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「ポケモンって、みんな擬人化できるものなの?」

来る途中に買ってきたおにぎりを頬張りつつ気になっていたことを尋ねてみた。が、ついこの前初めて擬人化できるようになったというグレちゃんには分かるわけがなく、返ってきたのは否定の言葉だけ。答えが分かるとは思っていなかったし、それもそうだよねーと適当に返事を返しつつお茶を注いでいると、ひょっこり横から手をあげたのは他でもないロロさん。

「それなら俺、知ってるよ」
「えっ本当ですか!」
「ここで擬人化できる仲間に会ったのも何かの縁だし、ご飯までもらっちゃったし。知ってることは教えてあげるよ」

にこり、細まった瞳が揺れたのは気のせいか。おにぎりを食べ終え指先を舐めると、「何から聞きたい?」と瞬きをする。
まずは"ポケモンがみんな擬人化できるかどうか"だ。
答えは、──……否。

「擬人化出来るポケモンは限られてくるんだ」
「何か条件があるのか?」
「俺もその辺はよく分からないんだけどね、多分ポケモンが人間に対して何でもいいから強い思いを抱けばなれると思う」

なるほど、とうんうん頷く私の横で、急に頬を火照らすグレちゃんに気がついて横から覗くと「見るな」と腕で隠されてしまった。なんだと首を傾げる私とグレちゃんを交互に見つつ、にやにや笑みを浮かべるロロさんが妙に気に食わなかったのでさっさと次の質問へと移動。

「じゃあ、擬人化できるポケモンもいるってことはここの人たちはみんな知っているんですか?」
「いや、ほとんどの人間が知らないよ。……そこが問題なんだよねえ」

わざとらしく片手を頭に添えると困ったように首を左右に振る。擬人化の条件を聞いた限り、長年旅をしているトレーナーのポケモンや人間と共に生活をしているポケモンたちなら簡単に擬人化できるはずなのに、なぜそのことを人間たちが知らないのか。……いや、

「知らないフリをしているんだろう」
「シマシマくん、ご名答」

ピッ!と指さされたグレちゃんはそれを一切無視して腕を組んだまま椅子の背にもたれかかる。その表情はどこか浮かなくて、静かに視線をロロさんに戻した。熱めに淹れたお茶は今では温くなっていて、湯気もとうの昔に消えている。猫舌なのか、未だなみなみとお茶を残しているロロさんはそれを一口飲んでから続きを話始める。

「どうして知らないフリをしているのか。それは、自分のポケモンだけしか擬人化できないと思い込んでいるからだよ」
「自分のポケモンが特別だと、目立っちゃって困るから知らないフリをしているってことですか?」

わたしの質問にお茶に伸ばした手を止めると両目をぱちくりさせるロロさん。それからグレちゃんの方を見て、苦い笑みを浮かべる。

「なに、君のトレーナーさんは箱入り娘か何かなの?」
「……まあ、色々とな」

へー、と簡単に返すと私に視線を戻して真っ直ぐに見る。私も今の話をちゃんと理解しながら受け答えをしているつもりなんだけど……な、何か私はまた変なことを言ったんだろうか。

「君はなんにも知らないんだね。まだ真っ白で、真っ直ぐな子。うん、知らないほうが幸せなこともたくさんあるよ。……でもさ、無知は罪ともいうんだよね」

そういうとロロさんはスッと椅子から立ち上がって私の頭を優しく撫でた。話の途中だし質問したいことはまだまだある。服の裾を掴んで、部屋から出て行こうとするロロさんを引きとめればまた両目を細めて困ったように笑う。

「さて、俺からの話はこれで終わり。このあと用事あるからさ、俺はこの辺で失礼するよ。また会えたらいいね、子猫ちゃん」
「ま、まだ、!」
「続きが気になるならシマシマくんに聞けばいいよ。彼の答え、大体合ってると思うから」

じゃあね、と私から話した手をひらりと振って足音立てずに部屋を去るロロさんの背を黙って見送る。
同じく沈黙したままのグレちゃんと二人部屋に残された私は、どうしても続きが気になって身体を元に戻して視線を答えを持つ彼へと向ける。

「グレちゃん、教えて」
「にゃんころの言葉じゃないが、知らないほうが幸せなことだってあるんだぞ」
「大丈夫、教えてよ」

ロロさんからもそうだったが……どうやら私は幼くみられている気がしてならない。もう子供じゃないし精神年齢は男より女の方が上だってよく言うじゃないか。ポケモンと人間の場合はどうか分からないが、とにかくどんなことだって受け入れられる心はある。
とうとう折れない私を諦めたのか、グレちゃんが渋々口を開いた。

