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Welcome to goes town

ゴーズ・タウンへようこそ






セ・ラヴィ・ゴーズ!



 ヴェール・フレネル、シルバー・シナバークォーツが二年次の冬公演でダブル・スワンを務めた作品。レイヴンは存在しないが、同様の立ち位置でアイビー・アービュータスとシスル・ティールグリーンがクロウを演じている。


 ここは無数の人間模様が編まれる町、ゴーズ・タウン。広い世界との関わりを嫌うひどく閉鎖的なこの町は、町のてっぺんから底までをぐるりと包み込む紫色の帳によって、外界の明かりどころか太陽光さえも差し込まない、夜ばかりが満ちる場所だった。
 そんな余所者嫌いのゴーズ・タウンに、紫のローブを身に纏い、まがい物の夜に扮して町に入り込む一人の娘がいた。彼女の名はトワル。物語は、そんな彼女が町の外れに立ち、ゴーズ・タウンの中心にそびえるネオンに彩られた聖堂を眺めて、「ここが、ゴーズ・タウン。永遠に続く夜エルヴァ・ナイティア……」と呟くところから始まる。
 それから、一年ほどの時が過ぎた頃である。常にギラギラと輝くネオンとゴズニズムで満ちるすゴーズ・タウンでの毎日に慣れ、すっかり永遠に続く夜の色に染まったトワルには、一人のたいせつな友人ができていた。
 友人の名前はレーヌ。彼女は身一つでゴーズ・タウンにやってきたはいいものの、行くあてがなく路頭に迷っていたトワルに手を差し伸べ、一晩の宿を貸してくれた心優しい娘であった。
 外から断絶されたゴーズ・タウンは食べ物も衣服もなんでもかんでもを自給自足する。当然、糸や布も。夜が永遠に続く町では、人も家も皆々すべて、暗やみで紛れてしまわぬように派手な色彩の服を好んで身に着けていた。それは美しい模様の蝶や蛾を模していたり、鮮やかな花々の色彩を借りていたりしていた。そんなゴーズ・タウンのうす暗い通りで、レーヌは母親から継いだ宿屋を営んでおり、しかし外界との関わりを断つこの町で宿に客が入るわけもなく。彼女は宿の一階を借金取りの男に差し押さえられ、その一階を好き勝手に酒場へと改造されていた。レーヌは男に言われるままに夜は酒場で客たちのために歌を歌い、昼間は日銭を稼ぐため、ゴーズ・タウンで最もつまらない仕事と言われる糸ツムギ≠行っていた。
 いつでも蚕のような白い服を纏うレーヌの口癖は、決まって「ああ、いつかこの卑しいゴーズ・タウンを出て、広い世界を見に行きたいわ!」だった。トワルが問う。「レーヌは外の世界に何があると思うの? どうして出て行きたい?」「分からないわ。だけど、外の世界はきっとここよりずっと素敵な場所よ。少なくとも、あのいやらしいランジュボンは存在しないはずだもの。私、人生を楽しんでみたいのよ!」ランジュボンとは、ゴーズ・タウン一有名な仕立て屋である。レーヌはそれが心底嫌いだった。そして反対に、彼女は聖堂を劇場として一座を組んでいる、スカボロー・フェアのアクリリ──ゴーズ・タウンの一等星ティカティルカ──に想いを寄せていた。
 トワルにはレーヌに隠していることが二つある。一つは、自分がニロンという男に拾われ、彼が店主を務めるランジュボン──レーヌが最も嫌うランジュボンで毎日働いていること。そしてもう一つは、そのランジュボンのシタテ師として、スカボロー・フェアのアクリリの服を毎夜のように仕立てているということだった。レーヌが想いを寄せる、スカボロー・フェアのアクリリに。彼女は、レーヌと友人でいるために、もうずっと嘘を纏い続けていた。
 もちろん、レーヌがランジュボンのシタテ師を嫌うのには理由があった。ランジュボンのシタテ師たちは、毎夜服を求める人間たちに買われ=A彼らのために一夜という名の八時間で一着の服を仕立てる。スカボロー・フェアのアクリリは、毎日トワルを買った。「トワル、俺とゴーズ・タウンを出よう。そのための金も、覚悟だって俺にはあるんだ……」アクリリの口癖に、トワルは表情を変えない。「ゴーズ・タウンから出たあなたにはきっと何も残らないわ、アクリリ。スカボロー・フェアのアクリリ」「そんなことはないさ。君の仕立てた服があれば、俺はどこでだってティカティルカになれる」「夢みたいね、この町のように。さあ、今夜も採寸をしましょう……」
 どこか瞳に冷たさを残したまま、トワルがアクリリに纏わりつく。彼女はアクリリを鮮やかな布の敷かれたベッドに押し倒すと、あろうことか、メジャーで彼をがんじがらめにし、身動きの取れなくなった彼を型紙代わりに服の縫製を始めたのだった。恋人のように絡みつき、きつく縛り上げる=Bこれがランジュボンのシタテ師のやり方だった。もちろん、買う側も承知の上である。店主のニロンはショーケースに並ぶランジュボン製の服たちを眺めて言った、「それこそが良い服を作るための秘訣です」と。
 さて、そんな店主ニロンにも秘密があった。彼は毎晩のようにレーヌの宿屋へと赴き、その一階で客のために歌わされる彼女のことをひっそりうっそりと見つめ──彼ふうに言えば、彼女のことを見守っていた。ニロンは口のうまい商売上手であったが、自分の本当の気持ちを巧みな話術と共に衣装へとぶつけることしかできない、臆病な男だった。そして、微かな狂気も内に飼ってさえいた。それも、ゴーズ・タウンではよくある話であるが。彼はレーヌと背格好が似ているトワルを拾い、衣住食と仕事を保証する代わりに、週に三回自分の元でモデルをするように要求した。彼はレーヌのことを想って仕立てた服をトワルに着せ、それを眺めることによって自身の欲求を満たそうとしていた。
