心臓になる音がする


 ヒノデムラのウドは旅立った。
 罪を犯したためである。
 生まれ育ったふるさとを離れて早半月、彼女は自らの罪を贖うために周辺の村里で奉仕活動──清掃や畑仕事、人手不足の仕事の手伝いや老人の介護等々、内容は問わず、出来うる限りのなんでも──を行いつつ、その礼として金銭代わりに受け取った食料や古着などを生活の糧にし、簡素なテンマクで日々少しずつ移動するその日暮らしを営んでいた。行き場のない身体に償うべき罪を抱えた彼女は、罪悪感の現れか或いは救いを求めてなのか各地に存在する祈りの家≠目印に進み、やがてはそれをすべて巡ることを目標に、敬虔な修道女さながらの旅を続けていた。今日も。
「バウッツェル、じゃれつく!」
 と、言う声が響き渡ったのは、そんな彼女が紅焔の台地にほど近い祈りの家での懺悔を終えたときだった。
 ウドが祈りの家から出てきた際、その石造りの神殿を根城にしているらしいサクソールに鉢合わせてしまい、問答無用で攻撃を仕掛けられたのである。しかしこのとき、ウドが連れていたポケモンは再会を果たしたばかりのチコリータだけで、ウドは彼女に野生に生息するポケモンらとの戦闘を指南したことはなく、しかも相手はサクソールというすこぶる高い知能と攻撃力を兼ね備えた非常に危険なポケモンだった。容赦なく攻撃を放つサクソールに反撃の余地なく逃げ回るチコリータだったが、ついに相手の攻撃が急所に直撃してしまい、どっと音を立てて地面に倒れてしまう。それでも尚攻撃を重ねようとするサクソールに、思わずウドはチコリータの前に躍り出て彼女を庇った。そのようにして何度か厳しい攻撃をもろに受け、段々と意識が朦朧としてきたとき、先ほどの声が響き渡ったのだ。この辺りでは珍しい、ポケモンに指示を出す人間の声が。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
 事は驚くべき早さで片付いた。実際、ウドが驚きに目を見開いたその短い時間で、場の雌雄は決したのだった。ポケモンつかいから指示を受けたバウッツェルは、人間と共に在るポケモン特有の自信に満ち溢れた、力強くもしなやかな身のこなしで眼前のサクソールに突撃し、たった一手のみで相手を下すことに成功した。
 そんな一部始終を目撃していたウドは、音もなくその場を去っていくサクソールを半ば呆然と見送り、そこでようやく視界の中に映っている手のひらが自分のために差し伸べられていることに気が付いた。彼女ははっとして顔を上げ──目の前に立っている男の、夕焼け空の最も深いところみたいな色をしている瞳を見た。見たこともない、底知れぬ色をした瞳。辰砂の赤だった。
「血が出ている。手当てしましょう」
 そう男が言ったので、ウドは再びはたとして両腕に抱いているひんし状態のチコリータを見、そうしてもう一度眼前の男を目に映した。見れば見るほど不思議な男だった。生来うっすらと浅焼けている自分のようなバハギア人とは異なり、こんがりと日焼けした肌はその奥にどこか甘やかなモモン色混じりの白を感じさせ、鼻は高く、奥行きのある瞼に太い眉が知的ながらも楽天的な印象をこちらに残している。また、やたらに伸ばした紺色の髪を結ぶリボンと、丸みを帯びている彼の眼鏡がそれを助長させていたかもしれない。年のほどは自分よりもいくらか上に見え、その出で立ちはいかにも探検家といった様子で、丈夫そうな服のあちこちを土やほつれで傷ませて、片側の肩に重たげな荷物をひょいと引っ掛けている。目の前の男がバハギア人でないことはウドの目にも明らかだったが、しかし彼女はどうしてか、相手のことを得体が知れない=Aとは思わなかった。むしろ、今この世で頼りにできる相手は彼しかいないとさえ感じていた。やはり、不思議だった。男の目はそれほどまでに深い赤をしていたのだ。体温に最も近い、穏やかな赤を。
