「……ねぇ」

「?、何…う、わっ!」



そんな、ズーンという効果音がついていそうな俺に、食べたいケーキを乗せ終えたのだろう、笹羽と名乗った少女が近付いて来て右手首をガシッと掴む

そして何かと聞く間もないまま結構な力で引っ張られ、半ば引きずられる様な形で一つのテーブルまで連れて行かれ椅子に座らされた


成程、向こうからじゃ死角になってこの席は見えないのか…

そりゃ気付けねーな



「って、そうじゃなくて、お前一体何を…」

「…ケーキ…一緒、に…食べよう…?」



この子の脈絡のない行動に振り回されながら一旦頭を整理して口を開くも、コテンと首を傾けて告げられた言葉に、また一瞬思考が止まる

が、笹羽…ちゃん?はそれに気付いた様子もなく、洒落た小皿にケーキを一つ乗せ、「はい」とその皿を差し出して来た



「へ?えぇっと…」

「さっき…美味しそう、に…見てた…から。…それに…一人、より…二人で…食べた方、が…美味しい…。コレ…あげる」

「………」



……ただ暇だから見ていただけなんだけど…まあ、いいか

断る必要も特にないし、と頭の中で続けて思って、「ありがとう」と呟いて空中で固定されていたその皿を素直に受け取った

つーか美味しそうにって…そんな風に見られてたのか俺
まぁ腹は減ってたけども、んなに物欲しそうな顔はしてなかったと思うんだけどな


そう、複雑な気持ちで続けて差し出されたフォークを手に取って、「いただきます」とケーキを口の中へ……



パクッ

「!、わっ」

「?…捺忌……」



……入れようとしたその瞬間、横からぬっと伸びて来た手に刺さってるケーキの向きを変えられると、すかさず手の主…捺忌さんに、パクリと食べられた

驚いた、音も気配も何もしなかった……ここの人達は気配を消すのが得意なのか?と言うか、好きなのか?



「こら捺忌、人のを取るな」

「えー、別に良いじゃないこれくらい。たったの一口よ。ねー笹羽?」

「?…ねー」

「…はぁー、全く……」



捺忌さんの突然の登場に少々戸惑いつつ、雨匣縞さんとのやり取りを聞き流していると、溜息を零しながら現れた、長い綺麗な黒髪を後ろで纏めた随分と長身の男性が目に入る

さっき話していた内容から考えると、この人が玄羽と呼ばれていた人かな?…多分

て言うか、機械が爆発した件はどうなったんだ?
もう大丈夫なんだろうか?見た所怪我は無さそうだけど…


なんて事を考えながらまじまじと見ていたら、すぐ傍まで来ていたその人とパチリと目が合ってしまった
逸らすべきかどうか軽く逡巡したのだが、その人が口を開いたので「(もういいか)」とそのまま見つめる

……何と言うか、少し低くてよく透る綺麗な声だった



「失礼。貴方が、今日からこの町に入る事になった方ですね?」



無表情で淡々と紡がれる言葉に、俺は無言で頷く

…やっぱり、新しく来た者だから警戒されてるのだろうか?色素の薄い、灰色の瞳の奥は酷く冷え切っていて、表情が変わる様子は全くない



「初めまして、紅矢羽町北方管理員の玄羽御蔭です。先程の爆発と言い今と言いすみませんでした、驚かせたでしょう」

「あ、いえ…別にそんな事は…と言うかあの、怪我とかは…?」

「ああ、あれはもう日常茶飯事ですので。悲しい事に、爆発する前に避けられる程慣れてしまいまして。怪我は特にありません」



…申し訳なさそうな声色で、しかし、俺が問うと呆れと諦めを含んだ声が優しく返答してくれる
が、その間、表情は依然として変わらない。勿論、眼の奥の冷たい光も

…何だか少し違和感を感じたものの、気にせずに「なら、良かったです」と言えば、ポスリと玄羽さんの手の平が頭の上に置かれる


…ええ?あれ?何で?

