弐
――…俺が出た後すぐに扉は閉まり、電車は進行方向へと何事もなく進んで行って次第に霧に紛れる様に見えなくなる
イマイチ望んでた場所に来れた実感は無いが、駅名を表示してある看板を見た所、やっぱり【紅矢羽】と書かれてある
前の駅と次の駅の名前は表記されてないけど…この駅に来るのにもどの電車に乗ったって来れるらしいし、町から出るのにも何か方法があるんだろう
「…まぁいいや、取り敢えず人でも捜さないと…」
そして、雨匣縞怜と言う人の所まで案内して貰おう
メモは破り捨ててしまったけど、電車を待ってる間に内容を暗記しておいたお陰で、会わなきゃならない人の名前とやらなきゃならない事は覚えてる
町の者ならば、誰かはその人を知ってるだろうし、案内して貰わなくても道さえ教えて貰えればなんとかなるだろう
「(その前に、駅から出るか…ここから出ねぇと始まらねぇし)」
携帯を取出して今度はちゃんと時間が動いてる事を確認しつつ、キャリーバックをコロコロと転がして町へと一歩踏み出す
普通の町となんら変わらない住宅街
少し先には小綺麗な4階建て位のアパートや大きな屋敷等もあったりして、何だか既視感のある物ばかりだ
「――ああ、何だもう着いてたのか。悪いな、寄り道してたら来るの遅れちまった」
「?!、……は?」
ボンヤリと周りを眺めていると、突然後ろから響いた声
驚いて勢いよく振り向くと、呑気に欠伸をしながらカランコロンと下駄を鳴らして歩く一人の男が目に入る
色素の薄い水色の髪に、その髪の隙間から覗く深い青色の目
藍色の着物と群青色の羽織りを纏っており、上から下まで同系色で纏めてられていた
歳は二十代前半か…恐らく、その辺だろう
「えっと…アンタ、は?あ、俺は…」
「ああ、言わなくても大丈夫大丈夫。既に伝わってるから。俺は雨匣縞怜、この町の統括長さ」
「…え、……」
……開いた口が塞がらないとは、こんな状態を言うのだろうか
若干肩透かしをくらった気分ではあるが、まさかこんなにすぐに、自ら捜し始める前に捜していた人に会えるとは…
にんまりと楽しげな笑みを見せたその男は、チョイチョイと手招きして今自分が歩いて来た方向へと踵を返す
まだロクにこの町について知らない俺は、よく解らないながらも慌てて男の後を追った
「…あ、あの…」
「んー?どうかしたか」
一言も会話が交わされないで歩くのも居た堪れないだろうと、疑問が沢山あったのもあり控え目に切り出す
自分でも予想外な程に小さな声だったがちゃんと聞き取れた様で、前を向いたままではあるが朗らかな優しい声で返答してくれた
それに少しホッとして、取り敢えず聞きたい事から聞いていこうと再び口を開いた
「いえ…あの、この町は俺みたいな奴らを受け入れてくれるって聞いたんですけど…本当に…」
「ああ、その事か。まぁ疑いたくなるのも解るけど本当だよ、安心しな。寧ろ俺達の様な奴しかこの町には入れないよ」
「入れない、って…?」
「君も体験したろ?この町に入るには沙雰の許可を得ないと入れない。乗った駅から11番目の駅を通り過ぎ12番目の駅に着くまでに沙雰に入れてくれと頼まなきゃいけないんだ」
振り向いて、「そんな後ろを歩いてないで横おいで」と言った後に、俺が体験した事を丸々丁寧に教えてくれる
「でも、沙雰に承諾されてもこの町に着くまでには少し時間が掛かるんでな。現世を通る訳じゃないから実際の時間は止まるが体感時間はそのままだ」
勘違いし易いよな、と困った様に微笑みながら言うのを見て、やっと納得がいった
電車の中で自分は何分にも感じたのに携帯の時計が止まっていたのには、そんな原理があったんだ
「だがまぁ、この町ではちゃんと時間は動いてるからさ。今は外と同じ時間だ、神無様が合わせてるから間違いないよ」
「?、神無様?」