「多分、だが」
「うん」
「他の奴に自分のポケモンを奪われて、研究所送りにされないために知らないフリをしているんじゃないかと思う」

──ポケモンを使って人間が使用する薬の開発実験、耐久実験などを行う"研究所"というものがあるという。そしてそこではより強靭な肉体や力を持つポケモン、他のポケモンと違った能力や外見、特性を生み出す実験もしているようだ。
私にとって夢のような世界だったここにも闇は当たり前のように広がっていた。"無知は罪"とはよく言ったものだ。

「野生のポケモンはもちろん、盗まれたポケモンなんかも大体はそこに連れて行かれるんだ」
「どうして?」
「他で売買するよりも、一番手っ取り早く金が手に入るからな」
「そっか……」

でもここではお金なんてなくてもトレーナーカードさえあればギリギリの生活もできる気がしなくもないけれど、やっぱりお金はあればあったほうがいいってことか。

「胸糞悪い話だろう」
「……なんか、ごめん」
「どうしてひよりが謝るんだよ」
「、なんとなく」

人間のせいで悲しい思いをするポケモンが少なからずいるわけで、同じ人間としてなんだが申し訳ない。カップを両手に挟んだまま、ふと下げてしまった視線は頭に乗っかった少年の手で再びあがる。

「俺たちだって色んな人間がいることくらい分かってる。だから、お前がいちいちこんなことを気にする必要はないんだ」

それに黙って頷くと頭にあった重みは消えて、ふあ、と欠伸をひとつ漏らすグレちゃん。時計を見ればそろそろ寝てもいい時間帯になっていて、思わず二度見をしてしまった。いつの間にこんな時間になっていたんだろう、と首を傾げてしまうほどに時の流れを早く感じる。

「ひより、明日はどうするんだ?」
「うーん、どうしようか。私、旅がしたいってだけで目的とか何もないんだよね」
「……先が思いやられる」

歪めた顔で私を見た後、随分と間をあけてから目元を押さえるグレちゃんに苦笑いしかできない。目的もなく、ただフラフラと歩くことは旅とは言えないだろう。私だってせっかくポケモンの世界に来れたのなら、某少年のように夢はでっかくポケモンマスター!と言いたいところではあるけれど、どうにも引っかかる点があるのだ。

「まあ、俺はひよりと旅ができればそれで十分だからゆっくり考えればいいけど、やっぱり目的は何かあった方がいいと思うぞ」
「考えておくね、ありがとう」
「……ん、」

顔を背けて「先に寝るからな」とその場を後にする。それを見送ってから、テーブルの上に置いてあるトレーナーカードを手にとった。何度見てもカードに書いてあるのは私の名前だし、写真だって私のものだ。

引っかかる点。……それは何故、どうして、私はこの世界に来てしまったのか。
事故が引き金となって、偶然この世界に来てしまったというのがあり得ることなのかすら分からない。分からないことがありすぎて、自分でも何がなんだかさっぱり分からないのだ。今日までなんとなく楽しんで旅を進めてはいるものの、ずっとこのままでいいとは思えない。

「……私、どうしてここにいるんだろう」

ソファに寝っ転がると白い天井が目に映る。ポケモンセンターというだけあって、シミひとつない綺麗な白だ。
カチコチと規則的に鳴る時計の音を聞きながら、今までのこととこれからのことをぼんやり考えた。考えて、考えて、……気がついたらそのまま眠っていたらしい。


(──ひより、)


──真っ白な空間。何も無い、白の世界。
ああ……またこの声だ。透明なガラス玉のように透き通った綺麗な声がどこからともなく私の耳にスッと入る。シママさんたちに追われていた時、私に助言をくれたのもこの声だ。これで二回目になるけれど、やっぱりとても心地いい声で……──

(ひより、よく思いだしてごらん)
「……?」

……ああ、違う。二回目じゃない。──……三回目だ。
私はこの声を、ポケモンの世界に来て目覚める前に今と同じような真っ白の空間で聞いていた。あのときも私の名前を呼んでいて、そして、

「……お願いって、なんですか?それに貴方は一体、」
(すまないね。聞きたいことはたくさんあるだろう、でも私に全ては答えられないんだ)
「そう、……ですか」

声が途切れ、無音の中に小さく聞こえる水泡の音。どこか不気味な雰囲気を帯びるその音にひっそり鳥肌を立てていると、再び生まれた声に上か下かも分からない白い空間に視線を戻した。

(全てを知りたい、真実を知りたい。そう思うなら私のところに来てほしい)
「あなたはどこに……!?」
(──Nの城。私は、そこにいるよ)

