イーゼル・クルーゼル


 ルニ・トワゾ歌劇学園一年。
 独創性に富んだクラスエグレットに所属し、主にダッキー或いはスワンを担当する。
 が、彼について特筆すべきはもう一点、その脚本執筆能力である。
 本人も自らの能力を自覚しており、いずれは歌劇の脚本家になろうと現在は担任であるダリア・ダックブルーに師事している。
 イーゼルが持つクルーゼルという姓は、ルニ・トワゾに入学するに当たって止むに止まれぬ事情で用意された、いわば芸名のようなものである。
 彼は自分の名字だけは、たとえそれが他人のものだったとしても決して発声することができない。彼の身勝手な両親にとって彼の存在は不都合そのものであり、彼が自分たちの子どもであることが知られるのをひどく恐れ、彼が名乗ろうとするたびに暴力を振るったためである。許しがたいことに。
 彼は故郷での権力者とその妾との間に生まれ、幼い頃より父親からの抑圧と母親からの呪詛を受けて育った。特にイーゼルの極端に色素の薄い容姿は父親の不興を買い──それ自体、言い訳めいたものだったのかもしれないが──存在を隠蔽されたこと、更には日差しに弱い体質と相まって彼を内向的に成長させた。言うまでもないが、粗悪な教育下に置かれていたイーゼルには、存在を肯定されるという根源的な承認が絶望的に不足している。
 しかしと言うべきか、当然の因果と言うべきか、そんな彼が出会ったのが演劇の世界だった。そこで彼はスポットライトという光を浴び、ただ溶けて消えることだけを夢想していたおのれの人生に生きる意味を見出したのだ。彼がどんなことをしてでも演劇の世界で生きていきたいと切望する感情の根源には、常に光への餓えがある。
 彼がこのルニ・トワゾへ来たことはほとんど逃亡に等しかった。演劇を学ぶことができ、かつ全寮制で親から逃れられるこの鳥の巣は、彼にとって最後の希望だったのだ。すべて、彼からの直接の談である。
 彼の書く脚本を読んで、私がまず初めに思い浮かんだ言葉は「陰鬱」だった。彼の作品はとにかく暗い。なんでもすると名言している彼らしく、書けと言われれば陽気な喜劇や感傷的な悲恋もそれなりのものを書き上げてみせるが、けれども私、そしておそらくダリアも彼の物語の真骨頂は彼の描く陰鬱な精神の世界なのだろう、と感じている。ストレスからの解放。彼の描く物語には、心に深く突き刺さるようなカタルシスが存在するのだ。
 禍々しい色で塗り潰された世界に生まれる強烈な希望。それはおそらく、彼の知る光だった。暗闇に差すスポットライトの光。
 上記のような生い立ちと、生来の少々困った──イーゼルは痛烈な皮肉屋で、その美しく整った口調からは想像できないほどバリエーション豊かな悪口を喉から発する──性格を持ち合わせる一方で、彼の中には純粋な一面がある。分かりやすく言えば、彼はサンタクロースを当たり前のように信じているような少年だ。妖精や神の存在も当然信じている。時折驚くほど素直に他人を褒める。また別の時にはボードゲームに夢中になり無邪気に笑っていることもある。では、それこそが彼の本質なのか。恐らくそうではないだろう。それもまた彼であるという、ただそれだけの話だ。
 内側に宝物のように抱えた真っ白な純粋さと真っ黒な毒が、彼の希有な作家性なのである。
 現在イーゼルは学園の寮と、年数回の長期休暇で学園内の食堂や購買が閉まる際には私の部屋で寝泊まりをしている。ところで私は、どうも昔から肉体的、精神的にかかわらず、一方的な暴力というものが許しがたい性分なのだ。彼にはもう二度と両親の元に帰らなくても構わないよう、一人でも生きていけるすべを教えていこう、と考えている。
 無論、彼はもう二度と孤独になることはありえない。物語は、そこに差す光は彼を逃がしはしないだろう。彼がルニ・トワゾを選んだ日から、永久に。


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