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研究所。Kの口から出た言葉が突き刺さる。
自分のポケモンであるロロさんを、ポケモン改造専門の研究所へ実験台ポケモンとして提供したという。その報酬として莫大な金を受け取ったうえ、優れた身体能力、美しい毛並み、そして左右で色の違う瞳を持つレパルダスを手に入れたことを心から嬉しく思っている。……そうKは私に話した。

私はてっきり、ロロさんの瞳は生まれつきのものだと思っていた。でも実際はそうではなく、人間の私欲が原因であの瞳になってしまったのだ。ロロさん自ら望んでいたものでもない。もしもこんなことにならなければ、今まで余計な言葉で傷つくことなんてなかったし、もっと幸せな日々を送れていたはず。……絡まる網の中で視線を完全に落としているロロさんをチラリと見ては、拳を握る。

「ロロさんの気持ちを考えたことはありますか」
「はは、面白いことを尋ねるお嬢さんだ。ポケモンの気持ちなんて関係ない。たかがペット、いや、道具かな。飼い主が、使い手がどうようと勝手じゃないか」

グレちゃんはポケモンだけど不甲斐ない私を考えながらしっかり支えてくれているし、この短い間に色んなことを教え、与えてくれた。ポケモンは可愛がられるだけのペットじゃない。使われるだけの道具でもない。……共に生きてゆく仲間だ。

「定期的に改造結果を報告しないといけないんだ。そうしないと私の身に危険が纏う。……さあ、ロロを返してもらおうか」

ゾクリと鳥肌が立った。Kの言葉を合図に網に入っている二人にスーツの男たちが次々と向かっていく。ばちり、と音だけの電気は網に邪魔されて男たちに届くことはない。

「そうだな、そこのシママも一緒に渡せば少しは金になるだろうか」
「グレちゃんっ……!」
「動くな」

押さえられる手首に更に加えられる力は痛くて思わず顔を顰める。悔しくて歯を食いしばることしか出来ない。二人が危ないのに、どうして私は、。

「──痛ッ……」
「な……なんだ?!」

俯くと同時ぐらいだろうか、男たちの呻き声が聞こえてきた。驚いてすぐさま顔を上げてみると、男たちの足元には硬い木の実がいくつも転がっている。どうやらそれが腕にぶつかった様子で、片方の手で腕をさすりながら道の先と木の実を交互に睨んでいる男たち。

「よし!ヒットだぜ!」
「ありがとう、ヒヤップ」
「──……それよりこれは、どんな状況なのかな?」

三匹のカラフルなポケモンと一緒に、またまたカラフルな髪色のウエイターさんたちの姿。まさかこんなところで出会うなんて予想外の展開だけど、彼らが来てくれたおかげで状況は一変した。

「……サンヨウジムのジムリーダーです」
「……仕方ない」

スーツの男が耳打ちをすると、ため息をついたKがぱちんと指を鳴らす。その音で一斉にKの元へ男たちが集まり取り囲むようにしてからサンヨウシティへの道を行く。
このまま帰ってくれるのはありがたいけれど、散々やられてこのまま帰すのは気に食わない。
腰が抜けて力の入らない足になんとか力を込めたら立ち上がることができた。それから無心でKの周りを取り囲んでいる男たちの間を走り抜け、Kの胸倉を思い切り掴む。

「何かね、お嬢さん」

私が小娘だからって完全に舐めている。こんな状況でも金歯を怪しげに光らせて私を見下ろすKのその頬に、──力一杯の平手打ちをお見舞いしてやる。
響く乾いた音と、じいんと熱くなる自身の手の平に、笑みを隠すことは出来なかった。





叩いたあとで何かされるかと少し心配になったけれど、そのままKは何をするでもなく、口角を少しだけ上げると私に背を向けその場を素直に去って行った。
そうして小さくなってゆく黒い集団を静かに見送る。