 ゆえに、ウドは腕の中のチコリータを彼に差し出し、一言「お願いします」と呟いた。
 この言葉を聞いた男は何故だろう一瞬驚いた表情をし──そのわずかな間、彼の視線はウドのこめかみ辺りとチコリータを行ったり来たりしていた──けれども彼女の決意に満ちた瞳と、チコリータを捧げ持つ腕が震えているのを目にすると、相手の宝物をしかと両腕に抱いて「任せてください」と竹のような真っ直ぐさで頷いた。
 そう豪語した男はポケモンを連れているだけあって、傷の手当てには長けているらしかった。彼は探検家らしからぬ丁寧さで見事にチコリータの処置を終え、命に別状はない旨をウドに伝えたのち、ポケモン用のものとは異なる消毒液や包帯を荷物から引っ張り出す。
 それを見たウドが目を瞬かせた。「アナタもどこか怪我を?」
「いいや……」男は首を振る代わりに微笑み、手元の脱脂綿に消毒液を染み込ませた。「次は君の手当てをしなくちゃ。でしょう?」
「ワタシ?」言われて、ウドは自らのこめかみに片手をやってみた。すると、何か生温いものが指の間を舐める感触がしたので、彼女は反射的にこめかみから手を離し、その指先を目に映す。赤い。男の瞳のそれとは違う、鮮やかで粘っこい赤がそこに流れていた。血。血か。自分の。「ああ……」
 彼女は己の出血を理解すると同時に、ほとんど溜め息にも近しい空返事を発して、自身が着ている上衣を歯で噛んで裂こうとした。
「いけない」けれども、男はそんな彼女を制して、言葉よりも早く消毒綿をこめかみにそっと押し当てる。「手当ては清潔な布でしなくては」
「でも、痛くありませんし」ウドは自分のこめかみに触れている消毒綿と相手の顔を交互に見ようとした。「汚れてしまいます。ワタシの血で……」
 そう言うウドの声音は俯いていたが、男はふっと優しく微笑んでかぶりを振るばかりだった。彼女はそんな相手の梃子でも動かない様子を目にすると根負けし、「ありがとうございます」とだけ呟くと、喉元まで上ってきた心苦しさに今度こそ本当に俯いた。それを見届けた男もまた粛々と処置を進め、その手際の良さと言ったらなかったが、動揺するウドの心を落ち着けたのはどちらかというと、おそるおそる目を上げた彼女に気が付いた彼の穏やかなまなざしの方だった。
「あ──ありがとうございます」手当てが済むとウドは立ち上がり、男に対して再度そう礼を言った。「なんとお礼を言ったらいいか……」
 いやなに、と男がウドを見上げて──立ち上がってみて初めて気付いたことだが、ウドは彼よりも頭半分ほど上背があった──笑う。「困ったときはお互い様さ。旅人なら尚更ね」
「ですが……そうだ、せめて何かお持ちになってください」ウドは気を失っているチコリータを優しく抱き締めながら、腰に巻き付けた小さな鞄の中をまさぐった。そうする前から分かりきっていたように思えるが、金銭をはじめとして礼になりそうなものなど何もない。入っているのは折り畳まれたバハギアの地図に、方位磁石、紙片とペン、手持ちライト、あなぬけのヒモ、いくつかのきのみ……
「お礼、ということなら」鞄の中を引っかき回しながら段々と青ざめていく相手に、しかし男は屈託なく笑って言った。「僕としては、ぜひ、君の名前を教えていただきたいところなのですが」
「ワタシ?」と、彼女は驚きを露わにしたものの、目の前の男が悪意も罪もなく微笑み続けているのが視界に映った瞬間、思わず答えが口を突いて飛び出していた。「ウド──ワタシ、ウドと言います」
「ウドさん! 素敵な名前だ」まるで本心からそう思っているかのごとく、男はぱっと顔を輝かせ、再度彼女の名前を呼んだ。「ウドさん、僕はマルバと言います。ポケモン考古学者で、バハギアの歴史を調べているんだ」