つかコレ、って…警戒、されてんのか……?
でも、何つーか…無表情だしなぁ…


ずっと見ているのも不躾だろうと視線を逸らして、若干頭をこんがらからせながら首を僅かに傾げた

そんなに気にする事でも無いようには思うが、やはり少しモヤモヤが残る

…と、そのやり取りを傍から見ていた捺忌さんが「ぷはっ!」と吹き出して、目を遣れば肩を震わせて笑っている所だった

………何で?



「あはははっ!もー、ちょっと位笑いなさいよ〜。すっごい困惑してるわよー?」

「捺忌さん…俺の表情が変わらないのは知ってるでしょう?その分きちんと声に出しましたよ」

「だから余計に戸惑ってんでしょー?悪いわね、玄羽は表情筋が死滅してるのよ、怒ってる訳じゃないから安心してね。て言うか、寧ろ君の事気に入ったみたいよ?」

「へ?あ、はい…へぁっ?!」



そうか成る程。確かにそう言う人も居るよな…なんて納得し掛けたが、捺忌さんの最後の一言に思わず変な声を上げて一瞬固まってしまう

そしたら、余程俺が面白い顔をしてたんだろう、今度は腹を抱えて笑われてカァッと顔に熱が集まった


……こう言った状況に陥った事がなくて、慣れてなくて…恥ずかしいし戸惑うし、何より物凄く居た堪れない気持ちになる
沸き上がる羞恥心に苛まれながら、どうすれば良いのかと、壁に凭れ掛かっている雨匣縞さんへ視線のみで訴え掛ける

……が、当てにする人を間違えたようだ。ニコニコと笑ってるだけで、助け舟を出してくれる様子はない
笹羽、ちゃん、は……ケーキに夢中でそれどころじゃないか、そうか


最後の頼みの綱、と、まだ俺の頭の上に手を乗せてた玄羽さんに視線を送れば、笑ってる二人を見て二度目の溜息を零していて、俺の頭から掌を退けるとパンパンと乾いた音を響かせた



「はいはい、怜さんも捺忌さんもいい加減にしましょうか。少しは初対面の方に対する礼節を重んじて下さい」

「だぁって反応が可愛いんだもの。それにさっきの玄羽の態度じゃ、伝えなきゃ解んないでしょ?」

「伝えなくても良い事柄もありましたけどね、主に最後の一言などが」

「えー、でもー」

「あんまり余計な事ばかり喋るようでしたらストライキしますよ」

「…ちぇっ、解ったわよ」



……渋々、と言った感じではあったが、玄羽さんの一言で捺忌さんは大笑をピタリと止めて、不満そうに頬を膨らませ、やがてプイとそっぽを向く

その仕草が、何だか小さな子供の様で、でも素直に聞く所が可笑しくて、無意識にフッと吐息を漏らした

そしたら突然、捺忌さんが驚いた様に目を見開くものだから、笑った事が気に障ったのかと少し不安になって、内心で焦りつつ様子を伺う
が、それはただの杞憂だったようで……驚愕の表情は、数秒と経たない内に慈しむような笑顔に変わった



「…良かった、やっと笑ってくれたわね」



……勝ち気なワインレッドの目を細め口元に優しく弧を描いて、どこか安心した様にそう言う
こんな目は、声は、表情は、とうの昔に俺の周りから消え去ったもので…甦る記憶にほんの少しだけ、胸の奥が苦しくなる

それを無理矢理押し込めて、捺忌さんに言葉の真意を問えば、また深められる笑み



「だって君、緊張と警戒とでずっと表情固かったもの。まあ初めて此処に来る子は大体そうだけども…やっぱりね、寂しいものがあるのよ」



言い終わると同時に手が伸びてきて、帽子ごとわしゃわしゃと撫でられる

余りにも雑な撫で方だったから思わず声を漏らしてしまったが、何だか嬉しそうに微笑まれてしまって何も言えなかった



――……暖かい……
人に頭を撫でられたのなんて、何年ぶりだろうか…?




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