ラパン・ペテルパン


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園一年。
 空間を利用した舞台づくりを得意とするクラス、アトモスに所属し、主にクロウを担当している。
 著名な仕掛け絵本作家、パティ・ペテルパンを母にもつラパンは、幼少期から膨大な量の絵本に囲まれていたこともあってか、公演内容の把握や台詞覚えが非常に速い役者である。アトモスクラスの一年生の中で、立ち稽古に入る前の段階、いわゆる本読みで台本を手放すことができるのは、現段階ではおそらく彼一人であろう。
 けれども、そんなラパンの改善点として担任教師のアンチック・アーティーチョークが指摘するのは、彼が「役の感情」ではなく「台本の指示」に基づいて演技をしている、という点である。
 彼は台詞を間違えず、動きを間違えず、舞台の流れを止めないように、ということに力を入れすぎるあまり、自分が演じている人物が「何を考え、何を思い、その台詞を言ったのか? 彼は何故その表情でその動きをしたのか?」を考えて演技をすることが非常に苦手なのだ。
 物語を俯瞰で見ることを得手とするラパンは、裏を返せば登場人物に感情移入することを得意とはしていない。
 それは彼の強みであると同時に弱みでもあったが、しかし彼の担任教師はこう言い切った。「気にするほどの欠点ではないよ。だって君には、他よりもずっと時間がある。考えて、演じて、また考える。手に入れるまで、そのくり返し。それが結局、一番早い」。この発言に対してラパンは内心「無理です」と思っていたようだが、そんな言葉とは裏腹に夜遅くまで立ち稽古をしているラパンの姿を目にする者は多い。
 また、同輩であるチェルシー・チャイナシー及びヒソク・ビャクロクと共に過ごしている姿も学園内では多分に見受けられる。そのさまは、自分の実力や将来に不安を感じる日々の中で互いに互いを支え合っているようにも映る。
 基本的にラパンは無意識にトラブルを引き起こすヒソクと無自覚にトラブルに巻き込まれるチェルシーのストッパーとなっていることが多いようだが、それはひとえに、一見気弱に映る彼の肝がその実おそろしく据わっているためである。何か問題が発生した際、ラパンは傍目には狼狽えているように見えても、実際のところはその場で最も冷静で最善と考えられる判断ができる。つまり、ラパンには人並みならぬ度胸が備わっているのだ。それゆえか、時折彼は稽古中に恐れ知らずな質問や提案を飛ばし、生徒はもちろん教師をも驚愕させることが多々ある。まるで、仕掛け絵本のように。
 そんなラパンにルニ・トワゾへの志望理由を尋ねた際、彼はほとんど迷いもなくこう言った。「俺、物語の中で生きてみたいって思ったんです」、「楽しそうじゃあないですか?」。
 彼の不得手に対して、アンチックは気にするほどではない、と言った。私もまったく、彼の言う通りだと思う。きっかけとなったその思いを忘れないでさえいれば、きっといつか、彼も物語の中から飛び出す一羽の美しい鳥になれることだろう。

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