オワリのつづき



「──……殿、殿……っ!!」
「五月蠅い。聞こえている」

"殿"と呼ばれた男は、座椅子に座ったまま気怠そうに答える。
瞬間、部屋の襖がバンッ!と思い切り開かれた。それに特段興味も無いがゆるりと視線を向けてから、やってきた男の腕に抱かれているものの存在にやっと気づいた。少しばかり身体を背もたれから離すと、焦りを隠せない様子で立っている青髪の男に視線を移してにやりと笑う。

「ほう、堅物の主が娘を連れ込むなんぞ珍しいではないか」
「ごっ誤解です……!この子が家の前で倒れていたんです。急いで手当てをしたいのですが、一応殿の許可をいただいてからにしようと思って、」
「……ふむ」

横抱きされている少女をよく見れば、ところどころに掠り傷や切り傷がある。色々と不自然には思うものの、男は広げていた扇子をパチンと閉じて御座から腰を上げた。少女を抱えている男の傍まで歩いてゆき、横にすっくり座ると目を閉じたままの少女の顔を覗き込む。

「しかし主、女に触れているが?」
「……はっ!」
「ふむ。人間の娘とは珍しい。どれ、後でわっちにも味見を……」
「殿!!冗談を言っている場合ですか!?」

けたけたと笑いながら、一度手放した少女を自身から隠すように抱え直す青髪の男に言えば、顔を真っ赤にさせて怒鳴り声が飛んできた。青髪の男は「愉快、愉快」と腹を抱えて笑う男を恨めしそうに横目で見る。

「冗談に決まっておるだろう。わっちは人間なんぞに興味は無い。許す。早く治療を始めるが良い」

青髪の男がこくり頷くとすぐさま立ち上がり、少女と共に奥の部屋へ吸い込まれるように消えていった。

──……それと同時だろうか。
きらりと不自然な光が生まれ、そこから緑色の何かが飛び出してくる。男はそれに動じず、再び御座に腰を降ろして扇子を開いた。ゆっくり扇子を揺らしながら口を開き。

「……あの娘、主が連れて来たのだろう?」
『そうだよ。それでね、ボクはしばらくお休みするからその間は殿に任せるね』
「はっ、何を馬鹿なことを。わっちに人間の面倒を見ろと言うのか?」
『ぴんぽーん、よろしくね!ボクと殿の仲じゃないかー』
「そんなもの、元よりないわ」
『酷い!ボクすっごく傷ついた!』

ぱたぱたと男の周りを飛び回ると胸に両手を当てて言葉通りの演技をして見せた。それを男は面白そうに眺めていたが、ふと、表情を引き締めて大きな瞳を真っ直ぐ見つめる。

「まあ、わっちに全てを話すというなら、世話をしてやらないでもない」
『さっすが殿!……でもね、残念ながらそれはできないんだ』
「……と言うと?」
『ボクも彼女も全部記憶がなくなっちゃってるの。だから実は、ボクもよく分からなくてさー』
「なんだそれは」

呆れたように背もたれに寄りかかって態勢を崩す。それでも笑顔のまま飛び回っているそれを、いい加減扇子で制止した。羽音もなくなり、部屋が静まる。

「……分かる限りで良い。話せ」
『確か……誰かに頼まれて、ボクは彼女と時渡りしたんだよね。多分今回はプラス2、3年ぐらいかなあ?……うん、それだけしか覚えてない!』
「全く話しにならんな」
『ごめんごめん。それじゃ頼んだよー、ばいばい!』
「おい、わっちはまだ……!」

光は瞬時に消えてしまった。
……逃げられた。そう小さく呟くと、男は大きなため息を吐く。はてさて、これからどうしようか。金色の細く美しい髪を流して、男はひとつの引き出しを開いて、とあるものを取り出した。
赤と白のモンスターボール。傷だらけだが、男にとっては宝物である。

再び、人間と深く関わる日がやってきてしまうのか。男は少々戸惑いつつも、過去をふと思い出し。
笑みを浮かべながら、また引き出しにボールをしまった。奥深く、誰の目にもつかないところへ。






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