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外装からお洒落な雰囲気漂うレストラン。
表の扉からは若い女性客が入っていく姿が度々見られる。そこを通り過ぎ、芝生が少し刈られているところから細道へ進むと右側に扉が現れた。

「こちらからどうぞ」

人一人が通れるぐらいの幅しかなく、順番に中へと入る。
どうやらこれは裏口らしい。中へ入ると長い廊下の壁越しにたくさんの人の声が聞こえてきた。すぐ向こう側はお店兼ポケモンジムなんだろう。すでにバトルが始まっているようで、歓声や拍手も耳に入ってくる。

「そこへ座ってください」
「は、はい……。すみません、ありがとうございます」

別の部屋に入り、これまたお洒落な椅子に座る。家具のセンスも抜群だ。そうしてやっと握られていた手を離してもらえたと思うと、横にセットで置いてある大きな丸テーブルに包帯、傷薬、綿布……手当て用品が次から次へと出されてくる。

「あの、お店は大丈夫なんでしょうか。ここまで用意して頂ければ、あとは自分でも出来ますから、」

この三人はゲーム上役割を担っている重要な人物たちでもあることは既に承知済みだ。その三人が、揃いも揃っていつまでもこんなところにいていいわけがない。お店も繁盛しているようだしこれ以上迷惑をかけるのも心苦しいというのもある。……その辺の意図も込めて訊ねてみたものの、帰ってきたのは明るい声。

「オレたちだけで店を回しているわけじゃない。だから三人揃って買いだしにも出られていたんだぜ。オマエが気にすることは何もない!」
「でも、」
「申し遅れました、僕はデントです。そしてコーンとポッド。はい、少し沁みますよ。我慢してくださいね」

……デントさん、どうもズレている気がするぞ。
私の言葉に上乗せしてきたと思うと、傷薬をそれはもうたっぷりと染込ませた丸い綿が私の手の甲へと押し付けられた。瞬間、ピリリと電気が走るように痛み、傷口に水分が広がると同時にその痛みも広がってゆく。

「いーっ、いーっ!!」
「デント、容赦ないですね」
「え?」

コーンさんに激しく同意しつつ、足を強張らせたまま意味もなく宙に浮かべて身悶える。手は固定されたままのため、空いている方の手でじたばたするけどこれで痛みが無くなる訳も無い。どうやら自分が思っていたよりも傷口は深かったようだ。少しどころかかなり痛くて涙が目の淵で留まっては視界を曇らせた。かといってどうすることも出来ないため、そのまま歯を食いしばって痛みと戦う他ないらしい。

「で、デントさ……っ!もう、いいです!傷薬は十分です!」
「いやいや、もっとたっぷりとですね、」

表情一つ変えずに、赤く染まった綿を取り替えると言葉通りまたしてもたっぷり水分を含ませるデントさんに血の気が引く。目をこれでもかとかっ開いて、椅子に反対側から座っているポッドさんと買ってきたものとメモ書きを照らし合わせているコーンさんを見る。

「ポッドさん!」
「ま、頑張れよ!」
「コ、コーンさ、……」
「そうですね、我慢できたらこのコーンが美味しい紅茶とデザートをお持ち致しましょう」

"だからそのままでいてくださいね。"ということなのか。もしくは"今は手が離せないので構っている暇はありません"なのか。どちらにしても、私はこのまま再び水分を傷口から吸収するしかなさそうだ。

「我慢できたら、ですよ?」
「……がまんします」

子供扱いされているのは気のせいだと思いたい。ああ、でももうこの際何でもいいや。確かこの三つ子さんたちが淹れる紅茶はとても美味しいと聞いたことがあるような無いような。
とにかく私は、目の前にぶら下げられた最高の餌を得るため、またしても歯を食いしばるのであった。





「さあ、終わりましたよ。……えーっと、」
「……私はひよりと言います」
「ひよりさん。よく頑張りました」

ニコニコと笑顔を浮かべるデントさんに苦笑いをして手を見れば、きっちり綺麗に包帯が巻かれていた。時間をかけたことはある。応急処置というレベルを超え、ちゃんとした治療となっていた。私だったらこんなにきちんと出来なかったなあと、関心しつつ緊張を解すため深いため息を吐く。

「お約束の品ですよ。ひよりさんにぴったりのメニューを選びました」
「わあ……っ!」

テーブルも動かしてもらい、すぐ目の前に紅茶とタルトが運ばれてきた。タルトの上には見たことのない果物が乗っているけれど、色を見ると苺やラズベリーみたいなものだろか。また一つ、向こうの世界とは違うものに新鮮味を感じながらまずはカップを手に取った。白地に小花がワンポイントに描かれている可愛らしいカップだ。飲む前から匂いが鼻孔を通り抜け、思わず顔が緩んでしまう。……こくり。紅茶を喉に通し、びっくりする。

「どうだ?うまいだろ?」
「すっごく美味しいです……!今まで飲んできた紅茶の中で一番美味しいかも……」
「はは、褒めるのがお上手ですね」
「お世辞じゃないですよ?」
「やっぱ分かるヤツには分かるんだよなー!」

ガッ!と頭を掴まれたと思うとポッドさんの手がわしゃわしゃと私の髪を乱す。撫でるとかそういう可愛いもんじゃない。完全に近所の子どもを褒めるやんちゃなお兄さんの手である。揺れる視界の中、首元の蝶ネクタイを直しているコーンさんを捉える。

「お仕事途中だったんですよね。本当に何から何までありがとうございます。……それに、」
「偶々見かけて、こちらが勝手に手を出しただけなので気にしないでください。まだコーンたちは駆け出しのジムリーダーですが、この街の治安も守る義務もあるんですよ」
「……ま、義務なんか無くても助けてたけどな」

ジムリーダーとして当然のことだろう!、ポッドさんが歯を見せ笑う。それからボールを片手に扉のドアノブを握った。それに続いて、コーンさんとデントさんもボールを構える。扉を抜け、廊下の向こうには彼らの行くべき場所があるのだ。

「それでは、僕たちはこれで失礼致します。……どうぞ"ごゆっくり"お過ごしください、ひよりさん」

ありがとうございます。お礼を言う前にそれに気づいてしまい、私は言葉を飲み込んだ。丁寧に閉じられる扉を見つめた後、急に静かになった部屋を振り返る。
私の名を呼ぶデントさんの目には、私はどこにも映っていなかった。……映っていたのは、部屋の片隅で銅像のように鎮座している紫色の猫の姿だったのだ。


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