×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

あのとき君がいなかったら



僕の口に肉を容赦なく突っ込んできた馬鹿な女がいた。孤児院出の僕ですら少しばかりのテーブルマナーは身についているのに、名前はテーブルマナーなんておいしいの?と言う馬鹿な女だ。あまり関わり会いたくない人種だと思った。この僕が引いたぐらい変なやつだった。名前とは僕の口に肉を突っ込んだ以来、別に避けてた訳じゃないけれど、同じ寮なのに会うことはほぼ無かった。僕の周りには自然と外見狙いで女子が入れ代わり訪れる。それは個々の香水の匂いが混ざり合い、いつも気分が悪かった。たまには1人になりたい時もあったけど、周りは僕をほっとかないからプライベートと言うのはルームメイトが寝に着いてからからの時間だけだった。魔法を学ぶのは、自身に新しい知識を身につけるのはすごく有意義だった。
「トム、ここが分からないわ。」と平然と僕の勉強を邪魔するやつや「トム、この問いを前に出て解いて」と勝手に僕に期待するやつら。全員死ねばいのにと言う感情しかなかった。別に物心ついた時から天才だったわけじゃない。僕なりに必死に努力してその結果がこれなだけ。努力せずにただ嘆いている奴らを見るのは愉快だったしとても哀れだと思う。たまに廊下ですれ違う名前はと言うといつも一緒にいる友人が毎回他寮の生徒だと気づいた。「今日はレイブンクローか」すれ違う度に違う友人と楽しそうに話している名前を少し妬ましいと思った。ほんの少しだけど。名前はよくなにか馬鹿な事をやらかしているようで聞きたくなくとも僕の耳に入ってくる。今日はトイレを粉々したとか、先生の食事に毒を持ったらしいとか、何処までが本当でどれが嘘かなんて僕には分かるよしもない。ただやっぱり関わりたくはない、そんなんで僕の人生につっこまれたくない。としか思えなかった。ただ何故そんなにもイタズラするのかと聞いてみたいとは思ったけど。
毎日作り笑いし、嘘をベラベラと喋る。そんな生活に少しだけ嫌気が指した日があった。誰とも話したくない。と僕はホグワーツ生活で初めて授業をサボった日があった。誰も寄り付かない禁書棚の手前で僕はひたすら本を読んで自身を落ち着かせていた。途端に周りの本達が居場所を離れパタパタと空を舞い始めた。本からは文字がポロポロと落ち始める。「Ms.苗字!また貴方ですか!」とこの場では聞いたことの無い程の声が響いている。僕は一冊の本を捕まえポロポロと落ちてる文字を掬い本のページへと挟むと本は元に戻り、それを確認し本棚へ戻した。ただ僕一人の手には負えないようで本はありえない数で羽ばたいていく。『今回は私じゃないです!私がこんな高度な呪文、唱えられるはずないでしょ!?』と馬鹿自慢をしている。「私には貴方が杖を振った様にしかみえませんでしたけどね。」『でも、ほら綺麗でしょ!空から文字が降ってくるって見たことも無い光景ですよね!』と声が響く。ふと天井を見上げると雨のように文字は降り注いでいる。
「ほんと、綺麗だ。」と笑を零した。僕は今自然に笑えていた。作り笑いのせいでもう自然には笑えないと思っていたから少し驚いた。けど、そんな考えがどうでも良くなるほどに目の前の景色は綺麗だった。この事件はのちに空飛ぶ本のバラバラ殺人事件として知れ渡ることになる。
その後ぐらいに僕は僕のやるべきことを見出し、それに僕自身を守るために新たな人格を設ける必要があった。そのために、イラついたとは言え足を抉り踏んだ名前の口を封じるしかないと思った。ただあの名前だ。説得するとしても骨が折れるだろうなとめんどくさくなる。

