ヘザー・ヒースブラウ


portrait

 ルニ・トワゾ歌劇学園三年。
 身体での表現を得意とするクラス、クーデールに所属し、主にスワンまたは名前付きのダッキーを担当する。
 ヘザーはさながら細い糸の上で踊るごとくに、指の先から足の先まで非常に繊細極まりないダンスをする。それは彼の持つ気質の体現であり、娘役として舞台に立つ役者としての覚悟の現れでもある。
 バレエ講師である母親の意向で五歳になる前から子役としてフェアリー・フィルズの小劇団に所属していたヘザーの演技は、入学当初から娘役としての型が出来上がっていた。無論、出来上がりすぎていた、と言い換えることもできる。
 スワンないしダッキーとしてのヘザーの演技やダンスは非常に優秀だった。けれども、それ以上でもそれ以下でもない。新人公演でスワンに抜擢されたヘザーのダンスを見た担任教師のガーネットは、公演後に彼にこう言い放った。「お前、スワンが嫌いだろう?」と。
 ヘザーはレイヴンないしクロウ──つまり男役に対してほとんど憎悪にも近しい羨望を持っていた。この学園ではさほど珍しいことでもないが、生まれつき女性にも見紛う容姿をしているヘザーは、幼い頃から娘役として舞台に立っていることも相まって、ルニ・トワゾ以前の学校生活では女生徒と間違えられることも多かった上、所属していた劇団でもほとんど女性と同じ接し方をされていた。そんな周囲からの扱いが高じてヘザーは数回同性からの求愛を受け、また彼も時にはその好意に応えようとしたが、ヘザーが男性だと分かった瞬間に落胆して去っていく者たちの姿を見て、彼の心はトラウマと呼べるほど深く傷付き、自身の見た目、特に顔立ちに重いコンプレックスを抱いた。
 そして、ヘザーはそんな怒りとも悔しさとも分からない感情を胸に、「物事の表面しか見ない連中なんかには、もう手の届かないところまで行く」という決意の元、このルニ・トワゾ歌劇学園の門戸を叩いたのだ。
 新人公演以降、ヘザーは自らに「スワン失格」の烙印を押し、元々頑固な気質もあってか一年次ではほとんどの舞台をアンサンブルのクロウ或いは顔の出ないダッキーを担当していたが、やがて訪れた転機によって現在ではクーデールの主格スワンとしての座の前に仁王立ちをしている。彼は座っているのが嫌いなのだ。
 余談だが、ヘザーは普段の落ち着いた口調や上品な所作に対して周りが受ける印象よりも内面が情熱的で、頭に血が上りやすいところがある。私服もパンク・ファッション的なため、街で彼を見かけた学友は制服姿とのギャップに総じて驚くのだとか。
 我々は、自分自身を好きにならなくていい。自分のことを、倒れるそのときまで嫌いなままでも構わない。けれども、鳥に生まれた鳥は、もう飛ぶしかないのだ。鳥かごに入っていたくないのなら、狩人の手から逃れたいのならば。飛ぶしかない。風は待ってはくれないのだから。

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