ガーネット・カーディナル


portrait

 クーデールの担任教師。
 クラス担当の他に、主にダンスの授業を担当している。
 劇団ロワゾの現ピーコック。ミュージカル劇ではスワンないしレイヴン、またはナイチンゲールとして数え切れないほどに主演を張り続けており、そのためロワゾ・ミュージカルの制圧者とまで呼ばれている。また、ファンサービスも惜しみがないことから、世界中におそろしい数のファンがいる。早着替えが得意で、劇中に何度も衣装を変えることが有名。
 ルニ・トワゾでクラスを担任しながらも、通常通りロワゾでの公演も行っているため、最近では双子説などが囁かれているが、ただ単に休みなく踊り続けているだけで、ガーネットはこの世に一人だけである。
 医師の家系に生まれ、本人も中学生の間までは医者を志しており、役者となった後も勉強自体は続けていたため、怪我人への応急処置や簡単な診断が可能。
 高等学校に上がる直前、舞台の世界に魅せられ、両親からの勘当を条件にルニ・トワゾへ入学した。そのことに関してはあまり気にしていないが、一人で死ぬのは寂しいのでロワゾに骨を埋めようかなと思っている。
 ガーネットは演じるべき物語に相対するとき、共に演じる役者の過去についてその一切を気にも留めない。過去にどのような失敗を犯していようが、どんなに悪どい人間であろうが、役者として今、真摯に物語へ向き合うことができるのならば、よいものをつくり上げることができるのならば、他者の過去など彼の前には些事である。そしてそれは、自らの生徒たちに対しても変わらない。
 今、演じる物語が第一で、すべてである。ここは歌劇のための学園であるということを、彼は無意識に重じているらしかった。
 余談だが、学園内で部屋を最も散らかしているのは彼である。


『ヘルタースケルター』
 ガーネット・カーディナルが時期にして『アンチ・コケティック』の公演後、直後に行われる劇団ロワゾの冬期公演にてレイヴンを務めた作品。スワンを若手メルルのアンバー・アンカが担当し、ガーネット・カーディナルが踊らない、という異色の公演として話題を集めた一作。脚本はダリア・ダックブルーが執筆。
 キャッチコピーは「わたしの地獄だ、おまえのじゃない」。文字通りステージの奈落から落ち、下半身が動かせなくなってしまったダンサーの物語である。
 ガーネットが演じる世界的ダンサーのルロは、ある日の練習中、ステージの奈落から転落し、下半身不全となる大怪我を負った。それでもステージ上で浴びる輝きを諦めきれないルロは、毎日リハビリに励み、ステージにまた立てるのならと今まで触れたことのなかった歌の練習も行っていた。やつれ、ぼろぼろになったルロをルロだと気付く者はおらず、彼は孤独にステージの光を求め続けていた。
 そんな彼の前に、一人の少女、アンバーが演じるララが現れる。車いすに座り、どこか遠くを見つめているルロにこう言った。
「あなた、ルロでしょ? 踊って! わたし、歌ってあげるから」。
 そう言うとララは、ルロの返事も待たずに歌い出す。少女の歌声を聞いて、彼女の持つ才能を鋭敏に感じ取ったルロは、彼女といつか一緒にステージへ立てたなら、彼女の歌を纏って踊れたなら、それはどんなに素晴らしいものになるだろう、とララに一縷の希望を見ることになる。ルロとララは共にステージに立とうと約束を交わし合い、ララはルロのリハビリに、ルロはララの歌の練習を手伝った。
 月日は流れる。一年。二年。三年。
 ララは早い段階で人々から見出され、すでにこの国で人気歌手としての地位を確立させていた。反して、ルロの脚は動かない。ララは彼のリハビリを手伝いながら言う。「いつまでも待っているわ。踊って!」。ステージの上からも言う。「わたし、その人のために歌いたいの。いつまでも待っているわ。踊って!」。ルロの頭には、耳の中には、常に彼女の声がこだまするようになっていた。「踊って!」。けれど、ルロの脚は動かない。
 ある夜だ。ルロは車いすから転がり落ち、地を這った。地を這って、彼女の元へと向かった。自分たちが使っている、いつもの練習場へ。「踊って!」。声がこだまする。
 ララはいた。ルロに気付いた彼女は「ルロ! 待っていたわ。さあ……」と言いかけ、しかし相手が車いすではないことに気が付くと、心配そうに顔を歪める。彼女が地面に膝を突き、ルロの方へと手を伸ばす。彼もまたララへと手を伸ばし、それから言った。
 「歌って」と。
 「歌って。歌って。歌って」とくり返しながら、ルロはララの首を絞める。ララの脚がばたばたと踊るさまを見て、ルロはまた「歌って」とくり返した。
 そうしてこと切れたララを目の前にして、彼はまた呟くのだ。今度は「踊って。踊って。踊って。踊って……」と。そうして物語の幕は下りる。
 この問題作の評価は、賛否がぱっくりと半分に分かれている。好きだと言うものがあれば、同じ数だけ嫌いだと言う者もあった。しかし、この舞台に対し、「分からなかった」という感想を持つ人間はほとんどいない。ルロを演じたガーネットは、踊らずに踊ったのだ。絶望、諦念、希望、期待、羨望、焦燥、嫉妬、憎悪、狂気、それから、果てしのない欲求を。
 ガーネットを好まない役者たちの中には、「これは彼の成れの果てだ」と評する者もいたが、彼はその話を聞いてもにっこり微笑んで「それまで踊るさ」と言うだけだったという。

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