***

やはり名前は面倒だった。何を言っても真剣には聞いてくれず馬鹿な約束まで取り付けた。もう面倒これ上なく僕の「遠慮するし任せたくないしもう僕の事を黙ってて、関わらないでくれたらそれでいい。」と捨てると階段を降りた。その夕方のことだ。1人気楽に本を読んでいるといきなり本はパタリと名前によって閉じられた。読んでいたページ数を見ていなかったことを後悔し、恨めしそうに睨むと名前はちゃっかり横に座ってきた。
『あのさー、言い忘れたんだけどトムって呼んでいいの?』
「僕は生憎自分の名前が嫌いだから呼ばないで。てかその口で呼んで欲しくない。」
『なによー、機嫌わるいわね!私にも他の生徒同様作り笑いぐらいしなさいよ!』
「僕の笑顔が見たいんでしょ。それともなに。僕の作り笑いが見れたら満足なの?」
『ほんっと卑屈ね。だから上辺だけの友達しかいないのよ。』
「それより本を返せ。」
『リドルの笑顔が見れなかったらずっと私がそばにいてあげるね。そしたら笑える日がいつか来るかもしれない。これも約束だからね』
「寒い事を平然と言える名前は能天気だね。恥ずかしくないの?」
『ははははは、恥ずかしい、わけなななないじゃん!』と名前は両手で顔を覆いながら走り去って言った。ふっ、変なやつ。自分から恥ずかしい事言っといて。それに名前には戻ってきて欲しい。そして切実に本を返して欲しい。けど本は返ってくることはなかった。これから先も。
「おい、名前。本を返せ」
『え、本ってなに。なんの事?』とするりと名前はかわしてしまう。何だか僕が名前にちょっかいをかけてるみたいで名前に話しかけるのは辞めることにした。それからかな。名前が日々の愚痴やらを僕に話すようになったのは。名前は自分の話を終えるとスッキリした顔で離れていく。毎回こんな感じだ。その日は難しかった実験が成功して機嫌が良かった僕は名前の愚痴に反応して声を出すと名前は『初めて会話らしい会話になった!』と嬉しがっていた。その顔がどうも忘れられなくてそれからちゃんと会話をするようにした。ただ有意義な時間ではなかったけど。結局あの本がどうなったかは有耶無耶になってしまった。名前に聞いても何故かはぐらかすし。別にあの本が世界に1冊って訳じゃないし僕は特別気にすることもなかった。明くる日毎日僕に絡みに来てた名前はその日顔を出すことは無かった。名前も名前で忙しいんだろうと気にしてなかったけど次の日もまたその次の日も名前は来なかった。何故だか名前が来ないその分僕の心にはイラつきや不安が溜まって言った。談話室で談笑していた女に「Ms.苗字を見かけなかった?」と聞くとどうやら名前はここ数日ひどい風邪で医務室に引きこもっているそうで「ありがとう、助かったよ」と言い医務室へと自然と足を運んだ。医務室独特の匂いがしベッドへと目を向けると名前は起きていてお菓子をぼりぼり食べていた。

「なんだ、死んでなかったんだ。」

『死にかけたけど死ぬわけないじゃーん。』

「風邪でも死ぬ時は死ぬ」

『え、怖い。』

「いきなり来なくなるから…」

『なに?心配でもしてくれた?』

「……別にそんなんじゃ」

『なら何しに来たの?寂しくて私の顔みたかったんじゃないの?』

「不愉快だ。帰る。」

『え!うそ。ごめん。冗談。寂しいのでもう少しだけいて下さい。』

僕はそんな名前をシカトし医務室をでる。少し歩くと名前が言った《なら何しに来たの?私の顔みたかったんじゃないの?》って言葉が頭から離れない。僕が、寂しいだなんで思うはずないだろ。別に名前の顔を見たかったわけじゃない。けど、妙に名前の言葉はしっくりきた。認めたくはないけどそう思っているのか。けどこんなの僕じゃない。すぐさままた医務室へ戻りお菓子を口にたらふく突っ込んでる名前に「別に心配で来たんじゃないし、顔を見たいと思ったことも無い。それに寂しくなんかない。」と急ぎ口でいうと、名前はポカーンしたあと『でも気になったから来てくれたんでしょ。それで充分。』と笑ってた。僕もそのあほ面で笑う名前を見たら「そうか、充分か…」とどうでもよくなった。それから名前は毎日うんざりする程僕にくっついてきた。もう離れろって言うのもなんだな今更のような気がして言わなかった。
あれだけ嫌気がさしていた僕の日常は少なくとも名前のいるおかげで退屈じゃなくなった。そして名前といる今が結構気に入っているんだ。あのとき名前が居なかったら、僕の横に座っていなかったら今頃僕はどうしていたのだろうか。考えたくないとその思念を頭から追い出し、僕の名前を大声で叫ぶと名前の元にしょうがないなと歩いていく。

20201013