「あら、可愛いコじゃない」



急いだ所為でずれたニット帽を被り直していたら、頭上から降って来た声
まだ帽子に手を添えながらも、声が聞こえた方に目をやると、ケーキが沢山入ったショーケースの向こう側につり目の気の強そうな女の人が視界に入る

その人が言ったのであろう突然の発言に、どう返答すべきか迷っていると彼女はフッと笑みを浮かべて、レジの横の段を降りてこちら側まで歩いて来た



「ふんふん、神無ちゃんや珠李ちゃん辺りが好きそうな顔立ちねー。君、狙われないように気をつけてね?」

「へ?…ど、どう言う…」

「こら捺忌、あんまり不安を煽る様な事言うなよ」



まるで品定めするかの様に俺をジッと見つめた後ニッと意地悪そうな笑みを浮かべて、捺忌と呼ばれた人はそう言いながら俺の頭を撫でた
行動の意味は…まぁ置いといて、理解出来なかったその単語に先に反応すると、雨匣縞さんが眉を顰めて戒める

だがそんな事では堪えないらしく、捺忌さんはさっきの笑みとは打って変わって「冗談よ」とケラケラ笑った



「ああそうだ、自己紹介が遅れたわね。號水捺忌よ、捺忌さんでもなっちゃんでも好きな風に呼んでね!」

「あ、はい…」

「後者は無理があるんじゃないか?年齢的に」

「ところで怜、此処に何か用事があって来たのよね?紹介しに来ただけじゃないでしょ?」

「スルー?…はぁー…一応、白眸以外の全員の管理員に紹介しておいた方が良いと思ってな。玄羽居るか?」

「ええ、今日も奥の厨房でシュークリーム作ってるわよ。連れて来ようか?」

「うん、頼む」



管理員…?
…そう言えば、あのメモにも雨匣縞さんは青龍の管理員だとか何とか書いてあったな……


勘違いして電車の中で破り棄ててしまったソレを思い出し、ケーキを見ながら待っている雨匣縞さんに視線を向ける

管理員…管理って付いてるし何かを管理する職業なんだろうけど、一体何なのだろう
よく解らないけど…俺も今日から町に住むんだし、一応聞いておいた方がいいかな…



「あの、雨匣縞さ…」

ボンッ!!

「わーーっ?!…み…!……機械ばく…、爆発……?!」

「…だからっ…捺忌さんは…機械に触ら…下さいと……でしょう?!…また…さんに頼ま…ならないじゃ…ですか!」




口を開いた瞬間、突然店の奥から聞こえた爆発音

一瞬何事かと固まってしまったが、その後途切れ途切れに聞こえてきた慌ただしい会話を聞いた所、どうやら先程の捺忌さんが何らかの機械を壊したようだ


向こうの状況がどうなってるのかは解らないが、一応何があったのかは理解出来たし会話からするに無事そうなので、ホッと一息ついた

…いや、爆発と聞いても落ち着いているなんて自分で自分がちょっとおかしいとは思うが…



「ん?何だ、捺忌の奴また機械壊したのか?悪ぃ、ちょっと見て来るな」

「え?…あ、はい」



怪我をしていないのかどうか少し気掛かりになるも、部外者の俺が店の奥まで見に行って良いものか解らず悩み、落ち着きなくソワソワと体を揺らした

すると、ずっとケーキを見ていた雨匣縞さんが呆れた様にそう言って、俺に一言残し奥へと消えてしまう


……そうか、【また】って事はいつもなのか



「…あ、管理員って仕事の事聞きそびれた…」



雨匣島さんが奥へと消えてしまった後に聞こうとしていた事を思い出し、何だか少し損をしたような残念な気持ちになる

…そう言えば、捺忌さんにも自分の名前を伝えるの忘れたな



「…まぁ、いつでも良いか」



だが、どちらも別に今すぐでなくても問題無いだろうと考え、何もする事がないのでさっき雨匣縞さんがしていた様に俺もショーケースの中を覗く

緊張していて見ていなかった…と言うよりは全然気付けなかった、が正しいか。硝子越しに見えてるケーキはどれもとても美味しそうだった



「凄いな…」



ふと、唇から零れた言葉

この町に来る前、紅矢羽町の存在を知ってから色々な想像を巡らせていた

【周りも皆異能者だから受け入れて貰える】と聞いていたものの、拭い切れない不安と言う物はやはりあるもので…
陰鬱とした町なんじゃないかとか、異能者同士で殺し合いがあったりするんじゃないかとか、ろくでもない考えしか浮かばなかった

