その1
こんにちは、今晩は、そして大体はお早う御座います、ですかね
どうも初めまして、食パンです
ああ、驚かないで下さいね。別に口がある訳じゃないので食パンは喋りませんよ
ただ、俺達の元となる酵母菌も生きてますので。意思とかあるんで。喋らなくても思想だの何だのありますんで、その辺を理解して頂けたら幸いです
さて、突然ですが、食パンはよく朝食に使われたりしますよね?
あ、いえいえ、食べられるのが嫌だからこの質問してる訳じゃあないんです
食べられる為に作られた存在ですからね、食べて貰えないままカビに侵食されて死ぬ方がよっぽど不幸ですよ
…ああ、でも、ここんとこはちょっと…うん
最近、憂鬱です
食パンの憂鬱
「懺悔ぇ〜、おふぁよ〜…」
「おは…って、何だその酷い寝癖。ちょっと直してこい」
「んー…」
お早う御座います。今日は快晴の様で、窓から差し込む日の光が少し眩しい食パンであります
……この口調は止めようかな、何か違和感ハンパない
最近少し憂鬱な食パンです
よしコレでいこう
最近、と言っても、俺が作られたのは一週間前で、憂鬱になり始めたのが一昨日ですから、最近と形容して良いものかどうか少し迷いますがね
さて、少々話が変わりますが、皆さんはどんな時に憂鬱になりますか?
一週間が始まる月曜日の朝?
テスト勉強をしていないままのテスト当日?
傘を持っていない日に限って降って来た雨?
もっと他にも、沢山ありますよね
しかし、俺の憂鬱はその中にはきっと組み込まれていないでしょう
俺が憂鬱な理由ですか?
ええ…それは…
「りぃ、そっちの古い方から食パン4枚取って焼いて」
「あいあいさー!さぁおいで食パン達、存分にオーブントースターでチーンしてあげるから。熱い愛で焦がしてあげるから。あら、怖いの?大丈夫よ、お姉さんに全部任せて。リードしてあげるから怖がらずにいらっしゃ…」
「りぃ、朝からその意味不明な茶番劇すんの止めようか。聞いてるだけで胸やけがするから」
「おぉっ、ヤキモチ?ヤキモチ?懺悔ったら食パンに嫉妬?懺悔も私の愛で焦がして欲しい?」
「いい加減にしねーと悪夢食ってやらねぇぞコラ」
「ごめんなさい」
…っ、おぉ…無表情で凄まれるとこんなにも怖いんですね。視線は俺を向いてなかったとは言え、身体が竦みました
いや、竦む身体もないんですけどもね、パンなんで
ああ、そうそう、憂鬱な理由ですね…コレですよ、コレ
「オォーブントォッスターでーっ、チーン!」
ポチッ
……この、オーブントースターの野郎ですよ
「懺悔、懺悔、後は私なにしてたら良い?」
「焼けるまで見てて」
「さー!いえっさー!!」
この家の住人の一人である、りぃと呼ばれている子がジッと見つめる先には、オーブントースターとその中で焼かれていく食パン仲間
ああ、忌ま忌ましい!!
何度見ても忌ま忌ましい、オーブントースター!!
自ら熱を発し、俺達食パンを毎朝こんがりと焼き上げ、しかも時々失敗して俺達を焦がす天敵!
焦げる事がどれだけ大事なのか解っているんですか?「熱くなり過ぎちゃった、てへ★」とか言って許される次元のものじゃない!食パンにとっての死活問題なんです!!
と言うかそれ以前に、何故人間は性懲りもなく食パンをチーンするんですか!
ふんわり柔らかなまま食べるから素材の良さが活かされるのに、何故わざわざこんがりと焦げ目を付けるんですか!!
暖かいのを食べたければチーンではなくてチンすれば良いでしょう!電子レンジとか言う奴で!!
だのに何故チンではなくチーンするんです!チーンされた食パンなんてもう食パンじゃない、ただのパンです!!
しかも最近は、ジャムを乗っける奴が居たりベーコンや目玉焼きを乗っける奴が居たりと、身勝手極まりない!!
しかもやっぱりチーンした上で!!
例えて言うなら、色白の美人を顔黒に仕立てあげ、挙げ句にゴテゴテメイクを施すような暴挙ですよ!!
どうなっているんですか!人間の感性は!!
……俺は、食パンである事に誇りを持っています
米と並ぶ位に朝食で活躍し、沢山の人に愛され、食べられ、今や欠かせない存在にもなっていると自負しています
なのに…何故、そのままの俺を味わってくれないんです
どうして皆、余計な物をくっ付けて食べるんです
俺は…俺はそれが我慢なりません…っ!
チーン
「懺悔ぇ、焼けたよー。次はー?」
「皿出して焼けたやつ乗せといて」
「あーい」
ああ…お隣りさんだった食パンがただのパンになってしまった
こんがり狐色に焼かれて、香ばしい香りを漂わさせられ、白くて丸い皿の上に無惨に放置されている
なんて…なんて、呆気ない…
「懺悔、次は?次は?」
「毎朝してる事なんだから解るだろ…あと二枚焼いて」
「あーいー」
お隣りさんに苦々しい気持ちで『どうか天国でフワフワモチモチの食パンに戻って下さい』と心の中で手を合わせる
あんな状態になってしまったらもう、ふわもちの食パンには戻れませんからね
……そしてアレが、明日の俺の姿…なんでしょうね
遺憾なく逝きたかった、あれでは未練が残りまくる…なんて事を思いながら僅かに落ち込んでいると、上から聞こえたバリッという音
なんだろう?とぼんやりしていたら、突然俺と後ろの食パンが一遍に鷲掴みにされ袋の外に出された
いっ、いだだだだだっ!潰れる!そんなに強く押さえないで親指、腹が潰れる!!
いや食パンには腹なんてないですが「この辺は腹かな?」って部分が潰れる!!
潰れた所で死にませんがね、痛いもんは痛いですよ!
と言うか、この手はどこに向かって……、
「君達も焦げ付くような愛の力でチーンしてあげるねー」
……………
ああ、はいはい成る程。今からあのオーブントースターでチーンされる訳ですね
愛とか不明瞭な事言ってますけど要は電気によって発生した熱でこんがりされると
ふわもちの俺は今日で最後と
いやぁぁぁぁああああッ!!
「ポチッとなー」
抵抗する事も出来ず、まだ熱を持っているオーブントースターの中にセットされ、扉を閉められると間を空けず響いた機械音
心の準備が出来てないとか焦げ目を作られたくないとか言う俺の意思とは別に、徐々にジリジリ焼かれていく中で、俺はありもしない口から悲壮感たっぷりの溜息を零した
ああ、もう本当に
憂鬱です
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