 しかし、ある日のことである。レーヌがトワルに向かって、真っ青の巻糸を差し出してこう言った。「私、決意したわ。この町を出て行くの。少しの間、どうにか生きていけるほどのお金が貯まったから。これはあなたへの親愛のしるし。ねえ、トワル。きっと愛を示す色はどこへ行っても同じよね」トワルは糸を受け取り、どうにか笑顔を浮かべた。「ありがとう。いつでも応援しているわ、レーヌ」
 そうして俯きながらランジュボンへと戻ったトワルの手に、真実の愛を示す真っ青な糸が握られているのを見たニロンは、すぐにそれがレーヌからの贈り物だと気が付く。レーヌがスカボロー・フェアのアクリリに夢中なのは彼がティカティルカである以上仕方がないと思っていたニロンだったが、それ以外、ましてや自分の部下であるトワルにレーヌの視線が向かい続けるのはどうしても許せない。夜が夜より深まった頃、彼はトワルが仕立てたアクリリの衣装に、割れたハートマークの刺繍を彼女がレーヌから受け取った真っ青な糸で縫いつけた。それはゴーズ・タウンでは愛の告白に等しかった。
 翌日、聖堂のステージで歌い踊るアクリリの表情は心底明るかった。彼はニロンの思惑通りに、自分の衣装に刺された刺繍をトワルからの密かな愛の告白だと受け取ったのだ。けれど、そんなアクリリとは正反対の表情で観客席を立ち、外へと飛び出す者があった。レーヌである。彼女はステージ上で翻ったアクリリの上着に、自分がトワルに贈った色が閃くのを見てしまったのだ。
 レーヌは町を駆け抜け、ランジュボンの扉を蹴破らん勢いで開ける。そしてその中にトワルの姿を見つけると、「どうして?」と尋ねた。「どうして? 私、あなただけを信じていたのに」「待って、落ち着いて、レーヌ……」「真っ赤な声で私を呼ばないで!」震える声で言うトワルの言葉は、レーヌの怒声にかき消される。「真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な嘘つき! アクリリと二人で、この店全員で、私のことを笑っていたのね? だから! だから、だからこんな町嫌だったのよ!」レーヌはそう叫んで店を飛び出し、後に残されたトワルはニロンの方を見ることもなく吐き捨てる。「あなたね、ニロン」
 それから力なく店を出たトワルだったが、しかしその腕を掴んで走り出す者がいた。アクリリである。半ば引きずるようにしてトワルと駆けながらアクリリは言った。「この町を出よう、トワル!」「……アクリリ。あなたは外に何があると思っているの?」「分からないよ。でも、君の涙を止めることはできるかもしれない。外に出れば、君はこれ以上嘘で着飾らなくても済む。ゴーズ・タウンの真っ赤な色に染まらなくて済む」「あなたって、ほんとう。何も見えていないのね」トワルはアクリリの手を振り払い、立ち止まった。「いったい私がいつ、この町を出たいと言ったの?」「だって、君は俺に愛を縫いつけたじゃあないか。なら、それがすべてさ」「うるさい、このグリグリンズ男!」トワルはアクリリの上着をむしり取ると、驚くべき早業で腹を思い切り蹴飛ばし、吹き飛んだ彼は頭から背後にあった噴水の中にばしゃりと沈んだ。「その愛が誰から縫い付けられたものかも分からないあなたなんて、どこに行ったって同じよ! アクリリ、あなたは外に出るより眼科に行くことをおすすめするわ。この町のどこに、赤の似合わない女が存在すると思う?」
 彼らの後ろから追いかけていたニロンが、トワルの尋常ではない様子に怯みながらも、噴水の中で放心しているアクリリのことを助け出した。「ニロン! あなたの仕立てた服はそこのオンボロフェアのグリグリンズテカテカルにでも着せるといいわ。あなたの服は、気持ちが悪すぎてレーヌは一生着ることがないと思うから」冷たく鋭いトワルの言葉に、ニロンが思わず「なんて女だ」と呟く。「あらそうよ! 私はもうとっくにゴーズ・タウンの女なの。それじゃあ、さようなら!」走り去るトワルに、アクリリがうっとりと呟いた。「セ・ラヴィ・ゴーズ……」
 トワルはレーヌを探して町中を走り回った。もう外に出てしまったのだろうか。そんな焦燥を感じながら駆けるトワルの視界に、つと、蹲るレーヌの影が映り込んだ。行き場をなくした彼女は、道の端で泣いていた。それはまるで、ゴーズ・タウンに初めてやってきた日の自分を見ているようだった。トワルはアクリリから奪い取った上着をレーヌの肩に掛けてやると、彼女の前にしゃがみ込んで、その涙に濡れた顔を覗き込んだ。「トワルの嘘つき」「うん、ごめん」「私も、嘘つき」「レーヌも?」「お金が貯まったなんて嘘。どこにも行くところなんてない……だから今日、死んでやろうと思ってた。でも、怒ったら……怒りすぎて、その気力もなくなっちゃった」しゃくり上げるレーヌを、トワルは抱き締めた。「ここにあるわ。あなたの居場所、ここにある。レーヌ。私、あなたのために衣装を仕立てるわ。そして、聖堂で歌うの。スカボロー・フェアなんて目じゃないんだから」トワルの突飛な申し出に、レーヌは少し笑って彼女のことを抱きしめ返した。「トワル、あなたはどうしてこの町に来たの?」「私ね、あなたと同じ。同じなのよ」「同じ?」「私、人生を楽しんでみたかったの」「でも、トワル。あなたって真っ赤な嘘つきでしょう?」その言葉に、トワルも笑んだ。「だけど、信じて。私の生まれたところでは、愛は赤かったの」
 それから二人はスカボロー・フェアのステージへと乗り込み、やけになってステージ上で踊っていたアクリリとニロンと押し合いへし合いをしながらスポットライトの下で歌い狂い、踊り狂い、笑い合ったところで、舞台の幕は降りる。