「マルバさん……えっと、マルバ先生?」
「ああ、まだタマゴだけどね!」マルバはいたずらっぽく笑った。「ウドさんはここで何を?」
「あ……ワタシ」ウドは言葉に詰まった。目の前の男には嘘を吐きたくない気持ちと、本当のことを言いたくない気持ちが同時にせり上がってきたためである。結果、彼女はそのちょうど真ん中ほどの言葉を選ぶことにした。「……ワタシ、旅をしていて。バハギアに八つある祈りの家を巡ろうと、人助けをしながら……」
「人助けを? それは立派ですね!」マルバの賛辞は邪気なく聞こえた。
「ち、違う!」けれども、割って入るようにウドが慌てて否定する。「違うんです。ワタシ、そんな人間じゃありませんから……!」
 そんな彼女の過剰とも取れる言動を受け、マルバが何やら意味ありげに目を細めたのをウドは見たが、それ以上見つめていると自分の邪悪な正体を見通される心地がしたので、無意識のうちにさっと目を逸らし、ただ腕の中のチコリータを眺めるふりをした。そうする内に居たたまれなくなった彼女が、マルバに巻いてもらった包帯に手を触れさせようとしたとき、「あまり触らない方がいい」とマルバが制したため、彼女はいま一度彼の深い赤色を目にすることになった。
「傷が開いたら大変だ。なるべく安静にしていてください」
「は、はい。すみません」ウドが手を引っ込めつつ問う。「あの、先生は本当にどこも?」
「うん。これでもポケモン勝負はけっこう得意なほうでね」
「そう……そうなんですね。ワタシ、モリビトの方たち以外でポケモン勝負をする人をあまり見たことがなくて……」
 モリビトとは、エニシデシアのタマゴから生まれたとされる特別なポケモン≠轤守護する使命を帯びた強者を称する言葉である。彼らは皆優れた技量の持ち主であり、その豊かな心と強かな身体、そしてしなやかな知恵と卓越した技術を以てすれば、神聖で畏怖するべしとされているポケモンに触れ続けても互いに身を穢されることはないと考えられていた。ゆえに、彼らはエニシデシアの子を護る使命を与えられ、また、背負った役目の困難さからその過半数はポケモンつかいなのであった。この地方では多くの場合、そんな大命を拝したモリビトと彼らを支える支援組織の他にポケモンを連れる者はない。それが最も安全だからである。少なくとも、モリビトに使命を与えるヒノデムラの長・イズはそう考えていた。このところ、シンガンムラの辺りでは、ときわたりの旅人を引き入れたガイア団なる組織がポケモン研究に力を入れているようだったが……
「……先生はとつくにの方、ですか?」
「うん、そうだね」マルバは頷き、どこか遠くを見るふうのまなざしをした。「イッシュ地方、というところから来たんだ」
「イッシュ……」ウドがオウムがえしをする。「そこでは、ポケモン勝負が盛んなのですか?」
 マルバはううん、と唸った。「この地方よりは盛ん、なのかな。ポケモンとの距離も、ここよりはもう少し近いように思うよ」
 それを聞いたウドの、「バハギアもそうだったら良かったのに」という呟きはマルバの耳には届かなかったらしい。彼は少し唇を動かしたウドに首を捻りはしたが、それよりも突如鳴った己の腹のむしポケモンに驚いたようで、目を瞬かせながら自分の腹部と相手の顔を交互に見やった。そんなマルバの足元にいたバウッツェルも便乗するみたいに一声なきごえを発し、彼は「おいおい」と笑いながらしゃがみ込んでその背を撫でてやる。ウドは思わず、この微笑ましいふたりに呼びかけずにはいられなかった。
「いやはや、お恥ずかしい限りで」彼女の声に応じたマルバが気恥ずかしそうに頭を掻く。
「良ければ、何か食事をお作りしましょうか?」言いながら、ウドは背後を振り返った。「ワタシのテンマク、すぐそこにありますから。こんな感じなので、大したおもてなしもできませんけど……」