「ああ。俺や沙雰も含めた紅矢羽の町民と紅矢羽全域を管理してる方…って言や良いのかな。何百年か前にこの町を創った方だよ」
「!、じゃあ、何百年間もこの町に?」
「いや、あの方はまた別の場所に住んでるよ。そっちは…出来てからもう数千年以上は経ってるかな、創ったのはやっぱり神無様だけど」
色々と凄い方だぞー、と、何かを思い出しているのか遠い目をして語る
カラン、コロン、と言う耳に心地好い下駄の音を感じながら、俺は静かに驚いた
…この町を創った人…、そんな人が居たのか…
いやそれ以前に、数千年も生きられる人なんて居るのか…
その人が何の能力かは解らないけど、不老不死の類いか何かなんだろうか…
そう予想をたてながら、その【神無様】について聞いてみると
「いや?あの方は不老不死なんて生易しい能力じゃないさ。生まれついて持ってるオプションみたいなモンだろう」
……と、あっさりと予想は外れた
「じゃあ、その人の持ってる能力って…?」
「さぁなー、基本的に世界中の異能者が持ってる能力は全て持ってるし、俺にもよく解らない。解ってる事と言えば、あの方には不可能がないって事くらいかな」
「……凄い人、なんですね」
……全て、と言う事は、きっと俺の持つ能力も含まれるんだろう
世界中にどれだけの能力があるのか、なんて俺は知らないけど、その人はそれだけの能力を持って不幸だとは思わなかったのだろうか…?
顔も知らないその【神無様】について、勝手に想像を膨らませる
そして次第に、その影が自分と重なっていき、段々と俯きがちになっていく
すると、俺の頭の上にポンと温かい何かが乗せられた
「え………」
「……此処にはさ、何かしら心に闇を抱えた奴ばかりが集まるんだ。それぞれ抱えてるモノは違うけど、辛くて苦しいモノばっかりでな。でも、皆そんな過去なんて無かったかの様に全部上手く塗り替えてる。自分の力も好きになれる。だから、大丈夫だ」
「……は、い…」
……それが、今隣に居る雨匣縞さんの掌だと気付くのに、そう時間は掛からなかった
チラリと目をそちらに向けると、優しげな表情でそんな風に言ってくれるものだから、それが何だか擽ったくて気恥ずかしくて、照れているのがバレないように愛用の帽子を深く被った
「それに、君ならすぐ此処に慣れると思うぞ。此処にはお節介がやたらと多いからさ」
「そう、ですか…」
「そうそう…そら、着いたよ。町一番のお節介焼きが居る所」
雨匣縞さんは扉に手を掛け、悪戯な笑みを浮かべて面白そうに言うと、自然な動作で扉を開ける
カランカランと入口の鈴が鳴り、中からは「いらっしゃーい!」と快活な女性の声が聞こえた
「よっ、今日店開いてる?」
「当たり前でしょ、此処が休みだった日がある?で、今日は何、お茶しに来たの?」
上品な字で【Verlof】と書かれた半透明の扉の向こうで、雨匣縞さんと先程の声の主とが親しそうに話している
その声がとても楽しそうで、入るべきか此処で待っておくべきか少しの間逡巡した。が……
「今さ、新しい町民になる子が来てるんだよ」
「ッ!馬鹿アンタっ、それを先に言いなさいよ!!え、何処?何処にいるの?!可愛い子?女の子?いやまぁ男の子でも可愛けりゃ良いんだけど!!」
「お、落ち着けって!俺の後に付いて中に…あれ?」
やはり、水を差すのは頂けないだろうと店から二、三歩下がって、店の外装を見たり近くにある住宅の標札を見たりして時間を潰す
何故か一つの家に幾つかの標札が掛かってたりして不思議に思ったが、理由はその内解るだろうと文字を読んでいく
……と、そんな事をしていたら慌てた様子の雨匣縞さんに中から呼ばれて
何かあったのだろうかと、俺も慌てて扉の内側に入り込んだ
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