 『ゴーズ・タウンへようこそ』は当時のアトモスクラスの一年生と二年生のみで試験的に上演された作品である。
 アンチックの代になってからというもの、アトモスクラスの公演は特にイギリスでの評価が非常に高く、無数の劇場が建ち並ぶウエスト・エンドにて劇場を構えるシックス・ペンス座との共同公演がアトモスクラス三年生に向けて持ち掛けられた。その共同公演がルニ・トワゾ公演とほとんど同時期に行われることとなったため、アトモスは冬公演を欠席する予定となっていたが、アンチックは出席の意を学園側に示すと、彼は教師陣に向かって迷いもなくこう言った。「今回の公演は勝つためではなく、一、二年の力を付けるために使います。配役は考えてあるので、ダリアさん、今回の脚本はあて書きをしてください」また、それを受けたダリアの返事はこうだった。「任せて! まともには演じられない脚本を書いちゃうからネ」
 そうして生まれたのが、表題作である。頭から終わりまでダリア・ダックブルーと学園側の倫理観が疑われるような作品となっているが、ルニ・トワゾは表現の自由を広がるところまで広げることを美徳とするゆえ、学園側は全くの躊躇も持たずにこの作品の上演を許可した。
 作中では非常に造語が多く、音楽や歌もあまり意味を持たないような気持ちが好いだけのものが延々と流れ続けている。舞台の最後に歌われる『セ・ラヴィ・ゴーズ!』はそんなゴーズ・タウンの暗くてまばゆく、心地の好い世界観を如実に描き出しているといえるだろう。
 前述した通り、この作品はアンチックが決めた配役に沿ってダリアがあて書きをしている物語である。来期、三年生となってクラスを引っ張っていき、卒業時には次の世代に一つでも多くのものを残していける役者になってほしいというアンチックの願いから、二年生たちの個々の表現の強化を考え、またばらばらとなりがちな団結力を高めるために、アンチックは端から見て衝突しがちなヴェールとシルバーをあえてダブル・スワンとして抜擢した。
 そして、『ゴーズ・タウンへようこそ』は本番の一週間前に高熱で倒れたキャメル・キャンティクラシコの代役として、当時低迷期を彷徨っていたシスル・ティールグリーンが立てられ、それによりシスルがルニ・トワゾの色男の地位を確立させた公演でもある。当然であるが、舞台に立てなかったキャメルの心情は計り知れないものだっただろうと伺える。その裏付けとして、キャメルは三年次の春公演『DOGMA・I』によって名誉挽回を成し得た。
 余談だが、シックス・ペンス座での共同公演とルニ・トワゾ公演の上演期間中、アンチックはイギリスとローレアを何度も何度も往復した。ゆえに、そのための経費も恐ろしいことになっていたが、そんなときはこんな言葉を叫ぶといい。「セ・ラヴィ・ゴーズ!」、と。




劇中歌 / 一部抜粋


セ・ラヴィ・ゴーズ!
君も私も大聖堂でヘッドバンキング


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