「えっ」
「あっ、もちろん、良ければですよ!」
「いやあ、ハハハ、幸運なこともあるものだなあと思っていたんだよ」顔を綻ばせるマルバは、どうやら本心からそう感じているらしかった。「ぜひ、お願いします。じつはもうお腹と背中がくっつきそうな感じなんだ……特にこっちが!」
 すると、とびはねるほどの勢いでバウッツェルが再度鳴いたので、ウドは少しばかり声を上げて笑った。彼女はまだ眠っているチコリータを抱き、マルバとバウッツェルを引き連れて自身のテンマクに戻ってくると、食料箱の中をがさごそやってフムと頷く。ブブールくらいなら作ることができそうだ。ライス、ほくほくマメ、ヤシのミルク、あったかジンジャー……
「あら?」
「どうかした?」
「ノメルのみがなくて……あれがあるのとないのとでは風味が全く違うんですけど」ウドは呻いた。「ワタシ、ちょっと外に行って採ってきますね!」
 そうして彼女はマルバが止める間もなくテンマクの外へと飛び出して、手近なみのなるきを求めて紅焔の台地を駆けていく。幸い、ノメルのみはすぐに見付かったので、ウドはその運動神経の良さをみのなるきに見せつけてやったが、枝に上ったところでとあることに気が付いてはてなと自身の首を傾げる。もとい、耳を澄ませた。
 何か、細い糸のようなものが鼓膜を揺らしているのを感じる。歌声だ。美しい、天界から降りてきたような歌声。ウドは次に目を凝らした。それが決して天界から降りてきた歌声、、、、、、、、、でないことを彼女は知っていたからである。これはなきごえだ。或るポケモンの──せいかポケモン、トルファのなきごえ。彼女は摘み採ったノメルのみを鞄に突っ込み、枝の上から飛び降りた。そして更に耳を澄ませ、トルファのなきごえが聞こえてくる方角を歩いていく。歌声で相手を魅了するトルファは、歌を聴く者が心を奪われている隙にあの世へと連れ去っていくのだとまことしやかに囁かれてはいるが、何もウドはその罠に掛かったわけではなかった。彼女はバハギアに生息するポケモンたちを解説した、ガイア団発のポケモン図鑑なる代物にたびたび目を通していたし、プレシー≠求めて各地を調べ回っていたこともあって、ポケモンの生態にはそれなりに詳しいつもりだった。
「キミ! どうしたの──大丈夫?」やがて、ウドは声の持ち主であるトルファを見つけ出した。彼ないし彼女は崖から生えている木の枝に引っ掛かって動けなくなっており、今しも枝から落ちるか枝が折れるかの瀬戸際だった。先ほど響いてきた歌声はそんなトルファが必死の思いで紡ぎ出した、淡いあわい救難信号だったのだ。「動けないのね……待ってて、いま助けてあげるから!」
 こういう時、ウドにはいつも迷いがなかった。彼女はあなぬけのヒモを腰に巻き付け、その端をとりわけ頑丈そうな岩に括り付けると、ヒモをしっかと掴みながらトルファの元まで崖をゆっくり降りていった。あなぬけのヒモは長くて丈夫な作りをしていたが、それでもトルファの元まで辿り着くには些か寸足らずであり、救助は困難を極めた。トルファの引っ掛かっている枝は細く、それは、彼ないし彼女がからだを少しでも動かそうならばその瞬間に折れてやるぞと脅しつけているようにも見えた。ウドはぐっと力を込めてトルファの嘴めいた頤まで片腕を伸ばし、「噛んで」と相手に懇願した。トルファは躊躇したが、枝の軋む音を耳にすると決心して、ウドの指先に噛み付き──
「あっ」
 その瞬間、あなぬけのヒモが千切れた。