凛としていた声に若干の曇りを感じつつ、向こうの世界でやっていたゲームを思い出す。Nの城、なんて聞いたこともないからゲームでいうときっと中盤以降に出てくるものだろう。それでも何度かバトルしたことはあったNくんの姿は知っているから、神出鬼没なNくんさえ探し当てられれば城への手がかりは掴めるはず。
そしてなによりも、全てを知っているであろうこの人に会えれば私は元の世界に戻れるかもしれない。謎を解く鍵は、この人だ。

「わかりました。Nの城に行けばいいんですね」
(良い子だね。ひよりにこれを渡しておこう。……それは、私へと繋がる道しるべ)

光輝く何かが頭上からゆっくり下りてくる。両手を水を掬いあげるように合わせてそれを手の平に乗っけると光は消え失せ、白くて丸いツヤツヤした石だけが残された。





「──……今日の天気は晴れ。風も無く、穏やかな一日となりそうです」

うっすらと目を開けると、カーテンが端に寄せられた窓から暖かい日差しが部屋を照らしていた。天気予報のお姉さんが言っていたとおり、今日は穏やかな一日になりそうだ。……今日、が、もう、すでに、始まって、いる……?

「……おはようグレちゃん」

毛布を剥いでから上半身を起こし、ソファの端で浅く腰かけているグレちゃんに挨拶をすれば眉間に皺をよせて大きなため息を吐かれてしまった。
……どうやら私はあのままソファで眠りこけ、朝になるまで起きなかったらしい。なんということだ。

「お前、一人でベッドまで行けないのか?大体なんでこんなところで寝てるんだよ馬鹿」
「ごめんなさい……って、毛布かけてくれたのグレちゃんだよね」

毛布なんてものはかけていなかったし、思い返してみれば寒くて目が覚めたことも一度もなかった。もしかすると私より先に寝たはずのグレちゃんは本当は起きていてくれたのかもしれない。さらにテーブルの上にある、夜にはなかったはずの赤いモンスターボール。

「グレちゃんも昨日はここで寝てくれたの?」
「ちゃ、ちゃんとボールの中で寝たから問題ないだろう……」
「え?別にボールの中じゃなくても良かったのに」
「、……」

狭いボールの中で寝るよりも、寧ろシママの姿でくっついて寝てもらったほうが暖かかったのに。……お、これはすごくいい案かもしれない。寒いときはシママに戻ってもらって一緒に寝ればいいのだ。可愛いから癒し効果もプラスされるに違いない。ふふ、我ながらいいことを思いついたぞ。なんて拳を作ると、ふと手の中にあるものに気がつく。

「なんだそれ」
「夢、じゃなかったんだ……!」

白くて丸い石。いや、間違いなくあれは夢だったけれど、夢の中でもらった石は今私が持っている。夢のような現実、なんだろうか。とりあえずこの石のことをグレちゃんに話すと、手を軽く握り口元へ持って行き心辺りでもあるのか、考えるように視線を下へと向けた。

「俺にも分からないが、多分それはポケモンの仕業だな。それも結構な力のあるポケモンだ。ともかくひよりはそのNの城に行くと決めたんだろう?」
「うん。Nくんのことは旅をしながら聞き込みして……そうだ、Nくんって毎回バトル仕掛けてくるんだよね……嫌だなあ」

これにはグレちゃんも賛同のようで苦笑いを浮かべている。なんせこの前のバトルはほんっとうに散々だったし、咄嗟の判断で指示なんて出せる気がしない。なのにバトルをしなければならない状況にこれからどんどん飛び込まないといけないわけだ。……はあ。ため息しか出てこないぞ。

「嫌でもやるしかないだろう」
「そうなんだよね。……うん、よし、特訓しよう!特訓だ!」

バッグから昨日ポケモンセンターのロビーでもらったサンヨウシティの地図を取り出してテーブルの上に広げる。まず、道路は避けよう。バトル好きなトレーナーも多いし、できれば草むらもあまりないところが良い。……となると場所はとても限られてくるわけで、すぐに練習場所は決められた。

「──ゆめの跡地、か」
「ここならいいでしょう」
「そうと決まれば、準備でき次第早速出発だな」

ぐう、と私のお腹が返事をする。……腹が減っては戦はできぬ。まずは朝食が先だ。
私は笑いを堪えるグレちゃんから逃げるように冷蔵庫へとダッシュして、昨日のうちに買っておいたサンドイッチの袋を勢いよく開けた。
特訓中にお腹が鳴らないよう、めいっぱいお腹に詰め込んでやる!



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