「……は、ああ……っ!」

今頃震えがやってきたと思うと全身の力も抜けてしまった。そのまま地べたにへたり込み、下を向いて冷え切った自身を抱え込む。未だばくばくと鳴りやまぬ心臓の音を目を閉じながら聞いていると、腕に何かが当たった。柔らかく、艶やかな感触だ。

『ひよりちゃん、』
「ロロさん、ごめんなさいっ……!」
『──……、』

首元に腕を回して、ロロさんを思い切り抱きしめた。頬に触れている毛並みはやっぱりとても良いもので、だから余計に苦しくなる。
過去を掘り返された上、私とグレちゃんも"知ってしまった"。ロロさんは二重の意味で傷付けられたのだ。

「私がロロさんの言うことを聞いて逃げていれば、」
『……そう、だね。君が先に逃げてくれてさえいれば、俺はこんな気持ちにはならなくて済んだのかもしれない』
「……はい、」

今更謝ってもどうにもならないけれど、今の私にはこれしかできない。本当に悪いことをしてしまったと思えば思うほど視界が歪んで、目の淵に涙がやってくる。泣きたいのはロロさんの方だろうに、私が泣いてどうするんだ。

『……俺のせいで怪我させちゃって……本当に、ごめんね』

必死に舌を噛みながら零すまいと我慢していたのにその一言に驚いて、一粒だけ涙を落としてしまった。
身体を離してロロさんを見ると、目を無くなるぐらいに細くして、にゃあん。と一度愛らしい声でなく。その姿に喉の奥が熱くなり、唇が震えだした。

『あのね、ひよりちゃん。俺、今までずっとこの瞳が大嫌いだったけど、……少しだけ、好きになれたんだ』
『──君が、ひよりちゃんが真っ直ぐに俺を見て、"綺麗ですね"って笑ってくれたから』

笑顔でそう告げる貴方に零れる涙は止めることが出来なくて、これを皮きりに再びすがって嗚咽を漏らす。何だかロロさんの代わりに私が泣いているようだ。ロロさんの声色は別段変わったところも無ければ、私を心配する言葉も漏らしている。……まるで、"なく"方法を忘れてしまっているような。

『……ひより!』
「グレちゃあん……!」

汚い顔のまま、今度は後から駆け寄ってきてくれたグレちゃんに腕を伸ばす。
例の三つ子に手伝ってもらい、ようやくグレちゃんも網から抜け出せたようだ。ロロさんとは違ってとても良い毛並みとは言えないけれど、安心するそれに顔を埋める。突然何なんだ!?さっさと離れろ!とでも言いたいんだろう、グレちゃんは身体をもぞもぞ動かすと、鼻先で私の頭を忙しくつつく。

『ひより!』
「わ、分かったよ、離れるからもうちょっと……」
『お前、手!あんなに暴れるからまだ血が止まってないだろう!?』
「……手、……、」

グレちゃんに言われて手の甲をゆっくり見ると、確かに未だ出血は続いている。すると急に腕の力が無くなって、さらには急激な痛みと熱に襲われる。これは本当に私の手!?ああ!出来るならずっと忘れていたかった!……情けないが、今度は痛すぎて涙が出そうだ。

「これは酷いなあ」
「あ、……」

ふと、横から伸びてきた手が私の手の下に添えられて、そのまま上に軽く持ち上げられる。私の手を掴んでいるのは緑髪のウエイターさんであり、その横に赤髪と青髪のウエイターさんも並んでいる。顔を歪めたり、道の先を睨んだり、それぞれ考えていることは違うだろうが表情はどれも似通っていた。近くで見ればみるほど顔の作りはあまり似てないなあと思うけれど、この人たちは確実に例の三つ子さんたちである。

「とりあえず早く治療しないといけないね。さ、行こうか」
「あ、あの、どこへ……?」
「大丈夫、さあ立って」

有無を言わさずエスコート。答えは聞いていないものの、きっと今から行くのはポケモンセンターか、或いは、。
……まあ、ここは流れに任せるとしよう。緑髪のウエイターさんに手をしっかりと握られたまま、サンヨウシティへと歩き出す。

──……彼の深層は、分からぬまま。



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