 今しがた聞こえた軋むような音は決して枝の音ではなく、崖端の地面とあなぬけのヒモが摩擦を起こし、少しずつ擦り切れていく音だったのだ。それに気付いたときにはもう、ウドは地上から断ち切られていた。しかし彼女は、視界の中に、崖の先に、こちらを見下ろすサクソールの姿を見た。先ほど一戦交えたあのサクソール。ここに現れたということは、きっと、このトルファの歌声に呼ばれてやってきた彼ないし彼女の親か仲間なのだろう。やはり、ウドは迷わなかった。彼女は崖の底に落ちていく中、トルファが噛み付いている方の腕を渾身の力を込めて振り上げたのだ。トルファはそんな空気の衝撃に耐えきれず口を離し、崖上の方まで飛んでいく。「受け止めて」は声にならなかったが、おそらくサクソールには通じただろう。エスパータイプで、しんかんポケモンのサクソールにならば。
 辺りに闇が広がり、時が止まりながら身体だけが未練なく落下していく。死の衝撃に備えようにも目眩が酷かった。けれども、いつそれがやってくるのだろうと怯えるよりも早く、身体が浮いた。先ほどまで浮きながら下に落ちていたのに、今度は浮きながら上に昇っている。サイコキネシスだ、とウドは思った。サクソールのサイコキネシス。風船のように浮かぶからだを、崖の斜面の中でも比較的平たい場所に降ろしてもらった彼女は顔を上げ、崖端でサイコキネシスを使っているサクソールの姿を見た。肩で息をしている。先ほどの戦闘で痛手を負ったからだろう、弱ったからだでのサイコキネシスではこれより上へは運べないらしかった。
「ありがとう。でも、行って」ウドは上に向かって叫んだ。「行って。大丈夫だから!」
 ウドの言葉にサクソールとトルファはしばし逡巡していたが、それでも彼女がもう一度同じ台詞を発すると、意を決したようにその場からゆっくりと去っていく。ウドは姿を消した二匹のいたところをしばし眺めると、自分がいる場所とそこまでの距離の遠さに脱力せずにはいられなかった。少なく見積もっても、人ふたり分の距離はある。彼女は水筒の水を飲み、辺りを見渡した。崖に生えている枝伝いに、どうにか登っていくしか道はなさそうだった。手元には、千切れたあなぬけのヒモしかないのだから。
 しかし、そう決心して腕を伸ばした枝が、力を込めた瞬間にぽきりと呆気なく折れてしまったことに、ウドは絶望よりも落胆よりも先に妙な納得感を覚えたのだった。驚きも感じられないほど簡単に、ウドは地上に戻る術を失ったのだ。空を飛べない者を嘲笑うかのような風が、下から上に向かって吹き上げている。それに肌寒さを感じて見れば、空は黄昏の茜色に染まり、太陽はどこか遠くのうなぞこへと隠れてしまったらしいことが察せられた。手には、行き場のない枝が一本。彼女は崖を見上げたまま、包帯の巻かれたこめかみを触った。湿っている。傷が開いて、出血していた。頬を生温いものが伝っている。落ちているときと似た目眩がしている。彼女は崖を背に座り込み、ついにはその冷たい地面の上に横たわった。視界が滲んで、保てなかった。じきに夜が来るだろう。ここは薄暗く、寒かった。
 だから、ああ、と思った。
 だから、やはりこれは罰なのだ。「チコリータ」を望んだわたしへの、「マルバ先生」に助けを求めたわたしへの──邪悪なわたしへの罰なのだ。チコリータは自分がいなくなった後、きっとマルバに引き取られ、より幸せに暮らしていくのだろう。テンマクにいる、自分の他のポケモンたちも一緒に。それが良い。それが一番善いはずなのだ。けれど、ずっと幻聴が聞こえる。わたしの声に応えて鳴くチコリータのなきごえと、わたしの名前を呼んでいる人の声が。何かが頬に触れて、それがあたたかくて優しかった。
 とにかく、ここは寒かった。そしてやたらに心臓の音がうるさかった。
 まるで、まだ生きていたいと言うみたいに。



20231126 執筆
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