ない」

テーブルに肘を突きながら額を覆う姿に苦笑いしかできない。外見はロロの方が年上なんだけれども、中身はなんとなくグレちゃんの方が年上のような気がしなくもない。まあ何はともあれ二人が楽しそうで何よりだ。
……背後、足音が聞こえたと思えばするりと首に腕が周ってきて肩に顎が乗せられる。驚きに飛び上がる前に耳元聞こえた声が腰にくる。

「さあマスター。俺はもう君だけのポケモンだ。好きなだけ可愛がってよね」
「そっそういうことはレパルダスの姿になってから言ってください!」
「あはは!顔真っ赤。だから余計にからかいたくなっちゃうんだよねえ」
「ぐぬぬ……!」

言われて慌てて顔を隠すも既に遅し。赤くなるのはどうにもできないし、だからといってこうも毎回やられるのは非常に気に食わない。どうにかしてロロに慣れなければ。これは、私に課せられた義務である。
ふと、ロロの瞳が二色に戻っていることに気づく。先ほど席を立ったのはどうやらコンタクトを外すためだったらしい。何故あのタイミングなのかは分からないけれど、やっぱりこっちの方がしっくりくる。、というのは嫌味に聞こえてしまうかな。

「ほーれにゃんころ、ポケじゃらしだ」
「やっぱりグレちゃん俺のこと馬鹿にしてるよね?そんな安物でじゃれる俺じゃない」

とか言って擬人化しきれていない尻尾が揺れているのはどういうことだろう。ついでに言えば、今すぐにでもポケじゃらしに伸びそうな手……──、って。はて、さっきロロは「グレちゃん」と言ったような……?いやいや、私の気のせいだ。……で、納得できずに二人の会話をよーく聞くことにする。

「グレちゃんさあ、俺の邪魔ばっかりするのやめてくれない?嫉妬お疲れ様ー」
「黙れにゃんころ」

びたん!と床に叩きつけられるポケじゃらしに素早く飛び付くロロを見て、それからグレちゃんに視線を移す。やっぱり私の聞き間違えではなく、しっかりロロは「グレちゃん」と言っていた。思わず隠せないにやける口元のまま、グレちゃんの服の裾を引っ張った。

「グレちゃん、ロロが"グレちゃん"って!」
「な、なんでお前が嬉しそうにしてるんだよ」
「仲良くなったんだなあって思ってさ!」
「……アイツが勝手にそう呼んでくるだけだ。やめろと言ってやめるヤツじゃないってこと、お前も分かるだろう?」
「あ……」

げんなり、という言葉がぴったりだ。それからグレちゃんは席を立ち、ふらふらと備え付けられているソファに倒れ込む。それすら全く気にすることの無いまま、レパルダスの姿で一人可愛らしくポケじゃらしに飛びつくロロの姿を私は半笑いで見守った。……この先、少し心配だ。



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