特に、自分の持ってる忌ま忌ましい力が、また誰かに大怪我を負わせたりするんじゃないかとか…

そう考えて、ずっと一歩を踏み出す事が躊躇われていた

結局、耐えられなくなって此処に来た訳だが…



「(……遅いなぁ、雨匣島さん)」



ひょいと顔を上げて、レジの斜め後ろにある扉を見つめる
音が漏れにくい仕組みになっているのかケーキを作る厨房が奥にあるのか、さっき迄聞こえていた慌ただしい声はもう聞こえて来ない

店には他の店員は居らず、どこかからか音楽を流してるらしく、ゆったりとした曲調のメロディーが微かに耳に届く
だがそれ以外は何も聞こえず、広い店内に差し込んだ光が心地の良い空間を創りだし、眠気を誘う



「(そういや、昨日緊張して寝れなかったしな。ヤベ、欠伸出そう…)」



思った端から、「くぁ…」と大きく口を開ける。欠伸した拍子に目に滲んだ水は、視界がぼやける前に手の甲で軽く擦った

落ち着くなぁ…此処…



ガタッ

「っ?!…」



再びショーケースへと視線を戻して暇を持て余していると、突如耳に入って来た椅子を引く音
誰も居ないと思っていた筈の店内から音がして、俺の身体は一気に警戒心で強張る

……が、音がした方へ目を向けると、予想に反して、そこに居たのは小学生くらいの女の子だった



「…初め、まして…」

「…え?あ、ああ…初めまして」



その少女は真黒の瞳を瞬かせ、薄い黄緑色の緩やかなウェーブがかった髪を揺らして、妙な所で言葉を区切ってそう言った

余りに突然だったのと予想外だったのとで一瞬返事が遅れたが、スッと持ち直して自分も同じ様に挨拶をする


少女は一回コクンと頷いて、段を上がってショーケースの方…に…?



「…って、ちょっ!」



一瞬、何をしようとしてるのか解らなかった

だが次の瞬間、少女はカラカラとケースの扉を開けると商品であるケーキを自分の持っていた皿に移し出し、しかもちゃっかりその場で一つを口に放り込む


勿論、止めた
腕を掴んで無理矢理と言うのも気が引けたので、口先と手の動きだけで

だが少女はチラリと俺の方を見て、また一つヒョイっとお皿へ移す



「おまっ、ソレ売り物…」



子供相手だからか強く言えず語尾が尻窄んでしまうが、それでも止めさせて商品を戻さなければと手を伸ばす

と、少女は突然顔を上げて…



「…笹羽…」

「へ?」



ささ、はね…?
ささはねって何だ…?ささみ?笹蒲鉾?
いや、違うな多分


突然発っせられた単語の意味が解らず思考がフリーズして、伸ばした手を意図せずに降ろした

すると少女は見計らった様に自分に人差し指を向けて、表情を持たず口を開く



「…私、の…名前。…笹羽…」

「は?ああ何だ、おま…君、の名前か」

「うん…。この、ケーキ…私専用…の…ケーキ…」

「……え?」



そう言われてよくよく見ると、確かに笹羽と言った少女のケーキを乗せていたトレイのプレートに【笹羽専用】と書かれてある

ソレに気付いた瞬間、微かに頬に熱が集まる感じがして、顔を伏せて「ゴメン早とちりした」と一言だけ言った



「(…つーかソコだけケーキ全種類乗ってるのに何で気付かねーんだよ、俺…)」



この子に何か言われるとは思わないが、やはり失敗とは恥ずかしいもので…

誰でもある事だと言われたらそれで終いなのだが、町に来たばかりでコレだ
俺としては自ら出鼻を挫いてしまった気分で、身体の上に石が乗っかったかの様に重く感じた




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